鈴木大拙

■鈴木大拙(すずき・だいせつ)について
関連項目 禅・坐禅 道元 悟り
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大安心=悟り 2013-05-19 11:11:07

鈴木大拙(すずき・だいせつ1870年―1966年) は、日本とアメリカを行き来して、日本の禅を世界的に広めた人物です。

(中略)

(感想)
大拙いわく、
「悟りとは、人間の中に神が入り来たりて、そこで神自身が自己を意識することが悟りである。
この意識は、すべての人間の意識の底に絶えず存在する、超意識とも称する意識である。」

この中の、「悟りとは、人間の中に神が入り来たりて~」の部分は、どこか他所から神が「来る」のでは無くて、
「人間の意識の底に絶えず存在する」ということです。「既に存在している」ということです。
生きる自分と切り離すことが不可能な、不二(ふじ)な存在が神(超意識・内在神)です。

(中略)

ほんとうは、どんな経験も稀有な限定のことだと「受け入れる」ことが出来れば最高です。
悟るとは、どんな喜怒哀楽にも感謝が出来て、「楽しむ」心の状態です。
人間は、明るく前向きに「仕方がない」と思うこと・覚悟することも、コノ世では大切なのです。


神さんが体験したかった 2011-10-06 11:25:01

鈴木大拙(すずき・だいせつ1870年―1966年) は、日本とアメリカを行き来して、日本の禅を世界的に広めた人物です。
外国人で禅に興味を持った人の大半が、大拙の英語本を読んでいると言っても過言ではありません。
日本語とは、情緒や趣(おもむき)などの、その言葉以外の感情をも表現する言語です。更に、これが禅の思想となりますと、説明不足の表現ばかりです。その言葉の不足分を、どう考えるのかで、その人物の意識を測る意味があります。要は、言葉以外の余白が重視されます。

鈴木大拙は、これを英語で表現したのです。つまり、かなり細部まで具体的に言葉に置き換えないと、英語では表現出来ません。
大拙は、心のエッセンスを分かりやすく言葉に噛み砕くことが出来た、数少ない人物でした。
言葉に置き換えたがために、禅に誤解を与えていることもあるようです。しかし、彼自身は、少し生臭さも有りましたが、真理に触れた人物だったと感じます。

禅を実践して研鑽した彼の言葉に、
「悟りとは、人間の中に神が入り来たりて、そこで神自身が自己を意識することが悟りである。
この意識は、すべての人間の意識の底に絶えず存在する、超意識とも称する意識である。」
と言うものがあります。

私たちは、悟りというものを、難しく考え、特別な状態を想像するかも知れません。
でも、これは違うのです。悟っても、自分の生活にも能力にも、何も変化が起こりません。
旦那の浮気を心配したり、明日の支払いに苦心したり、子供の先行きを考えたりと、人間の生活に有ることは悟った人間にも起こります。
しかし、悟った人間は、この経験さえも愛おしい貴重な「今だけの」経験であることを知っています。
神様が共に体験していることを知っているのです。


関連コメント

鈴木大拙は、道元禅・浄土真宗にも造詣が深いですが、専門は臨済禅だと思います。
臨済宗の宗祖 臨済について、

。。。政治家の側面が強いです。
道元は、見性。見神、をしています。稀有な人です。

大拙は、金沢市出身ですが、白山神との神縁はある方ですか?

。。。神縁があります。
2011-10-06 20:13:21


鈴木大拙は平安仏教や神道についてどのように考えていたのでしょう。

。。。最終的には、神縁のある人でした。
2011-10-06 19:59:16


20141212

  • 最終更新:2015-02-22 15:44:42

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