釈尊(逸話・言葉)

釈尊(逸話・言葉)について
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釈尊の最期は、他人から腐った食べ物(私はお粥とします)の施しを受けて、それを食べれば死ぬと釈尊自らは分かっていながらも、その腐ったお粥(かゆ)を食べられました。

その理由は、そのお粥を出した老人の心が清かったからです。貧しくて、そんなお粥しか出すことが出来なかったのです。
もし釈尊がお粥を食べなければ、大切に残していた最後のお粥をその老人が食べて亡くなっていたことでしょう。

これは釈尊の自殺なのか?それとも老人の命を救うための行動だったのか?
と私は今でも考えることがあります。
ただ言えますことは、もう釈尊は十分に長生きをされていました。当時の平均寿命の2倍以上も長命でした。今で言う80歳を超えていました。

食べ物を捨てることがもったいなくて出来ない、当時の社会状況の責任と、老人を救うことで自分の終末を迎えることを今生の縁として釈尊は選ばれたと思います。
もし、あのお粥を食べなければ、釈尊は120歳まで生かされたと思います。完成した人間とは、凄いものです。

しかし、釈尊がまだ若ければ、あのお粥を頂きましても陰でわからないように廃棄したと思います。それが老人と釈尊の命を救うことに成ったことでしょう。



釈尊の言葉というものは、決して上辺のキレイ事では無いのです。
人間の汚いサガ(性)、どうしようもない欲望、人の死、を正視した上で出ている言葉です。
そこには、組織・教団を創るとか、金を稼ぐとか、名誉を得るとか、何かを伝授する、そのような思いも、囲いも一切ありません。

常に「今日、死ぬかもしれない」という「最後」の思いの上で、人間への愛情を残すために遺言の気持ちを言葉に出されていました。
当時のインドでも、紛争、殺人、犯罪、社会の理不尽、極端な貧富差、飢餓、の中を人々は生きていました。

私の思い出に残る釈尊の言葉を書いて置きます。

(1) 「自分はダメな人間だ」「わたしは愚かである」「自分は本当にアホだ」
と認識できる者こそ、本当の賢者に成れる可能性があります。
でも、そう思うだけで終わり、改善への「行為」と「努力」が無い人間は、本当に愚か者のままなのです。
自分の愚かさを認識して、自分なりの改善への努力をした者は、コノ世での「結果」は関係なく救われるのが因果の法則です。

自分の真我(しんが:本当の自分。内在神。心の良心)が、そのすべての自分の努力と行為をよく見て知っており、最後に自分を許してくれるのです。
人間は、「本当の自分に許されること」が、コノ世に生まれて来る目的であり、生きる意味なのです。
本当の自分に許される人間が、古来から果たして何人いるのでしょうか?これを悟りと言います。
でも、「本当の自分に許されることを、人生の目的として歩き出すこと」が出来れば、その人は救われることは間違いが無いのです。これは絶対のことです。

(2) 人間とは、「自分はこういう人間だ」「こういう人間でありたい」
と思う存在に、誰もが霊的には既に成っているのです。コノ世での結果は関係ないのです。
だから良いココロザシ・志が、人間には絶対に必要なのです。
良心(真我)に叶うココロザシを持ちましょう。
志を持つだけでも、意味を成し始めます。

(3) でも人間とは、「そんな努力をしても、自分には良い結果は来ないだろう」と思うものです。
何度も経験する裏切り、期待外れ、変化の無さ、がそのように自分に思わせます。
しかし、自分なりの善行と志を持ち、「努力すること」を軽く見てはいけないのです。
水一滴の滴(したた)りも、それが「継続」すれば水瓶をあふれさせます。
更にあふれた水は、止まらない水の流れを産み出します。

流れが生じれば、あとは自分は因果の法則により、たんたんと継続した生活をしているだけで、すべての景色が変わって行くのです。
気付いた時には、以前の自分とは生活も中身も違う人と成っています。
これは、最初の一滴を落とした自分の努力の御蔭なのです。


釈尊の言葉 2008-09-26 19:20:45

釈尊を罵倒し続けていた男が、ある日釈尊に「何故お前はこうして連日罵倒されても言い返さないのか?」と訊ねたとき、「お前が人に贈り物をして、相手がそれを受け取らなければ、その贈り物は誰のものか?」と言い返し、相手は己の非を恥じた、と言います。 


関連コメント

法華経の中で、虚空会の儀式というものがあります。
釈尊と説法を聞いている大衆が、空に浮かびあがり、そこで説法がはじまります。
そして、大地から大きな宝塔(かなりデカイらしい)が、出現し、その宝塔の中から如来がでてくる。
こんな感じの内容だと思います。
これは、釈尊の教えの偉大さを説明するために、後に作られた物語だと解釈していいですか?

。。。。心が集団で幽体離脱をしたのです。
2015-01-14 18:59:55


釈尊に肉体的な死を持って行った老人のその後は、スジャータとは違ったのでしょうか?老人は死後、神の視点で全部を観たのですよね?

。。。問題は無いです。
老人も救われています。
2014-11-26 16:05:09


釈尊に腐った粥を(それが元で釈尊が亡くなられると知らずに)施した心清らかな老人。。。もし私がその老人の立場なら、その粥は捨ててほしかったと思います。
それを食べたためにお亡くなりになったと知ったら、悲しくて悲しくて、自分が食べて死んだ方がましだったと思うのではないでしょうか。
釈尊がそのように決断されたことは、老人自身も良しとされたのでしょうか?

。。。釈尊は、阿難にお粥が原因であることを口止めされました。
老人は知りません。
2014-11-24 19:26:47


近い未来、リーマンさん著書の釈尊の言葉が発売される?のも楽しみですが、予備知識として、釈尊や阿難のストーリーを勉強したいと思っております。オススメの本がありましたら教えて下さい。

。。。。手塚治虫 漫画 ブッダ 全14巻

釈尊の現実に近いです。
作者は、過去生で釈尊の直弟子です。
釈尊の十大弟子の代表者である舎利弗(しゃりほつ)

2014-10-25 23:40:44


どうして釈尊はすぐに幼い阿難が○○様の転生者であることが解ったのでしょうか?
ただなんとなくわかったのでしょうか

。。。釈尊は過去生が分かります。
阿難は、まだ幼少であり、思いだしてはいませんでした。あとで目覚めます。
2014-10-23 01:25:20


釈尊はアナンを見た瞬間、現れた出会った瞬間にアナンの正体と目的を悟りましたか。気が付きましたか。だから、すぐにアナンを側近としましたか。

。。。そうです。すぐに釈尊は気付き、幼き阿難の足元にひざまずかれました。

そして意味が分からない貧民層で裸同然の阿難は、釈尊の背中に飛び乗り無邪気に釈尊の服の袖を引っ張り破ったのです。


後世に親戚だったのかもとされるほど釈尊が近くに置いた理由が、落ちた気がして。

。。。その出会いに周囲は驚き、怒って阿難を釈尊から引き剥がそうとして、阿難はつかんだ釈尊の袖を破り、さらに激怒した側近が阿難を連れ去ろうとしたところで釈尊が
「よい」と言って止めたのです。それから釈尊は、阿難を側に必ず置きました。
2014-10-22 15:39:21


お釈迦様の説法時に居眠りをしてしまい、それを恥じて眠らず、失明されたお方。
お釈迦様の教えは、極端な苦行を否定し、”中道”によって悟りを開くことを、よしとしておられます。阿那律のそういった行為に、お釈迦様も、お心を痛めたのでは?と推察します。
お釈迦様が、阿那律の針に糸を通して下さったエピソードは、読むたびに涙があふれます。
ここで質問です。阿那律は自分の一連の行動に、後悔はなかったのでしょうか。

。。。これには過去生の物語もあり、その時の人生だけを見ても理解は出来ないのです。
2014-10-19 19:54:33


尊入滅時の絵も好きです。多くの人や動物が悲しんだ様子が描かれています。はじめてみたときはこんな優しい方がいたんだなあとほっこりした気持ちに満たされました。動物までも描いてもらってることに感動しました。質問ですがこの絵の下の方に色々な動物も集まってきてる様子が描かれていますが、これは動物さえも悲しんだというたとえの絵ですか?

。。。そういう面がありました。
獰猛な怒る動物でも、釈尊に会えばおとなしくなりました。
小鳥はよく釈尊に寄っていました。
2014-10-15 20:46:55


リーマンさんはお釈迦様のおそばにいやっしゃったそうですが、容態が変わってから息を引き取られるまでの間、悲しみで心が波打ったりしませんでしたか?
お釈迦様のご臨終の時に、涙は流れましたか?

。。。釈尊の最後の数日間とは、体全体から黄色い光のオーラが出て、そばにいるだけで素晴らしい安心感がありました。悲しくはなく、行くべきところに戻られる安心感に満ちていました。

この光に気付いた動物たちが周囲に集まった伝説は本当です。
2012-04-16 14:45:09



  • 最終更新:2015-04-11 13:44:36

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