良寛

■良寛について
関連項目 道元 一休
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「花は、無心にして蝶を招き、
蝶は、無心にして花を訪れる」 (良寛)

これは、自然の姿の核心を言い当てています、良寛さんの詩の一節を解釈したものです。
まさに動植物の心境とは、これなのです。
絶えず、今という点を懸命に生きているだけなのです。
死に対しましても、死後を心配することがなく、今を生きながら死の川を渡って行きます。

その一方で、愛するペットの死を悲しむのが人間です。これは仕方がないことです。愛情を掛けた分、ペットが死んだ時の喪失感とは大きいものです。
でも、死んだペットの心境とは、この詩とまったく同じなのです。
「死ぬ時が来たから、無心に死んで行く」
というのが動物の心境です。心配をしないのです。



生まれ出るだけでも超難関で偉大な奇跡のプレゼントであることが、死のトンネルをくぐった魂には真から良く分かり、その生まれ出た奇跡の上では、どんな人生の悩みも「大した問題では無かった」ことが真から自分で分かります。
人間は裸で生まれ出て、そして「全てを置いて」裸でたった一人で死んで行きます。
コノ世の「捨て去る物事」のために、あれほど死ぬほど悩んでいた自分に後悔します。
今朝出した生ゴミのために、一日中も悩んでいたことと同じだったのです。
それよりも、今日の人生に感謝することがもっと大切なのです。

しかし、私たちが「死んでから」今生の貴重さを認識した時はもう遅いのです。
一休さん、良寛さんという覚者は、「生きている間に」既に生死の境界を心境で渡ることが出来ていましたので、生きている間に「死にとうない」とわざわざ発言を残しています。
これは自我の執着からの「死にとうない」では無くて、アノ世の視点からコノ世への賛歌と御礼の「死にとうない」だったのです。


愛語(あいご) 2011-09-26 11:31:00

禅僧である良寛(りょうかん)さんの心中には、禅宗の開祖・道元(どうげん)が示された愛語(あいご)の精神が生きていました。
良寛さんは、まじめに、不器用に、愛語の精神で生きることを生涯守り、実行されました。
愛語とは、要するに自分の生活の中で、
1.他人に対しては、「良い言葉」「愛情の在る言葉」しか発しないことを、自分の修行の柱とするのです。
2.言葉にしない時は、黙って心中で他人へ「愛情のある言葉」を思うのです。
3.言葉に出来ない時は、黙って「愛情のある行動」を他人にします。
人間とは、生活の中でこれを実践するだけでも悟りが開けます。

(中略)

不器用な良寛の愛語のエピソードがあります。
良寛の親類には、不良の生活に進みつつある甥っ子(良寛の弟の息子)が一人いました。
良寛は、子供に何かを言って欲しいと弟から頼まれて、家に一週間ほど滞在しました。
しかし、良寛は甥の生活ぶりを黙って見ているだけで、甥に一言も何も言いませんでした。
無理も無いです。口下手で不器用な良寛は、甥に何か言いたかったのですが、ほんとうに言葉が出なかったのです。

そして、何も言えないまま弟の家の滞在が一週間も過ぎましたので、良寛は甥がいる時に帰る身支度を始めました。
玄関先で良寛は、甥に自分のワラジのヒモを結ぶのを頼みました。
甥が屈み込んで、ワラジを結んでくれる後頭部を見詰めていた良寛には、
1.この子の先行きを思う心配な気持ち。
2.何も言うことも、正すことも出来ない良寛自身の不甲斐なさ。
3.良寛には子供がいませんので、甥に期待する先祖の気持ち。
4.甥への愛情の気持ち。
などなどの気持ちが、沸き起こりました。

この時に良寛の目から涙がこぼれ、かがむ甥の首筋へと落ちました。
良寛は、泣きながら甥の前から無言でトボトボと去って行かれました。
この日から、甥の生活はガラリと変わり、親孝行な息子に成りました。
愛情から湧き出る涙は、100の言葉以上に甥には効きました。

やはりただの涙では無かったのです。
甥のためを思うと、色んな思いが愛情から起こり、愛語が凝縮された聖なる涙でした。



良寛は、村の多くの住民から愛されていました。その訳は、良寛は良い言葉しか口にしなかったからです。良寛と会えば、ほめられて感謝されるばかりの言葉を掛けてもらえるので、心が辛い住民には特に嬉しかったのです。
良寛は、「良い言葉しか発しない」誓いを立てていた人物でした。誓うというよりも、良寛が持つ自然な本能(内在神)だったのです。



皆さんは、自分が世に「生まれた」という事実に、もっと誇りを持たなければ生けません。これは本当に稀有な事なのです。
有名な覚者である一休さんや良寛さんも、最後の言葉は「まだ、死にたくない」でした。生きている時は、この世の栄華どころか清貧な人生を送っていた二人です。しかし、この世の実相を知れば知るほど、この地獄も極楽も共存する世界は、去りがたいほどの稀有な世界だったのです。


カギは日常の中に 2009-12-16 11:14:30

この世界は、とても有り難い稀有な次元です。全ての次元が波の様に押し寄せて、今に現れて居るのです。
心の道を極めたとされる一休や良寛でさえも、死の前には「まだ、死にとうない」と言わしめた世界が、今の次元なのです。

現状への感謝を通じて到達した世界は、11の段階=次元が存在すると感じます。私の感じる宇宙は、11の様相で構成されています。11の先は、また元の位置に戻るループと成ります。
十一面観世音菩薩とは、本当に上手く表現したものです。


自分で実践する大切さ 2009-11-05 10:33:48

自分が預かる聖なる意識に目覚め出しますと、自分に本当に「必要な物」は必ず与えられます。お金でも健康でも何でもです。
内在する御仏に気付いていた良寛さんは、全国を放浪しました。とても風采の上がらない貧相な姿をしていたので、何度も盗人に間違われもしました。しかし、まったくの無名の僧侶でありながら、人々の情けにより必ず食べ物と着る物は与えられたのです。


霊障も肥やしに出来る 2009-10-19 10:48:38

有名な禅僧は、書や水墨画を数多く残しているものです。しかし、禅僧として評価の高い白隠(はくいん)の書でも、功名心や野心を感じる物が中には有ります。その点、近年でも人気の高い良寛(りょうかん)の作品は、心の垢が確かに少ないと感じます。
良寛の様な「世捨て人」に憧れる人は多いですが、勘違いをしている人間が多いと思います。もし、良寛の立場で出生していれば、普通の魂ならば自殺していると思います。出生した家系の霊線の詰まりから来る霊障に、非常に苦しんだ人物でした。

(中略)

無邪気な子供の様なエピソードに満ちた人物ですが、その心象背景は、挫折と悲哀と無常観を乗り越えてのものでした。
自由奔放を心底から演じながら、自らは九十項目にも上る戒律を設けている人でもありました。良寛に戒律とは、最も似合わない感じがしますが、そこが唯の放浪者では無いところです。
*人の話に割って入るな *自説を無理強いするな *人を軽く見るな *酒に酔って屁理屈を言うな *間違いを隠すな *知識を誇るな *簡単に約束するな *後悔を口に出すな *愛想笑いをするな *立場の高さを誇るな *憎い心で他人を叱るな・・・などなど九十条も意識していたのです。
良寛は、努力の人でもあったのです。


今日の寄道日記 良寛 2008-01-11 20:23:13

今朝、営業車で移動中にラジオで、良寛について話されていました。面白かったです。
良寛が新潟で大地震に被災した時、それを心配した方からの手紙への返事が、災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。
この解釈は、
「災難や死からは、逃げ出さずに立ち向う事が、災難や死を乗り越える一番の方法です」 が、文意でしょう。
霊感読みでは、
「人間は、嫌な事から、逃げよう、避けようとする限りは、逆に災難に遭うものです。」 と、私は感じます。

(中略)

良寛は、間違いなく覚者です。 座りながら、息を引き取りました。意識を有したまま、現実界を去ったのです。これは、覚醒者の特徴です。
良寛は、素晴らしい歌を沢山残しています。深い味があります。
良寛が死ぬ前の、辞世の言葉は「死にたくない」でした。
やはり、凄い人です。 この言葉は、人間に勇気を与えます。
あの、良寛でさえ、死にたくない。 
これは、彼の人間への愛情の言葉です。


関連コメント

良寛さまと日蓮さまは、雨乞いを競うほど仲が悪かったと聞きましたが、本当ですか?

。。。。それは無いです。
良寛が他人を嫌うことは生涯ないです。

二人の時代も離れています。
2013-05-14 15:27:44


20140707

  • 最終更新:2014-07-08 23:55:39

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