自我とは(真我)

■ 自我とは(真我)について
関連項目 自我
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自我と真我(良心・内在神)

関連記事

「天の岩戸開き」 2016-01-22 10:57:12

今朝に感じましたことは、
「人間は、自分で自分自身をもっと励ますべき」
ということでした。

え?自分一人なのに、まるで自分が二人いるかのように思うのは変ではないか?
と思われるかも知れません。しかし、

*自我(じが)=ワレヨシな自分
*真我(しんが)=良心からの視点=内在神=本当の自分

という重なる二層構造を人類が持っているのです。
古神道でも一霊四魂(いちれいしこん)として、より細かく人間の魂の構造を分析しています。(http://goo.gl/VWDCMF

だから、毎日の生活の中で、本当の自分(真我・内在神)からの目線で、今の自分自身に向かって心中で
「がんばれー」
「もっと行けるぞ」
「本当の自分はこんなものじゃない!」
「そんなことをしてはダメ!」
「そんなことは言うべきでは無い」

と、本当の自分(真我・内在神)から、揺れ動く自分に向かって、「心中で」励ますことが運気を高めます。
「自分で独り言の遊びをしても逃避に過ぎない。現実に影響などするか!」と思われるかも知れません。
でも、そう思ってはダメです。実は、これこそが「天の岩戸開き」の神話の真相なのです。



私たちは、日常生活の中で辛いことや苦しいことが起こり得ます。
私が良く思いますことは、
「それも仕方がない」
と考えることです。ある意味では、降伏するのです。
でも、これは自分の逃げる心やあきらめでは無いのです。
逆に武士のような潔(いさぎよ)さと、思い切り、怖いほどの真剣さ、自分の命懸けを秘めた「仕方がない」なのです。

そして、「自分(自我)が降伏した時、本性(内在神)が出て来るのです」。
自分の本性(良心・内在神)が出て来た時に、逆に思い切った「行動」が出るのです。
降伏しても、そのままでは無いのです。自分の自我が降参する、降伏した時、自分の本当の力が発揮されやすくなるのです。
自分の良心が判断すれば、降伏・降参した後に、物事が正される現象が霊的に働きます。

以上の話を簡単に言いますと、
自分が嫌な他人に腹を立てている間は、その人に負けます。
相手に降伏・降参していないからです。自分の自我が相手に抵抗しています。
これを、
* 「これも仕方がない」と思うこと。
* 心中で相手に、「良かったね」「祝福してあげる」という気持ちで冷静に見ること。

自分の自我(ワレヨシな気持ち・自己優先の思い)を降参・降伏させて、
* 「相手を許した時」
* 「相手を祝福した時」「相手を祝ってあげる気持ちを持つ時」

その相手は、霊的には負け出します。運気が変わります。潮目が変わるのです。
日本語の「祝い」(いわい)は、呪詛の「呪」という漢字とカミ一重ですね。
相手を祝うことで、もし相手に間違いが有れば、「神様に正される」という霊的仕組みが古来から有るのです。


完敗が乾杯なのだ 2015-08-01 10:48:21

(感想)
人生では、自分は「負けた」「負けだ」、「自分は敗者だ」と思うことが有るかも知れません。
でも、その「負けた」と思うのは、いったい誰なのでしょうか?
それは、自分の自我(ワレヨシの思い、自分の見栄、外見を気にする自分の心)が「負けた」と吐いているのです。

負けたのは自分の自我であり、自分の嫌な面が「負けた」と漏らすのです。
はたして、これは失敗なのでしょうか?ダメなことなのでしょうか?
本当の自分(真我・内在神)からの視点では、それは大成功なのです。
まさに、自分(自我)の「完敗」は、祝すべき大成功であり、「乾杯」すべきことです。

自我が敗れて、「本当の自分」の芽が出ます。
コノ世での敗北感とは、アノ世での大成功であり、天国へ入るキップです。
だって、コノ世で感じる敗北感とは、顔の美醜、貧富の差、学歴、住む環境、車の良し悪し、・・・・このような物事の「違い」を勝ち負けに感じるのが人間の自我なのです。

しかし、それこそは神様の視点では、邪魔な視点です。それらの勝者ほど、そのことで自分の自我が増せば天国に入ることは難しい「ハンディ」と成るのです。
コノ世での自我が喜ぶ視点(金銭・環境・・・)を豊富に持つ人でも、そのような視点の優劣をまったく思わない、それを失くしても悲観しない人こそも、自我への勝利者です。



大切なことは、過去の不倫を反省して今は真面目な人間はどうすれば良いのか?ということです。
どんな罪も、「生きている間だけは」上書き修正をすることが可能です。
悪を為せば、それを上回る善を成せば良いのです。因果の法則から、これは完全に言えます。

死後の状態を視ましても、罪を成した魂が生前の悪行の反射から地獄を一端は見ますが、その後に自分が成した善行の反射により救い出されるという体験を、アノ世でリピート体験する様を私の記憶は知っています。
やはりコノ世は、他人は関係なくて、自分の意識(自我)と良心(内在神)との間の勝負を誰もがしている最中だと言えます。
コノ世は、本当の自分自身を深から納得させることが真に難しい世界なのです。

不倫なんて大した問題では無いと、生きている間は自分の自我が思っていましても、死後に自分の家族(伴侶・子供・親たち)が自分の不倫で悩み苦しんだ様を繰り返し映像で見せられますと、やはり自分の良心は自分自身のことを許せなく成るのです。
自分が大したことは無いと思っていたのは、それは自分が気付けなかった・気付こうとしなかった無知に過ぎなかったのです。



今日も色々な人々を眺めていて感じましたことは、やはり
「人間は自分が苦しい時の過ごし方で運命が決まる」
ということでした。
自分が苦しい時こそが、真剣に、鬼気迫るほどに、思い詰めるほどに自分の問題と向き合っている瞬間です。
自分が気楽で楽しい時は、真剣に悩み考えることをしないのが人間です。
苦しい時は、自分自身や状況を見詰める大切なチャンスなのです。

(中略)

どんな問題や苦労でも、肉体が死んでも変わらず実在している不死身の本当の自分(真我・内在神)がいつも今も居ることを信じることが大切です。
これを本当に今の自分(自我)が信じ切れた時に、コノ世のどんな問題も笑顔で乗り越えることが出来ます。



この項で釈尊は、仕事の評価に付きましては、「仕事が出来る人=正しい人」とは必ずしも言えないとだけ触れて、それよりも
「善と悪の区別を自分で正しく出来る人に成りなさい」と言われています。

今の社会にも、善と悪の区別を正しく出来ない人が増えています。
それの何が悪いのかが、本当に分からない人間が増えています。
危険ドラッグ、不倫、援助交際、詐欺、・・・・その人だけの自分勝手な屁理屈を言うものです。
でも、その人の良心(内在神)は、何が正しいのかを知っています。

つまり、善と悪の区別をいい加減に自分自身に対して甘くしているのが人の自我です。
でも釈尊は、善悪を正しく自分で区別する生活をしなさいと言われています。それが、真の幸福に繋がるからです。

他人への「配慮」や「思いやり」を自分が持ちますと、その視点から物事の善悪を正しく判断出来ます。
だから、この項は、
「他者への思いやりの有る人が正しい人です」とも言えそうです。



コノ世では多数の他人の中で暮らしていると全員が思い込んでいますが、霊的な真相は違うのです。
コノ世に居るのは、自分の自我(ワレヨシ)と真我(シンガ:良心・内在神)だけなのです。
今の見える多くの他人は、映画館のスクリーンに映る映像です。
その「現れる」映像に向かって、自分が何を思い、何を実行するのかを、レコーディング中です。

だから本当は人類の誰もが寂しがり屋です。
本当の自分は、自分しか存在していない真実を知っているからです。(これが天上天下唯我独尊)
この飢餓感を癒やそうと、コノ世の他人(映像)に愛を求めましても、いつまで経っても安心することは無いのです。
これを癒やすには、本当の自分の中(右胸)に今も存在しています「永遠の母性」(真我・内在神)に自ら求めて近付くしかないのです。

この永遠の母性に触れた時が、悟りの瞬間であり、これが何度も継続しますと、上記の無限に繰り返すリピート現象から卒業することが可能に成ります。



人間が生きるとは、
「自分の中に在るものを出すこと」「自分の中を表現する」
ことだと感じます。誰もが知らずに、自分の中(心)を表現しています。問題は、
自分の中の自我(じが・ワレヨシ)を知らずに出しているのか?
自分の中の良心(内在神)を出すのか?
これが、その人の人生を分け、幸運も分けています。

だから大切なことは、
今の自分が自我を出しているのか?
自分の良心(内在神)を発露させることが出来ているのか?
これを自分で静観していることが大切なのです。他人がすることではありません。
自分を静観することで、自我の暴走を制御することが可能です。
自分の自我を暴走させることは、自由でも解放でも進化でも何でもありません。ただの幼い迷惑な意識レベルにしか過ぎません。
自我の暴走は、悪い因果を製造して行くので要注意です。



Bさんは、以前の会社の3年間の御蔭により、今の会社が有り難くて、楽しくてしょうがないと言います。
人間は、何が幸いするのか本当に最期まで分からないという見本です。
ただ、もしBさんが素直で無かったならば、先輩は押さなかったことでしょう。
だから、どんな立場の人間も、やはり「素直で居ること」を心掛けて生活しましょう。
素直さは、病気も遠ざけると私は感じます。

今日は、ビリー・ジョエルの「素顔のままで」(http://www.youtube.com/watch?v=HaA3YZ6QdJU)を聞きながらお休みなさい。
内在神から自分(自我)への思いでもあります。


完全な善なる世界 2013-10-16 09:58:38

同行二人・・・・まさに右胸に住む内在神(真我)と、今の自分の自我のことです。
自我は喜怒哀楽をコロコロと繰り返して行きますが、内在神は常に暖かく、“完全なる”善の視点で見てくれています。
こんな貴重な時間は、コノ世だけで起こります。アノ世では、それ相応な分別された世界へと自我は進みます。
コノ世だけが、内在神(正体は創造神)と同行二人という稀有な現象が起こります。
それほど、コノ世が宇宙の進化を左右させるほどの貴重な実験場だからです。


道徳=良心からの規律 2013-09-27 08:57:03

自主的な道徳には、自分の自我を排除するヒントがあると感じます。
自我が薄くなるに従って、真我=内在神=真理が自分に発露を始めます。
アインシュタインは、自分への道徳(自我の縮小)により、物理学の真理に気付いたと感じます。
人間は、お宝を外部に探そうとしますが、実際には自分の右胸にすべてが内蔵されているのです。

(中略)

自分なりに、自分の生活を律して見ましょう。
掃除でも、禁煙でも、ダイエットでも良いのです。それを通じて、音(ね)を上げ始める自分の自我を目撃してやるのです。それを静観するのです。
本当の自分(真我)は、そんなことにはびくともしない大安心の存在です。
この繰り返しにより、自我が段々と「バレタカー」と悲鳴を上げては消えて行きます。
そして、真我(内在神)が残ります。



家で先祖供養を行い、神棚を祭ることも、自分の真我(内在神)を祭ることに霊的に成ります。
そして、祭る、という漢字を検索しますと、
「神仏・祖霊などに
(1)供物をささげたり、
(2)楽を奏したりして敬い、
(3)慰撫・鎮魂し、祈願感謝する。」(日本国語大辞典より)

これを生きる自分にも、日々の生活で捧げるのです。
(1)は、自分にバランス良い食事を捧げること。
(2)は、自分が出来る範囲で、自分の真我(内在神)に対して、良い音楽や、良い言葉、美しい映像、を「お見せする」のです。
自分の自我は、悪い映像を見ることを好みますが、そうしても良いから真我(内在神)に良い光景を見せる、自分の行為で演出する気持ちだけでも意識して行きます。
(3)は、自分の右胸の真我(内在神)に、日々の生活の中で感謝をして生きます。

これが最初は自分の自我からの行為でありましても、「継続」が段々と自我を薄めて行きます。
そして、右胸に住する真我(内在神)への感謝の気持ちは、見えない無意識下での実践力を発揮し始めます。
自我では無い、真我(内在神)が望むことは、コノ世で実現し始めます。
色んなことが変わります。
自分の自我が望むことは、自分の良心で判断して捨てることも大切です。このような視点を持つだけでも、その人間の運命は改善します。



(感想)
「自分が草や木を見ているという考えは、あなたの真我(内在神)から外側へ投影されています」
これを難しい内容だと思うことはありません。
これが事実である証拠として、自分と他人が同じモノを見ていましても、同じ光景を見ているとは限りません。真我からの投影だからです。現実に人の「好み」は、細部にわたり他人とは分かれています。
「くまモン」が可愛いと思う人もいれば、怖いと感じる人も同様にいます。

実は最新の脳科学では、人間が見ている光景の数十%以上は、脳が自作自演で想像して「見せている」可能性が指摘され始めています。
ラマナ・マハルシは、見える光景の全部が、真我(内在神)からの投影だとします。
私の感得では、真我(内在神)から出される光の粒子が、「自我のフィルター」を通して脳内に光景を見せています。
つまり、自我の大きさにより「先入観」が創られて、同じ光景を見ていましても人により解釈が変わります。

ここで可能性が言えます。心が純粋で自我フィルターが薄くて、真我に意識が近い人物には、草や木がどんな風に見えているのでしょうか?
これを確認できる最適な人物が、ファン・ゴッホです。


長い視点は神様の視点 2012-01-20 11:26:55

(感想)
人間が生きる上での知恵として、長い視点が大切です。
長い視点から、今の自分を静観して見ましょう。その悩みを、長い視点から観察して見ましょう。
自分の自我(じが:自分だけが良い)からの欲望とは、目先の短い「点」でしか物事を見ていません。これは叶ったところで、必ず飽きていきますし、大切なモノを失うケースがあります。
本当に自分にとって大切なモノとは、最初はその良さや「有り難さ」が分からないことが多いのです。
まるで人間の人生のように、その貴重さや生きる意味が分かりません。

自我と真我(しんが:内在神・良心)では、それが望むモノが違うのです。視ている視点が違います。
しかし、自我の思いと真我の思いが一致すれば、その人はカンナガラ(神と共に生きている状態)な人物と言えます。
真我の視点とは、公平であり中立であり、他への思いやりと愛情の視点です。
自我の視点で生きますと、必ず物事は行き詰まり苦しくなる法則が在ります。
だから絶えず今の自分が、自我で生きているのか、良心(内在神・真我)で生きているのかを、静観することが人生には必要です。


忙中日記 1 2012-05-21 20:55:43

親には、自分の子供が間違った方向に進みつつあると見えていても、子供は親(内在神でも同じこと)の言うことを聞かないものです。
この関係は、親=内在神が、子供=自我=今の自分を見ているのと同じです。
だから、もし今の自分が悩んでいるならば、自分が親の立場に成って自分自身を静観するのも良いです。色んな風景が見え出すものです。

人間は独身であっても、親であり子供であり神を宿す様々な面を持ちます。
この面を、全部で十一面も持つのが人の本性なのです。
今の自分は、何面まで気付いているのでしょうか?
十一面まで気付きますと、そこで初めて元々一面しか無かった、つまり十一=一というコノ世の秘密の1つに行き着くと感じます。


すべては自分の為だった 2010-11-23 11:28:11

意識表面の自我(ワレヨシの気持ち)では相克(そうこく:対立して争うこと)をしていても、本当の心の深奥では誰もが「全体責任」を感じているのです。だから気に成るのです。
自我(じが)=個人主義。
真我(しんが)・内在神・良心=全体主義。 なのです。
自我は、時間と共にいずれ消えて行きます。死後の49日間のバルドォ期間(http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20090907)で解体されます。
自我が消え去った時、人生という短い期間が、特別な特別な恩寵(おんちょう:神様からのプレゼント)だったことを思い出します。
期限付きの短い間(人生)の苦労や嫌な事は、それは貴重な意味ある「自分の為」のイベントだったことを思い知ります。
この時、申し訳なさと感謝の気持ちに包まれます。


他への母性を発揮する事 2010-09-14 11:14:46

自分の利益(我れ良し)ばかりを考えて生きますと、息切れをする法則が現実界に在ります。幸運も逃げていき、生命力も実際に落ちます。
いや、そんなことはないと自分の願望達成だけに邁進して、一時的な成功や願望を達成したとしても、理由の無い「虚しさ」が必ず存在します。虚しく満足感が得られないので、さらに勘違いをして新たな願望を求めます。
しかし、自分だけの願望を叶えても、いつまでたっても安心することは出来ないのです。逆に失う事の不安感が増すものです。心の平安は訪れません。
なぜ、こうなるのか?
それは、すべての人間が持つ自分の神性(内在神)に背くからです。
心の表面の自我は、自分だけの事に執着しようとしますが、心の奥の内在神は完全に公平なエナジーなのです。

この世で発揮するエナジーの強さは、内在神>>~>自我です。圧倒的に内在神が生命力・幸運・物事を産み出す力に満ちています。
だから自分の内在神に沿った生き方をする事が、本当の幸福に繋がります。
この世では、自我の欲求を満たす事が、幸福だと勘違いをさせる魔力に満ちています。しかし、それでは真からの満足は絶対に得られません。
だから、今が苦しくて、病気がちで、貧乏で絶望感に包まれていても大丈夫なのです。
今から、他人のために生きる視点を持てば良いだけです。


関連コメント

真我の状態は本人は幸せでしょうが、他人から見ると無反応のロボットに見えます。だから、真我に至った人より、人間らしいのが自我がある人でそれはそれで良いように思いました。真我をめざす必要、ありますか?

。。。。それは、あなたが真我の自由と幸福を知らないからです。

自我の幸福とは比較にならない、圧倒的で完全で静かな幸福感です。
ある意味で、淡々とした無限に続く平静です。
これを知らずに感じている人も日本には多い。
2016-05-12 13:56:57


良心と価値観は比例しますか?良心は人それぞれの価値観によって影響力が大きいと感じています。

。。。。良心=内在神=人類に共通の1つなる存在。
だから、表面の自我を良心と混同することが注意。
自我は個人差があります。
「自分の心を守りましょう 」(パソコンから予約): http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4766785738/isehakusandou-22/ref=nosim (携帯から予約) http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html?a=4766785738&at=isehakusandou-22&url=/gp/aw/d.html を出来れば読んでね。
2015-12-16 21:16:18


昨日【本当の自分に許されている人は輝く 2015-07-27 11:45:30】と今日【自分を助けることが大切です 2015-07-28 11:55:03】の記事を見て感じたことですが、多くの人が幸福になれない主な理由は、自らの内在神から発する罪の意識により、自己処罰しているということでしょうか。
人間には、内在神が大元の自己処罰の本能が備わっているのですか?

。。。。内在神は、処罰をしません。
内在神に合わない自我が、苦しみ自壊します。
2015-07-28 19:27:24


良心に背く行為、自分自身が納得しない生き方、自我に基づいた人生を歩んでいると、なぜ、段々と生きるのが辛くなり、段々と自分自身が嫌いになり、段々と自信を失っていくのですか?

。。。内在神に背くからです。
2015-03-25 23:25:42


「それほど高度な存在が求めるのが、人間の思いなのです。最高のご馳走です。」と言う過去の記事を発見しました。人間が内在神を預かっているので、内在神からの発露する思いだと理解していますが、高度な存在には人類が預かっている内在神(根源存在からの)は預かっていないのでしょうか。それとも最高の内在神を預かっているのは人類のみで、高度な存在は根源神から別れた存在ではあるが内在神の発露にも限界があるのでしょうか。

。。。。動物は神と一体であり、分離してません。
人間だけは、自我と真我で分離してます。
これがアダムとイブの神話の秘密です。
2015-02-17 13:47:10


リーマンさん、最近涙もろくてすぐ泣きます。自分が良心に背いているからですか?自我の自己満なのか内在神の発露なのか?自分は前進してるんでしょうか?

。。。自分の良心に背かないことが大事。
そうすれば、ランランラン♪
2014-09-01 02:27:12


本に、心は成長しなくていい。と書かれてありました。成長しなくて良いのは、内在神で、自我をもつ心は成長した方が良いのではないのですか?心は本当にコロコロ変わります。いつも安定した心(内在神)をもち、変化する自我の心を静観することで、心が成長すると思っているのですが、違ってますでしょうか?

。。。成長ではなく、自我の昇華・浄化が大事。

どんな心も、神の分霊であり、すでに最高なのが真実です。
後は浄化の問題です。

この浄化が、個人差が大きいです。
2014-08-26 22:00:46


悪魔と天使というのは、我よし自我と良心の発露の比喩と考えていいのですか?
悪魔と天使の天使がよくわかりません。

。。。よいです。

天使は精霊です。
神使、八百万神、眷属神、でも良いです。

これに次元の11段階の違いがそれぞれに在ります。
2014-08-02 00:49:29


伊勢さんにも自我はあるのですよね。

。。。。ただ、普通の人とは自我の内容が違うかも知れませんよ。
何を望んでいるのか。

自我も良心も、自分が何をしたいのか分からないです。

。。。だからこそ、生活努力と、先祖への感謝を普段の中ですることが大事。これ次第です。先祖への感謝磁気を貯めることが、守護に繋がります。

実践が自分に教え、先行きを導きます。実践なき者は迷います。

あなたはレールの上をトレースするために生まれのでは無いのですよ。
自分を納得させる生活が大事。
2014-08-01 13:31:33


ある物事に対して感じる「良心の呵責」の強弱は、良心の発露の度合いと考えてもよろしいのでしょうか?
例えば、ある物事が起きた場合、その物事に対する感じ方、良心の呵責の念は人それぞれで千差万別です。それはたとえ親子や夫婦でも異なります。
ある問題に対し、私が強く呵責を覚え、後悔や反省を感じる場合でも、他は対して感じていなかったり、またその逆も当然にあり得ます。
人は皆、それぞれに考え方や性格、価値観が違うので当然と言われれば当然かもしれませんが、中にはよほど酷い内容でない限り、良心の呵責を殆ど感じない人もいます。
リーマンさんはよく「良心に沿った生活」、「良心に沿った生き方」と言われますが、この良心の基準は人によって異なることから、あくまでも他人は関係なく、それぞれ自分自身が感じる基準で判断し、実践していけばよろしいですか?
逆に言えば、多数から見て自分が良心の呵責を感じる基準が低いと思われる場面でも、自分に偽りなく、自分が正直に思い、後悔なく胸を張れるのであれば、それは今時点での自分のレベルであり、仕方のないことでしょうか?

。。。真我では、どの人も共通判定です。

でも自我では、バラバラ。

だから、生活努力と、先祖への感謝を普段の中ですることが大事。これ次第です。先祖への感謝磁気を貯めることが、守護に繋がります。

家系の水子にも感謝をしましょう。応援されます。

実践が自分に教え、先行きを導きます。実践なき者は迷います。

「自分の心を守りましょう 」(パソコンから予約): http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4766785738/isehakusandou-22/ref=nosim (携帯から予約) http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html?a=4766785738&at=isehakusandou-22 を出来れば読んでね。

するべきことが分かります。実践が教え導きます。
2014-06-27 19:32:11


本当は、これがしたい、あれがしたい、と悶々としててもやっぱり怖いと踏み出さないのは、自我の心で
悶々として、行動したがっているのが本心(内在神)の声ですか?

。。。自我と良心。
2014-06-17 17:05:28


哲学者カントが「自律の自由」を言っていますが、本日の記事【道徳=良心からの規律 2013-09-27 08:57:03】の内容と同義と理解してよろしいですか。

。。。共通点はあります。
真理は共通しますから、老子も含めて、道徳を重視します。
自我をコントロールするカギです。
2013-09-27 23:14:06


自分の内在神を祭るのとセットで、自分の自我も祭ると良くないですか?自我に感謝して、自我を鎮めるというか・・・。冷静になれたりしないでしょうか。

。。。良いです。
そうあるべきです。
2013-08-27 20:26:36


もし自分に必要ならば、自分の良心(内在神)へのケア・対応次第では、莫大な富でも、結婚でも、名声でも何でも与えられます。【不滅の言葉 No.14 2013-08-17 11:25:55】

ラマナも好きだから神様に至った。神様に至るには「好き」が絶対条件です。だから、なんでも好き!であれば、与えられる。これが正しいと思います。富が好き!結婚が好き!名声が好き!

。。。。。継続した好きは、内在が求めています。
自我の好きは、必ず飽きます。
2013-08-17 20:24:04


内在神と自分は一つだったのに、内在神に感謝することは、自分に(も)感謝していることになりますよね?自分で自分に感謝することも深い意味があるのでしょうか?

。。。自分にも感謝します。
自我で分離した本性を、内在神に融合統一させます。戻します。
2013-08-08 15:15:02


文中【「流れ」によるミソギ(禊)の神意 2012-04-19 10:25:25】の、肉を切らせて骨を断つ。の使い方なんですが、本来の意味とは違う気がして気になります。経験上、何かを犠牲にし、交換取引で大切なものを守る。という使い方(心のあり方)は、かえって甘えの構造や危険を引力する磁気になると思います。

。。。これは自分の中の自我と良心の葛藤を意味します。
最後は良心に目覚める、「目的の達成」の意味です。
2012-04-20 13:05:26

ーーーーーーー
「肉を切(斬)らせて骨を断つ」とは本来、自分が傷を負ってでも、相手(敵)にはそれ以上の傷を負わせ、ダメージを与え、あるいは殺す。そういう意味合いで使われる言葉です。つまり、特定の相手(敵)がいて、その相手(敵)との戦いの場において使用するするのが正しいのです。ですから普通に考えれば、禊ぎにこの言葉を当てるのは、明らかな違和感があるわけです。

。。。1.自我との相克と克服。そして昇華を意味します。
2.本当に人類は肉体を無くす、霊主体・肉体従属の反転が起こる意味もあります。
2012-04-20 13:57:03


ところで、記事を読んでいて、疑問に思ったのですが、内在神と自我の区別ですが、私は直感を大事にしているのですが(しっくり来るか来ないかという)、直感はイコール内在神と思って良いのでしょうか?
ただ直感の通り選んでも試練も来ますし、恐れや欲がある時は直感を読み間違えることもあるように思います。
そのように難しいものではありますが、やはり直感イコール内在神という認識で理解して良いでしょうか?

。。。だからこそ、先祖への感謝を、普段の中で想起しながら、静観をしましょう。先祖への感謝磁気を貯めることが、物事を改善させる力となります。

憑依の場合もあるので、正しい信仰が大事。人生が変わります。

「だいじょうぶ!「幸せの神様」が微笑んでいる」本、「読むだけで人生が変わるたった一つの方法―伊勢白山道Q&A事典」を出来れば何回も再読してください。

寄り代(短冊や位牌のこと)は挟んで固定し、30~50cmの安定した台でしていると、霊的な意味での問題はないです。
2011-12-23 13:28:07



  • 最終更新:2016-06-24 16:54:57

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