自我とは(妨害)

■ 自我とは(妨害)について
関連項目 自我
目次

自我=妨害する、逆を行う、邪魔する

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恋愛の願いや、漠然とした希望に関しては、
そのことばかりを「考えている」「思っている」ことのほうが、

* 実現しない。遠ざかる。
* 今の現状・環境も低下する。
* 他の良い道・方法にも、気付けない。

と私は霊的な意味で思っています。その理由は、
(1) 自分の自我(自分の一方的な思い)が強すぎますと、先祖霊や内在神が、よい方向に干渉したくても、
* 自分でバリアーを張って拒否している状態。
* 自分が受け付けない状態。
に人は成っているからです。

自分の自我(ワレヨシな思い)が、自分自身の願望を妨害している人が実に多いのです。
でも、そういう人ほど、まさか自分の自我が犯人とは思えずに、他人からの生霊や、霊の憑依などに原因を探し求めて安心しようとします。

そんな時に有料先生に相談すれば、「飛んで火に入(い)る夏の虫」、待ってました!!とばかりに、
「それは霊障ですよ」「除霊が必要」「数万円」
などと搾取されます。

自分の願望を妨害しているのも、変な人に縁を自ら持つのも、すべては自分の自我が原因なのが霊的真相の9割を占めます。
残りの1割は、本当の霊的問題も含めて、ケースバイケースであり一概には言えません。



欲しい、欲しいという欲望は、投資にも必ず負け、良い結婚相手にも目がフタをされ、仕事の最善の選択も自分から捨てる選択をさせるのです。
これに気付いていない人が大半です。
心の目が開いた人は1割にすぎません。9割の人が自分の自我の欲望に呑まれたままです。

そして、消極的で自暴自棄の「もう期待しない」ではダメなのです。これでは更に落ちるばかりです。
* 明るく自分なりの最善を本当に尽くせば、もうお任せで良い、期待はしない。
という心境が自然と自分で分かります。
* 自我の欲望が自分から落ちるのです。

自分の努力の実行をしない思考だけの人が、努力をする前から、
「しょせん自分はダメだ」「何をしても同じ」「何も期待しない」
と思うだけで終わっています。
* 一生懸命な行動が無いのです。

そうでは無くて、本当に自分の最大の行動と努力を人がした時、明るく欲望も願望も消えて行きます。
中途半端な努力では、欲望は残り続けます。



人間には、自分が既に持つものを破壊する自我、無くしたい自我、が在ります。自分の無意識下では、表面の意識と逆であるケースが有ることを知って置いてください。
表面の意識では仕事や家族を大切にしたいと思っていながらも、無意識下では違い、それが自分の行動や来る縁に影響して選択させています。

問題が起これば、「何でこうなったんだろう?」と人は後から思うものです。
そして、それを自分以外に原因(他人や霊・因縁)を「探そうとするものです」。これも一種の自己防衛本能なのでしょう。
でも原因の本当の奥に在るのは、自分の自我(ワレヨシの思い)です。

自分の自我を昇華させた人ほど幸運が来るのは、要するに無意識に邪魔をしている自分自身が減るからです。
人の運勢に一番悪影響している犯人は、自分の自我なのです。これが全ての悪因を無意識下で呼んでいます。まるで自分が苦しむ様を自分で見て、喜んでいるようにです。
自我=悪魔に同調する自分=悪魔、と言っても過言ではありません。

霊視で相手を視る時、相手の「自我の姿」を視ているのが裏話の秘密の1つです。
一人の人間にケモノの姿もあれば、淫乱なヘビもあれば、色々な様相にその時の自我は現れます。まさに千変万化です。
だから、自分自身で自分の「今の」自我とは何か? 自分の自我を静観する、という姿勢だけでも浄化が始まります。
浄化すれば、望まなくても幸運の方からやって来ます。
すべては自分と似たモノ同士が引き合う世界がコノ世だからです。完璧な自業自得です。



(感想)
自分の心こそが、コノ世で一番の厄介モノかも知れません。
この場合の心とは、自我(じが:ワレヨシな思い)のことであり、
心の奥の真我(しんが:良心・内在神)とは分けます。

例えば、恋人同士や夫婦でも、ささいなことで相手に疑念を持つことがあります。
それについて話し合って、すったもんだしたところで、その日を限りに本当に終わるのでしょうか?完了の線引きが出来るのでしょうか?

どんなに約束をしたところで、今日からまた新規の日が継続して行くのです。
だから自分が安心するために、どんなに相手を拘束しましても、やはり自分の心は常に疑念を自動的に捜索しています。24時間不休のロボットのようにです。

結局は、相手の問題では無いのです。自分の心の問題なのです。
自分で自分自身の心を安心させない限り、すべての安定は来ないことを釈尊はこの章で仰っています。
自分の最大の敵は、自分自身の自我だったというオチです。
どんなに他人を責めましても苦しめましても、自分の自我を丸く収めない限りは安心は「来ない」のです。



(1) 諦めたけれども、従来の生活と努力を「継続」していたことです。
普通は「諦めた」となりますと、継続していたことを止めてしまうとか、まったく違うことを人は始めるものです。
そうではなくて、もう諦めたけれども、従来のことはしていた場合です。

(2) もう諦めて、「脱力していた」ことです。
社会では「絶対に諦めるな」と言うこと、言われることが多いのですが、
とにかく「仕方がない」と思っていることです。

(3) 何が何でもという思いを捨てて、「成るように成る」「生きているだけでも有り難い」。
そのことについて「考えない」という執着の無い態度でいたことです。

以上のような態度で居た時に、大病にしても、仕事にしても、試験にしても、恋愛にしましても奇跡が起こる場合が有るのです。
なぜ奇跡が起きるのでしょうか?

それは、このような状態の時は、先祖霊も、縁ある精霊も、本当の自分(真我・内在神)も、
“やっと”干渉できるからです。
つまり、援助を断り続けていたのは、自分の自我(じが・ワレヨシな思い)だったのです。
「何が何でも」という自分の自我は、周囲に迷惑を掛けるだけでは無くて、本当の自分をも押し込めていたのです。
どんな人も、本当は「そんなもんじゃない!」のが真実なのです。



だから、あれが欲しい、結婚したい、そう成りたい、・・・・と自分が思う間は、まだまだ「それ」に対して努力と執念が必要だと言えます。
ここで多いのが、行為の努力をせずに祈るだけで結果を得ようとする人です。
これは完全な間違いです。これは自我(ワレヨシ)の思いばかりを強化させるために、内在神(心の良心)から離れるばかりに成ります。その結果、余計に願いが叶わない逆の転写が起こります。

良い結果を遠ざけているのは、行為の努力が無い「思い」だけで叶えようとする自分の自我の磁気だったのです。
自分を一番に妨害して不幸に導くのは、努力をしないままで願う自分の「思い」なのです。
犯人は他人や他のモノ、霊障にあるのではなく自分自身だったのです。だから、
「欲しいモノへの努力だけを淡々と思いっ切りして、その結果は天にお任せだ」
という態度は、その人にとっての最善をプレゼントすることでしょう。


アホウになる 2013-10-11 10:52:56

嫌な他人のことよりも、自分がアホウに成って、目の前のことしか考えなくて良いのです。
この連続により、自分に給与が与えられ、学校なども直に終わって行くのです。
結果では、アレコレ考える人間よりも、アホウの人間が絶対にお得に成ります。
ご先祖様が幼児を誘導する時は、アレコレと考える子孫よりも、素直でアホウな子ほど誘導しやすいのです。
先祖からの守護を妨害しているのは、自分自身の自我です。

今日は、素直なアホウに成って、目の前の事を頑張りましょう。
これがカンナガラ(内在神の守護)な動きを自分に起こさせます。
ナゼか、アホウは災難を避けることに成ります。そう「成る」のです。



自分が生かされていることへの感謝を無しに個人欲を願うことは、自分の自我(じが:ワレヨシの思い)を増大させます。
自分の自我は、実際には自分の希望の反対を起こす、妨害する原動力として霊的に働いています。
自分の足を引っ張る犯人は、他人では無くて自分自身の自我なのが霊的な真相です。
だから素直な人間の方が、自分の思いが叶えられます。

多くの人間が、知らずに自我を増大させる魔逆の祈りをしています。
祈れば祈るほどに、自分の自我が増大して段々と余計に不幸に成って行きます。貧乏にも成ります。
素直に生かされていることへの感謝をする人間は、本当にお徳(得)な人です。
個々の物事を祈らなくても、すべてに良い運気が自然と起こります。



自分の自我(じが:我良しの思い)が心に起これば、自分の周りに他人の自我からの妨害が起こるものです。
自分の心が何があろうとも感謝をして行く覚悟をして静寂に成れば、自分の周囲から他人の自我も静まって行きます。
自分の心に内在神と先祖を意識して生きて行けば、人間はどんな環境でも順応して「それもまた楽し」と前向きな光が必ずさします。



人間の自我(じが:自分のための思い)からの希望は、なかなか実現しないものです。
結婚・仕事・金運・勉強・・・何にでも言えます。
自分の願いを邪魔する犯人は、他人や霊障や運命では無く、自分自身の自我なのです。
自我が願った内容を、自我自身が邪魔をしている真相が存在します。
自我とは、天邪鬼(あまのじゃく:素直でなく、わざと反対を行う者)なのです。
人間は、全員がこの子鬼(こおに)を抱えています。

また、自我からの願いは、それが自分の本心(内在神)とは合わないから、実現しないとも言えます。
自分の本心(心の良心)と合う願いは、先祖や精霊からも応援されます。
では、自分の希望を実現したければ、どうすれば良いのか?
1.素直な視点から、その希望を眺めてみること。
2.今の現状における、目の前の問題と「和解」が出来るように、自分の本心が納得するまで努力すること。
つまり希望という未来に、いきなり飛ばずに、今の目の前の問題をクリアすることが、深層で思う希望へと近付くことに成ります。

今までの成功術には、これらが抜けているのです。
今の現状を捨てて、いきなり自我の希望へと邁進してもムダです。現状の問題を見なかった分、余計に悪い方向に行きます。
自我という子鬼を霊的背景に持つ、祈願や成功術が社会には多過ぎます。
子鬼を相手にせずに、自分の心の良心(内在神)へと「絶えず」「いつも」振り向くことが大切です。



私が身の回りのことで、「こうなれば良いなあ」と、たま~に思うことは、その大半が実現化します。
これには秘密がありまして、
1:軽く思うこと。
が秘訣です。過去記事(http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/411e5c980a67324c2c40543de318a364)でも説明しましたが、自分の希望を妨害する正体は、自分自身の自我(自分だけが良ければ善いという考え)なのです。
人間が持つ生命力を、自我から来る思考は浪費・漏電させます。そして、個人的な希望を実現させる霊的なパワーが不足して、自分の願いが叶い難いのです。
だから、自分の希望を叶えたい時は、その事を強く祈るほど逆にハンディに成っているのが実態です。
祈らずに、軽く希望を持ちながら、そのことへの行動を無心で「する」ことが大切です。

(中略)

“強く祈れば叶う”という発想は、呪詛(じゅそ:のろい)と成ります。これは自分の「自我の肥大」を起こし、自我エナジーの独立が生霊と成ります。これは自分が持つ生命力や運気を落とす原因にも成りますから注意をしましょう。自我の肥大は、心身ともに「疲れ」ます。これは「憑かれ」る状態を起こしますので注意です。


関連コメント

今が辛くても、大丈夫……でも、辛くて辛くてどうしようもないとき、どうしたら良いでしょうか。

。。。。考えずに、働くこと、ご飯を食べること、生活のパターンを淡々と繰り返すことに集中。
これが出来れば、不可思議力が干渉しやすくなります。
今は、苦しいという自我が、改善を逆に妨害してます。
2016-05-31 23:48:21


リーマンさんがよく静観することとアドバイスをされていますが、感謝しながら静かに物事を見ていくと時間の経過と共に物事も流れていき環境も変化して悩んでいる本人から見てスムーズに事が運ぶということもあるということでしょうか。ここ数日で偶然かもしれませんがなんとなく静観する事~に関する事があり、後から静観すればよかったのかー なるほどーと思う事があったので聞いてみました。

。。。静観により、自我の干渉を抑えて、最善に行きやすくなります。
すべては自分の自我が妨害します。
2013-12-31 21:50:19


自我を小さくすると希望が叶いやすくなるとありますが、私はこれはぜひ叶えたいと思う希望は叶わないです。その願いを望むことがワレヨシ過ぎることはないし、感謝がないという訳ではないと思っていますが、やはりワレヨシで感謝が足りないのでしょうか?望むものが自分に見合わないものということだと思いますが、自分に見合わないものを自然に望んでしまうのはどこから来るのでしょうか?自分に見合わないものを望まない自分になれば苦しむこともないと思います。素直じゃないという意味がよくわからないです。

。。。これが自我の思いではダメです。

ひたむきな努力が必須です。
それを見て、先祖と真我(内在神)は導きます。

「読むだけで人生が変わるたった一つの方法―伊勢白山道Q&A事典」を出来れば何度も再読してください。

まず、勘違いを無くすことから。
2013-09-02 14:06:44


ノートに願いを書くことやイメージすることも垢行為になりますか?有名スポーツ選手がよくしていたりするので、詳しく知りたいと思い質問しました。

。。。問題はないです。
ただ、感謝想起のほうが、脳内のことは叶います。
深層意識はすべてを知っていますから、いちいち具体的にイメージすると、自我のブレーキが掛かります。邪魔です。

「だいじょうぶ!「幸せの神様」が微笑んでいる」本、「読むだけで人生が変わるたった一つの方法―伊勢白山道Q&A事典」を何回も再読してください。
2011-02-07 00:01:25



  • 最終更新:2017-01-13 00:46:04

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