自己犠牲

■自己犠牲について
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他人にとって非常に大切な仕事の用件がありましても、その他人の仕事のために自分のするべき仕事を放置してはいけません。
人間は、自分の人生にとって一番大切なことを常に意識し、自分の仕事に専念することが重要なのです。
(原始仏典 ダンマパダ12章-166番)

(感想)
この章を見ますと、釈尊は偽善的な無理な他人への自己犠牲を否定し、先ずは自分の人生を大切にすることを推奨していたことが分かります。
釈尊は、やはり非常に現実的な御方であり、すべての本質を悟った聖人であることが、この章からも良く分かります。

中途半端な偽物の宗教指導者ならば、
「他人のために、自分の人生を捨てなさい」
と言いそうです。しかし、釈尊は、
「他人のために、自分の人生を捨てるな!」
と真逆のことを仰っています。

「他人のために、自分の人生を捨ててはいけない」
「人は、あくまでも自分の人生を大切にすることで、自分に内在する大いなる存在への礼儀とするべきである」
このように響いて来ます。

よく考えて見ますと、本当に他人を助けたければ、先ず自分自身が安全に救われていなければ、他人を助けることが出来ません。
他人を金銭的に助けたければ、自分自身が「先ず」金を稼いでいないと現実には無理です。
私がこのように、ほぼ日に20時間もブログ対応が出来るのも、これが出来る環境(仕事・社員・家族のサポート)が有るからです。御蔭様で、近所の方からは優雅なオジサンで通っています、笑。

つまり、この章の釈尊の「深意」は、他人よりも自分の仕事を優先するという自己中心的な意味に受け取らずに、「他人の事を本当に助けるためには、先ず自分自身の事を頑張って置かなければ、“継続しない”」ということなのです。



自分で不幸だと思っている人、不満の多い人たちと、
運の良い人、明るい人たち。
この両方の人々を観ていまして、その違いを生みだす大きなエッセンスがあることを感じました。それは、
「自分自身も育てる感情が大切」
ということでした。

「自分で自分自身を育てる」・・・・とは、変な感じだと思われるかも知れません。
でも、霊的には確かに言えると感じます。
自分が出来る範囲の中で、他人と「自分自身のことも大切にする」ことが重要に感じます。

他人のために自己犠牲することが美徳だとされがちですが、それだけではまだ中途半端だと思うのです。新たな嫌な転生(てんせい:生まれ変わり)の因果を生み出すと感じます。
他人を自分なりに助けて、そして自分自身をも救ってこそ、自分自身を幸せにしてこそ、1つの達成に成ると感じます。

他人を助ける余裕の無い人は、先ず自分自身を大切に「育てる」気持ちを持つことが大事です。
この継続が、自分をより良い方向に大きくして行き、そして自分なりに他人を援助できる境遇に成って行くのです。

自分に睡眠を取らせる、バランス良い食事を自分に取らせる、悪感情よりも感謝の気持ちを自分に持たせること、先祖・遺伝子DNAに感謝をする・・・・このように自分で自分自身を育てて行きます。
これが運気を高めます。心に明るさが出て来ます。

運の良い人は、自分の生活を良い意味で大切にしています。これは「自分だけが良ければいい」というワレヨシの自己保身ではありません。
自分も内在神という、究極の創造神を宿す存在であることを忘れては生けません。
自分自身を育てることは、内在神を大切にすることに繋がります。


関連コメント

内在神の赴くままに行動しますと、私、すごく良い人になってしまいますが良いのでしょうか?自己犠牲します。いつも「ああしてやりたい、こうしてやりたい」という思いは心の中で渦巻いていますからね。でも、やらない言い訳は「体がいつも疲れているから」や「そこまでお金がないから」です。

。。。。勘違いに注意。
まず自分の家族と自分の生活を大切に。
自我欲からの自己犠牲ではダメです。
2015-01-07 19:15:45


この世に出る前に契約などのない普通の人は、自分の幸せが先ですか?人の幸せが先ですか?この世は鏡ですから自分が出したものが返ってくるわけで、どちらが先なのかわかりません。

。。。先ずは、内在神への責任から、自分の安定を努力することが大事。
嫌味な自己犠牲を神は認めません。両方への追及が大事。
2014-12-05 14:18:33


最近ボランティアの帰りに、身体が疲れた感じで、何もかも嫌になりそうになるのは、自己欺瞞自己犠牲であり・「他人の為に、自分の人生を棄てている」事になっているのかも知れないと思いました。

。。。無理は不要です。
自分の生活が大事。
その上でのボランティアが崇高です。
2014-10-10 02:30:37


「相手に与える慈悲深くある」と「自己犠牲し過ぎる」と「相手を甘やかしてダメにする」の間で上手く調整が図れません。リーマンさんやお釈迦様はブレることなく相手に慈悲深くあることができると思います。私には自分の執着や良く思われたいという気持ちがあるのかもしれません。自分にも他人にもベストな形で愛情を与え尽くし慈悲深くあるにはどのように考え、行動をしていけばいいですか?

。。。無理は不要です。
釈尊は厳しさもありました。
自分の良心が気持ち良い相手にだけすれば良いです。
2014-07-27 23:34:17


これまで余裕のない人こそ利他的に、とおっしゃっていたのに、余裕のない人は、自分を育てる事から、とおっしゃるようになったのは、どうしてなんですか?

。。。。「自分の心を守りましょう 」(パソコンから予約): http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4766785738/isehakusandou-22/ref=nosim (携帯から予約) http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html?a=4766785738&at=isehakusandou-22 を出来れば読んでね。
何回読みましたか?

伊勢白山道は最初から内在神を重視です。
自殺は厳禁。

自己犠牲も、同じ。
内在神を守れば、自然と他人を助けることに成れます。
自分の生活を頑張った上で、利他が大事。
家庭を放置してのボランティアなどは間違いです。

これは何度も書いています。
あなたは、伊勢白山道を読んだことがあるのですか?
2014-06-28 11:54:47


他人のために自己犠牲することが美徳だとされがちですが、それだけではまだ中途半端だと思うのです。新たな嫌な転生(てんせい:生まれ変わり)の因果を生み出すと感じます。とありましたが、新たな転生の因果とは、例えば、他人のために自己犠牲したという我慢したという思いや不満感があったり、またその人の魂の成長を止める施しやかけるべきでない情けなど、バランスを欠いた場合に生じるものでしょうか?

。。。それと、自分にも内在神が宿ることを忘れてはダメ。
内在神=真我=本当の自分を大事にしたかも、アノ世で自己判定することになります。

だから、自殺は罪。
2014-06-27 19:30:30


二歳児と0歳児を育児しています。睡眠不足、昼ご飯(自分の)も適当です。確かにこれが続くとイライラしてしまいます。しかし、これを満たすのもまた難しいです。これは自己犠牲になるんでしょうか?

。。。いいえ、それはするべき義務です。

甘えては生けないことです。
子供の内在神は見ています。あなたの良心も。
2014-06-27 18:49:05


日本では、自己犠牲は美徳だと言われますが、リーマンさんもそう思われますか?

。。。先ず自分の内在神を守ることが優先です。その上での自己犠牲です。
2012-05-10 11:29:38


20141206

  • 最終更新:2015-02-16 22:42:29

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