自分教

■自分教について
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自分の良心を信じる事 2009-09-26 10:33:22

縁とは、本当に絶妙なモノです。普段からの自分自身が持つ思考と行動が、今と未来に現れる縁を構成して行きます。
縁を示されても自身の心の段階が未熟ならば、縁に気付くことは出来ません。
伊勢白山道も他人に強要すれば、タダの新興宗教と同じです。伊勢白山道とは、自分の心に神様を見る「自分教」への道です。1度でも内容を知らされれば、縁により理解される道です。


不幸が飯種の人々 2009-02-08 10:18:12

私の今までの経験では、人間の寿命は変わります。
普段の行為の積み重ねの波動が未来に響くからです。
努力幅が大いに存在します。
本当に正しい信仰に目覚め、感謝想起を元にした自分教を確立する事が大事です。


関連コメント

某神社でしばらく過ごしていたら、同じく過ごしていた様子の方に声をかけられました。
鳥居のくぐりかたで、同じ伊勢白山道の登山者だとわかったようでした。
伊勢白仲間に会えたのは嬉しかったです。連絡先をきかれましたが、お答えせずにお別れしました。自分道なので。

。。。声掛けには注意。女性は特に。
伊勢白山道は、集う必要がありません。
自分道・自分教です。
2011-09-19 00:36:53


3本供養を昨年7月に先生から森羅万象1を頂き縁あって始めました。

。。。その有料先生は、既に食われています。ダメです。
その人の有料磁気は猛毒に変化します。
止めることです。
自分教ですよ。
2010-05-26 14:32:00


リーマン様が主張される「自分教」とは私にとって「人生哲学=道徳=道(伊勢白山道)」であり、「内在神」とは「己の良心」であると観じて毎日拝読させて頂いております。
他のブログを見ますと、要約すれば「伊勢白山道は世界中の歴史的発言の無節操なパクリであり、それらを寄せ集めた矛盾だらけの主張となっている。そして宗教界に対する誹謗中傷も根拠の無い滅茶苦茶な理屈ばかりである。」と批判しています。
私には、「歴史的発言の無節操なパクリ」とはそれこそが意図的な捻じ曲げであり、「世界中にある歴史上の発言には共通の真理があるということを伝えようとして引用している」と捉えておりますので、正にこの「歴史的発言のパクリ」とは誹謗中傷以外のナニモノでもないと断じます。
私は、「真理は無数にある」というおかしなことを平然とやっている既存の宗教界こそ馬鹿げた存在であって、大金を受け取って勿体ぶった儀式をしてやるという生臭い商売に現を抜かしているではないかと大変不快に感じております。
それ故に、長年私は宗教的儀式をできるだけ避け、初詣その他でさえ行くのを億劫に感じてきた人生でした。
以上、私の捉え方に誤解等がございましたらご助言を賜りたく投稿する次第です。

。。。正しいです。
白いモノは、白いのです。誰が見ても同じです。
2回目の人は黒と言う必要はありません。
2010-02-20 14:17:56


『西本願寺』について何を感じ思われますか? 家に『西本願寺』展という本がありますが持っていて良いでしょうか?

。。。本は問題は無いです。
信仰は、自分教の時代です。
2009-11-10 17:04:04


以前、先祖供養で大勢で山に上りました。宗教とも知らず行ったのですが、それからそこの◯◯◯の短冊で線香三本の先祖供養を毎日しております。伊勢白山道方式を知ってからは、生かして頂いて…と唱えているのですが短冊は旦那に反対されてまだ変えていません。宗教心は全くないのですが、◯◯◯の短冊でも、ご先祖様に届いていると思っています。やはり霊位の短冊に早く変えたほうがいいですか?

。。。先祖と自分との間に他人を挟んではダメです。
特に集金宗教のものは、別の物が短冊に憑いていますので、先祖霊は寄れません。
自分教に進むこと。
左記の先祖供養カテゴリー65個を読んでね。
2009-11-09 10:53:04


リーマンさんのブログを発見する前に私は滝行などをし、ご先祖のご供養をする霊能者に出会いました。私は自分の体のことや家族の問題が良くなりたいのが目的で、その先生に会いに東北まで行きました。2日間の滞在で思い切り霊的垢をつけた私でした。そこで出会った女性は自分や家族のためにたくさんのお金を払い、その先生にご供養の依頼をしていました。その方の電話やメール交換をし、そのメモもいまだ持っています。彼女に伊勢白山道について伝えたいのですが、連絡を取ることでその霊能者から影響を受けてしまうのではないかと不安です。かといって、そのメモを捨ててしまうのもなんだか不安で捨てずにとっておいてあります。 

。。。まだ依存しています。吸い取られるだけです。相手はリピーター磁気を放射してエサに掛かるのを待ちます。
全て廃棄して、自分教です。目を冷ましなさい。アンパンチーです。
2009-10-26 14:01:12


父と兄に、線香3本供養を勧めていますが、今のところ説得に応じてくれません。特に父は頑なに拒否します。蛇神信仰を死ぬまで続ける覚悟のようです。父の翻意は無理なことは判りましたが、何とか父の信仰行為を続けさせたまま、除霊する方策をリーマンさんの著作とブログをヒントに私なりに模索してみました。
「アマテラスオホミカミ+父の名+を生かして頂いてありがとうございます」これを日常繰り返し唱える。そして、線香供養の際、3本目のその他諸々の霊の方々の時、父を思い浮かべる。

。。。親子と言えども、それぞれが縁による魂の旅人です。
その様な思いが増しますと、父への呪詛にも成ります。
自分教ですから、あなたが家系の霊線を浄化する事に専念すれば、その影響も親族にあります。
先祖の為の供養をすることです。
2009-10-18 14:07:25


いまだにスピリチュアルに関わっている人にリーマンさんを紹介する機会があったらどこまでいっていいやらわかりません。一生懸命に説明したら、すごい剣幕でいってくるし、かといってほっとくと、見殺しな感じもするし。。。

。。。自分教ですから、チラリと言うか、本を貸すだけで良いです。説得は不要です。
山に登る時、友人の足には、どうあがいても成れませんからね。
2009-10-16 14:15:54


因果応報の摂理は必ずあると思っておりますが、人によって、因果の巡りの速い・遅いの差が生まれる要因は何なのでしょう?

。。。正しい信仰を持てるかどうかに掛かります。感謝を機軸にした自分教です。

たとえば自分に嫌がらせをした人間が、数ヶ月後にみじめな境遇に落ちぶれていくような場合、これは神仏から守護を受けているという吉兆とみてよろしいのでしょうか?

。。。そんな、小さいことを思ってはダメ。
2009-10-01 19:29:58


リーマンさんのコメントで、一人一宗教です。とありましたが、伊勢ー白山道は宗教なのでしょうか?

。。。会員がゼロなので、宗教ではないです。
自分教だと言っています。
ブログを見なければ、それでお別れです。
2009-08-03 17:19:58


リーマンさんの事を大霊能者さまとか、一文一句に過剰に反応される方の文章を見たりすると、他の信仰宗教の教祖と何ら変わらなくなってないか?と、気持ちがひいてしまうのです。その様は親が崇拝するI氏への姿と、同様に映ってしまうのです。
内在神という考え方には、非常に関心があり、自身の内在神を強く持つことができたら~と思いますが、非難されてる他の宗教と同じ空気を感じる場面があるのはとても残念です。

。。。色々な心の段階が人にはあります。
どの方も進歩されます。今だけの他人の状況を見て、肝心な自分の足を止めるほどの愚かはありません。
伊勢白山道は、自分教への道です。
他人のフリを見るよりも、自分の心を見るのです。
2009-07-24 14:13:08


母が、若いころから○◯◯という団体に所属していて、自宅で先祖供養に励んでいます。この団体の供養方法があまりにも伊勢白山道方式と、理念なども含め似ているのです。リーマンさんの背後にいらっしゃる神様と同じ神様なのではないかと思ってしまいます。

。。。もう組織信仰の時代は終わり、弊害しかない時代に突入してます。
自分教を求めることです。
2009-07-13 11:36:46


伊勢白山道とは、自分教への道です。
私を信じる、信じないとかは、どうでも良いと私は考えます。
その視点自体が、あなたの過去の間違いを繰り返す元です。
過去記事を読めていません。
2009-06-08 10:39:36


実は、このコメント欄に時々書き込まれる人物と何故か昔から間接的に縁が有り、遠からず振り回されます。それもあってイラついていたみたいです。ここに名前がチラホラするだけで。間接的に恩もあり、尊敬し、感謝もしていますがその方の活動自体には感心出来ずにいます。人間的には魅力もあり、憎めない方ではあっても。伊勢-白山道と確かに共通する部分等あるのかもしれない。けど私は伊勢白さんとあの方の活動は根本的に違うと思いたいのです。

。。。結局は、自分教ですよ。
内在する神様は、一人一人だけの尊き存在です。
他人を気にしていては駄目です。
私も日々、内在する神様と向き合って生きているだけです。 誰とも方向を合わせる気はありません。
2009-05-27 20:16:28


◯◯◯になった◯◯◯についてどう感じられましでしょうか?

。。。自分教を起こしてください。
外国語を模写した宗教の時代は終わりました。
2009-01-31 10:26:59


コメントへの返答の中に”ただ、信仰とは、一人一宗教です。そういうものです。”と言うことはこのブログも一宗教と考えて良い訳ですね。

。。。これは、自分自身には、世界に一つしかない、内在神への独自な宗教しかないのです。 他人と宗教を共有できる信仰は意味がありません。救われないのです。 自分教しかありません。

あらゆる宗教は、間違いと言うか、信じることにより、信者の”魂”が食われると言うことで宜しいでしょうか?。

。。。そうです。内在神から乖離します。いつまでも救われません。

結構名声のある宗教の教主などの中には、かなりの霊性のある人たちのようですが、彼らは知っていながら自分、そして信者の魂をすり減らすような行為をしているのでしょうか?

。。。そうです。途中で背後存在の正体を知ります。
ただ、途中で気が付く教祖は、優秀な方です。
でも、途中では止めれません。
止めようとしても、回りの幹部に止められます。
大半が死ぬまで気が付かずに恐れおののき、余計に恐怖で縛る教義になります。
過去、教祖の末期に、他の神業者に助けを内密に求める話は多いです。
私も具体的に数例知っています。
2008-06-22 08:18:15


20141102

  • 最終更新:2014-11-02 15:51:18

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