神道概論

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神道概略

若返りの秘訣 2013-10-14 11:12:09

神歌の中に、「常世」(とこよ)という表現があります。
今でも常夏(とこなつ)の国という表現は、よく使われています。
そして、伊勢神宮の20年間ごとの遷宮(せんぐう:社殿一式の更新)にも、「常若」(とこわか)という、
* 常に新しい気持ちでいること。
* 常に生き生きとした、みずみずしい気持ちでいることを尊ぶ。
このような精神が背景に存在します。

この、「常に新しい気持ちに向き直る」=「常若」とは、「祓い」の本質でもあります。
つまり、「常若」とは、神道の本質であり、神事の根本を表す精神のことです。
神道とは何か?と問われますと、若返りへの道、ヨミガエリ(黄泉から戻る)への道、とも言えます。
古事記に記載されています、コノ世とアノ世の間に存在します「暗いトンネル」(臨死体験者も見ます、黄泉の坂道)から、イザナギがナントカ脱出して戻って来てヨミガエッタ物語は、この神道の本質を表現しています。


嫌でも運命共同体です 2011-06-05 11:37:50

どうも現実界では、良く成る、改善するため、進化するため、成長するためには、負荷(ふか:嫌な事。苦しいこと。)も必要だと言える側面が在るのです。
でも今の地球では、ガン細胞が少し優勢な状態だと言えそうです。
これを何とか、善玉細胞が優勢な状態にすれば、新たな進化へと進み出す可能性があります。
やはり、クリーン・エナジーへの転換。生活からの排泄物に、化学合成物を無くす「努力をすること」が重要です。

そして、地球の胎児である私たちの方から、「感謝の思い」により母体(地球)を応援することが最重要だと感じます。
つまり、母親を生かしているのは、その体内の胎児からの思いであることを、誕生前の私は覚えています。
母親の妊娠中に、私は2mほどの上方から絶えず自分の母親を観ていました。交通事故にも遭わないように、母親を意識で誘導しました。

これと同じことが、今の人類は地球に対して出来るし、するべきだと感じます。
それは、地球という大自然に対して、ただ感謝をして、自然を活かそうと「する」ことなのです。
これは、神道の本質です。
必ず改善が出来ます。



ネット社会だと言いましてもパソコンなどは、まだまだ一部の恵まれた人間にしか使いこなせていない現状があります。しかし、感謝想起を知らせるべき「縁ある人々」は、まだまだ日本と世界にたくさんおられます。
出版することへの批判を避けるよりも、知らせる使命を最優先にしたいと思います。

この、「現状への感謝の心」=神道、なのです。
宗教でも教えでもありません。しかし、これが、神道=神の道、なのです。
つまり宗教に成った時点で、それはすでに神の道から外れています。
神道=生活、でもあります。
日常生活の中には、「神への道」がたくさん隠れています。
これに気付こうと「する」ことが、本当の正しい求道者の態度だと私は思います。


恐れる気持ちがダメ 2010-02-26 10:51:51

神道とは教義や拘束が無い、大自然の保護と共生への道なのです。
神道が宗教に分類されるのが、そもそもの間違いです。
神道に祈祷(きとう)や呪術が取り入れられたのは、海外から道教が入って来てからの事です。神話にある通りに、天照太御神が子孫に対して「稲の穂を国土に育てよ」と伝えた事が、神道の根本であり全体を表します。
天照太御神が正式に祭事される以前は、国津神(くにつかみ)を「入らずの森」と言う形で祭り、山全体を禁足にして保護するだけの形式でした。
日本こそが国家を上げて、自然保護と農業推進を世界に対して援助するに相応しい国だと思います。
軍事大国に対しては、日本は地球の為には犯してはいけない国の1つだと認識させる事が必要です。その為には行動が大切です。


往復の参拝が極意 2009-05-06 10:06:39

泰澄大師(たいちょうだいし)は、白山頂上にある「みどりが池」で巨大な龍神を観ました。 伝説では、その龍神の本当の正体が、十一面観世音(完全なる音)菩薩だったとされています。
しかし本当は逆であり、白山のエネルギー体が取る形象は、巨大な黒い龍神でした。この黒龍に観えるエネルギー体が、見る人により仏教系で現れたり、神道系の女神の様相に示現するのです。


自主性は高度です 2009-04-27 11:13:07

*では、神道の教祖は誰か?
・・・居ません。天皇陛下が神道で強調されるだけで、日本全国には天皇が関与しない神社が大昔から無数にあります。
*神道の教義は何か?どんな姿の神か?
・・・教えも姿もありません。御米や野菜が出来れば神様に供えて感謝する事ぐらいでしょうか。目に見えない神様なので部屋の「空間」を用意するだけです。
*規則や罰則はあるのか?
・・・特にありません。ただ、山林に進入禁止の場所が有る事と、大木を勝手に伐採しては生けない事ぐらいです。
神社に参拝するのも、自主的に各人が行くだけです。

(中略)

つまり、スピリチュアル的に最高に高度なものが神道には全て揃っています。 それは神様の実践力です。
何も人間を拘束せずに、人間の自主性で数千年間も継続するには、人知を超えた存在の意思が介在していなければ成されません。
真の神様の力が作用していない宗教ほど、人間を縛る規則が必要です。 自主性での継続は、正神が関与する証拠です。


シルバーバーチについて 2007-10-31 19:05:21

何故、今になり明かした訳は、現在のスピリチュアリズムが砂上の楼閣上にあるからです。手前勝手な解釈、神を利用したネズミ講的商売の道具、どうでもよい横文字体系・・・・
真実を見失い、意味がありません。 このままでは、人類は無明のまま、太陽霊光の洗礼を受けます。
全ての宗教、精神世界の原点は、日本で発生した太古の神道にあります。
生かされていることへ 感謝 を捧げるだけです。
この単純なことが、出来るか、出来ないか。意識しているか、してい無いか。が別れ道に成ります。
これならば、未開の地に住む原住民の人にも、公平です。
多額な金が必要なセミナーに、人類の救いが存在する訳がありません。このようなモノ(ケモノ)に集まる人間は、これから精神的に不安定に成って行きます。


人類の 心の因子 2007-06-09 10:32:27

正神の教えは、組織集団の形成が始まると運営のために人を縛る規律が成長し、捻じ曲げられて行くのです。
その点、日本神道は万物全ての中に神性を認め、敬い感謝することだけが教えであり、人を縛る教義や戒律が有りません。信じる側の個人の自主性に依存するのです。
これは凄いことです。
自主性に任せて数千年も継承されるのは、人間心を超えた存在の意思 が有り、働いているからです。 これこそ、神の奇跡です。


太陽信仰・自然崇拝



無言の教え

無言の教え 2009-11-29 10:45:00

伊勢神宮に参拝してから一週間以上が経ちました。今、改めて感じている事は、神道の「無言の教え」です。参拝に行きましても、他人からの干渉も説明も何もありません。これが自分自身にとって最高に良いものなのです。
え、何が良いかって?
自身の運気が上がるのです。私の嫌いな表現ですが、神宮は最高のパワースポット、運が開ける場所と言われますが、確かにそうです。しかし、大きな誤解をされています。
他人からの干渉を受けない状態で、普段の自分の癖の有る色のままで、長い長い緑と石の参道(産道、再生の道)を歩き(足の悪い人には大変です)、何も教えて呉れない神殿に挨拶をする。
伊勢の神殿に自身の内在神が向き合い、普段は心の奥に隠れている自分の神性が刺激を受けて起動します。これには、生きる人間の干渉が無いからこそ起こる現象です。


6月の祓い 2010-07-01 12:05:50

目に見えないもので商売をする、お金をとる、荒稼ぎをする、ぼったくる、お金を巻き上げる信仰、瞑想、ヒーリング、占術、風水、などは、消え行く幽界が起こした物です。太陽の時代には、これらは消えて行きます。消え行く物に繋がる人間も、いろいろな形で消えて行きます。
「今の自分の生活」こそが、神様との対話であり、真の瞑想であり、癒しであり、自分の先行きを示すのです。
真の信仰は、自分の生活の中に在ります。
つまり生活の中に、神様も既に居るのです。
自分の生活の行いを直視せずに、他の有料の間違った幽界世界に神を求めてもムダです。自分も泥沼に落ちて行きます。

先祖が伝えて来た、伝統ある神社仏閣は大切です。
これは古神道で言うところの、「神は言(こと)あげせず:神様は話さない」が大切なのです。
無言でも、形が継続する。
これは、本当の神仏の思いと力が実在する証明なのです。


神道の原型

白山の秘密 その2 2008-10-29 18:47:50

全ての神々の元とは、日本神道では、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と言えます。
古代神道の宇宙世界観では、神々がいる世界が高天原(たかあまはら)です。
この高天原宇宙に最初に現れた神が、天之御中主神です。
別に名無しの根源存在と言っても良い宇宙の中心の神です。

まだ、ドロドロの固まらない地球を、自らの霊的振動波動で固め物質化させたのが、大国常立太神です。
大国常立太神の親になる天之御中主神は、宇宙原初の根源神として北極星と視覚的に現われています。
北極星の移動交代は、根源存在から現れる宇宙世界の変化を意味します。


女性は偉いのだ 2009-02-10 09:45:15

太陽神である天照太御神を背負いながら伊勢の地に辿り着いた、皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)。
鬼道呪術を修め、国を治めた女王卑弥呼。
神道における最高神官は古来、女性でした。
現代の日本でも伊勢神宮だけは、この伝統を途切れながらも現代まで継承して来ました。
しかし、現代の神道界の現実は男性中心の構造です。
巫女さんの地位は低く、定年が早いものです。
これから神意が現実界に干渉を始めますから、官僚主義的な役人根性の神官は自然と消えていくでしょう。

(中略)

女性を中心とした神道の原型は、意外にも沖縄に残存しています。 琉球神道(琉球の信仰)です。
太陽信仰と東方位を神聖視する信仰です。
女性神官(ノロ)が常に携帯する一番大事な神具は、線香を立てる香炉です。 線香を焚く煙は、太陽神を呼び寄せ祭る効果が有ると認識され、神人合一には欠かせないと認識されて来ました。 香炉は、ノロの間では「コンジン」と呼ばれ、神そのものともされました。

(中略)

日本神道の源流が残る沖縄に、太陽信仰・東方信仰・コンジン信仰が残存する事は深い意味があります。
コンジンとは、金神であり国常立太神でもあります。
朝熊とコンジン。
永い世紀に渡り隠されていた本当の神道が、伊勢白山道から目覚めようとしています。


神道の陰陽思想


上賀茂神社に参拝して強く再認識したことは、日本神道には陰と陽の世界観が非常に強いということでした。神道には、これしかないと言っても過言ではないかも知れません。
この世のすべてを、陰陽の2つに分解して見て、更にこれを1つに統合して見ようとする、繰り返し作業が「祭り」なのです。
要は、見えるモノ(陽)だけでは終わらずに、その奥に在る見えないモノ(陰)も必ず存在するという前提の視点なのです。
だから、肉体(陽)があれば、普通は見えない霊体(陰)も当然あるという「セットにする思想」が、神道でもあるのです。
1日も、昼間(陽)と夜(陰)を合わせて、1日ですね。
これからの最新の科学でも、何かを発見すれば、それと同等な真逆なモノも「セットで存在するはずだ」という視点を持てば、より大きなことを発見することでしょう。

このような事を今朝に考えていましたら、日本の言葉も、陰陽のセットで成り立っていると啓示を受けました。
例えば、神とは、「かみ」とかな読みで表記します。見える文字(陽)では、2文字です。
これを音読みで表記しますと、「か(あ)み(い)」と書けます。普段は表記されずに隠れている音は、「あ」と「い」です。「あい」が隠れています。
つまり、かみ=あい(愛)、というセットが在るのです。神=愛。神の本質は、愛だと示されています。

(中略)

運気というモノは、消費する、減るという恐れを持つとダメなのです。
自分が、与える一方、生み出す一方、というバカに成れば、すべての陰気は消えて行きます。
自分自身が陽気の固まりとなり、ズンズンと歩いて行けば、道は開くのです。ただし必ずセットで、見えないことへの「思いやり」や感謝の気持ちを持つことが必須条件なのです。
これでセットと成り、安定へと進むのです。
これが神道の陰陽思想の本質の1つなのです。


道教=神道(伊勢神道)

伊勢神道 参照

道教 参照


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20141118

  • 最終更新:2015-09-28 11:54:21

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