神様の視点

神様の視点について
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全般


多くの人は、今までの感謝どころか、「アレが欲しい」「こうして欲しい」と願うばかりです。
これでは御神前では餓鬼のように、神様から観える姿に成ってしまっているのが、霊的な世界なのです。
その人の中身が映るのです。

(中略)

不満心、怒り、ひがみ、罵倒や、自分だけの欲望、間違った色情、だらけの心は、御神前に立ちますと、その肉体も顔も消えて、その心だけが立つ姿が映されています。
ウソも、誤魔化しも、まったく通じない心の本性が立っていることに成ります。
これを多くの精霊たちが無言で観ています。



人間は、植物や動物など、他者の命を頂きながらでしか、生きることが出来ないように神様が設定した生き物です。
存在しているだけで、既に多くの命を代表しているのです。

そういう自分が、何をしたのか?
これを天が見ています。
やはり、他の命を育てたり、守ったり、助けたり、と自分なりにしたいのが誰もの本心です。



神霊が、完全なる人間に対して求めた視点が、

(1) 色仕掛けに乗らない人間であること。
(2) 心がイライラしないこと。
(3) 自分の妄想にこだわらない人。
(4) 宇宙の真理が本当に分かる人であること。

この4つの中で、(1)が最も人間らしくて、その真偽を確認することが可能な視点だと思います。
(2)〜(4)は、その真偽を他人が確認することが難しく、その人の自称を聞くしかありません。


幸運に好かれるポイント 2018-08-18 11:48:48

(1)ウソを言わないこと。
(2)他人を乱暴に罵倒しないこと。
(3)争いを生むことを言わないこと。
(4)噂話などのムダ話をしないこと。

この4つに注意した生活をしていれば、「幸運に好かれる」「神様の方からやって来る」という視点を覚えて置いてください。



人間などは、金銭という紙切れが無いだけでも自信を失くします。まだ来ない不幸も感じてしまいます。

幼児(神様の視点)には、それが不思議なことに見えます。
家族が居るだけで、キャッキャと嬉しいものです。貧乏など関係ないのです。(幼児を巻き込んだ自殺など生けませんよ)
この気持ちを、たまには思い出しましょう。



人間は、
* 初心を忘れること。
* 自分が受けた恩に気付けないこと。
この2点が有りますと、なかなか幸福にも成れないし、良いことが継続しないと思います。
つまり、これは天(神様)が注目する視点だと感じます。
人間は、意外な単純なことが、その人の運命を分けて行くと感じます。



今が苦しい人は社会にたくさんおられます。
でも、それは本当に不幸なのか?と言いますと、神様の視点ではまったく違うのです。
その人に大いなる心の財産を最期まで授けようとチャンスをくれていると霊的には言える視点も有るのです。その人だからこそ、なのです。

コノ世という短い場所に居ることは、永い永いアノ世から観ますと本当に一瞬なのです。
神様の親心としては、最後まで少しでも修行して帰って来させることが、永いアノ世で過ごす視点からでは本当にその魂の「ため」なのです。


昭和の思い出の示唆 2018-02-01 11:27:51

先祖供養の良い点は、
・ 別にしても、しなくても、一緒。
・ 供養しても、何の見返りも見えないこと。
・ 一人で陰で供養しても、誰からも褒められもせず、苦にもされないこと。
これが良いのです。

それでも、君は先祖供養をしたいのか?
はい、と思える人は素晴らしい人間です。
弱者を、見捨てない、忘れない、人でも有る訳です。
こういう人を神様は、頼まれなくても、見捨てません。

神様が選ぶ人とは、上記のような人達なのです。
神様に、「あれが欲しい」「これをして欲しい」と、わざわざ遠地でも必死に祈願ばかりしに来る人々との差とは、神様にして見れば、

・ 見るも恥ずかしいほどの、格差の違いが在る。
・ 人間が持つ露骨なサガ(性)の大きさが良く分かる。

つまり、人類への試金石として、感謝だけの先祖供養は天から指定されています。
公平な試験ツール(道具)として、先祖供養は最適なのです。
・ 別にしても、しなくても、良い。
・ 誰からも評価されない。
・ するも、しないも、完全に自由。

それでも、先祖供養をしたい人なのか?否か。
実際の行動にする人か?、否か。
これが神様により観られています。



コノ世で、真面目に正しく生きていましても、それでも自分に到来する災難や病気や不幸の苦しみは、

* 過去生で自分が返すべき借金の為の、返済・相殺の期間であり、
* アノ世の黄金の貯金期間であり、
* 神様に愛されるチャンスの機会であり、
* 神様に観察されている貴重な期間なのです。


満月と縁日(えんにち) 2016-08-17 10:02:09

神仏の視線からの「反省」とは、私達の思う「反省」と少し違います。

例えば、「自分は仕事が無いからダメな人間だと思う。反省して心が苦しむ」
こういう人が多いかも知れません。

しかし、神仏の視線では、仕事の有無は関係が無いのです。それはコノ世での比較心に過ぎません。
この比較心では、仕事が有れば逆に強気に成る、傲慢に成る、かも知れません。
これではダメなのです。

神仏の視線は、無職だからと言って、
* 自分をダメな人間だと思うこと。
* 自分の心を苦しめ、追い込むこと。
* 自分はダメだ、ダメだ、と言いながら、結局は行動をしないこと。
* 仕事への努力をしていないこと。

これを改めるように反省を起こさせます。
そして本人が真剣に努力をすれば、陰から救います。
心の浄化を促します。


完敗が乾杯なのだ 2015-08-01 10:48:21

コノ世での敗北感とは、アノ世での大成功であり、天国へ入るキップです。
だって、コノ世で感じる敗北感とは、顔の美醜、貧富の差、学歴、住む環境、車の良し悪し、・・・・このような物事の「違い」を勝ち負けに感じるのが人間の自我なのです。

しかし、それこそは神様の視点では、邪魔な視点です。それらの勝者ほど、そのことで自分の自我が増せば天国に入ることは難しい「ハンディ」と成るのです。
コノ世での自我が喜ぶ視点(金銭・環境・・・)を豊富に持つ人でも、そのような視点の優劣をまったく思わない、それを失くしても悲観しない人こそも、自我への勝利者です。



今の自分の状態が、
* 自分がした努力に対して丁度良い。(だから努力不足に注意)
* 知らない過去生の借金・因果を返すのに丁度良い。
* すべての選択肢の中で、丁度良い。
ということが、霊的には完全に言えるのです。

それは、水が高いところから低い場所に流れるが如く、完全なる物理法則であり
「そう成る」
のです。だから誤解を受けますが、宇宙の神様からの全体を俯瞰する大きな大きな視点では、
* 個人の不幸は無いのです。
* 個人にとっての「最善」しか流れていないのです。
* 自業自得で、丁度良いが、成立している・ingなのです。


誰もが挑戦中ですよ 2015-03-26 11:24:24

コノ世に生まれてしまうと全員が勘違いするのは、今の自分の環境や肉体条件が悪いと、それは何かの因果で起きた「悪いこと」だと思い込むことです。
でも、それは違うのです。
神様の視点では、それは「すべて良いこと」でもあるのです。
ギリギリの限界の臨界点に近いほど、魂を目覚めさせることが可能に成るからです。
コノ世だけの短い栄華よりも、心の目覚めを神様は最優先します。
なぜならば、それは永遠性(宇宙)に影響することだからです。


究極の楽しみ方 2015-01-14 11:45:56

神道では、中今(なか・いま)と言いまして、永遠に継続する時間の中の、今しか見ない、という心境が神様の気持ちだという啓示があります。
瞑想などしなくても、大自然に日々の感謝を捧げる「行為」を継続する中で、究極の答えを得る訳です。


折れそうな心の中でも 2014-03-05 10:44:40

存在していることが、すでに合格であり、OKなのです。
コノ世だけで消える評価などは関係ないのです。それは蜃気楼(しんきろう)のように、直ぐに消えてしまい絶えず変化するからです。
大切なことは、折れそうな心の中でも生きることなのです。存在することなのです。
それを大きな視点(神様)から観ますと、本当に美しい、のです。
懸命に生きようとする人は、本当に美しいのです。

神様も神御自身を見たいがために、人間を生かしていると感じます。
人間が存在してこそ、神様は存在するのです。
逆も同じく、人間が存在出来るということは、神様は本当に居るということなのです。
そして、私たちは存在していること、ただそれだけでも、神様の存在証明を日々しています。

今日もとにかく、自分なりに明るく懸命に生きようとしましょう。そこに神様が発露しています。
それが本当に美しくて、素晴らしいことなのです。
コノ世だけの期間限定のことなのです。



今の人間の悩みの大半は、他人との違いばかりの内容なのです。これは神様の視点では、ほんとうに愚かな悩みであります。どの人間も、根源神の分神を宿す人であり、神の視点ではその違いや差別は一切無いのです。


落差で認識する 2011-10-10 11:36:30

私たちは、思い通りに成らないことを体験するために、この世に来ているという視点も大切です。
自分の心に波が発生するような物事が、絶えずこの世には発生します。
言えますことは、善にしろ悪にしろ、「起こる」ということが凄いことなのです。
神様は、「何も無い」よりも、起こることを選択しています。


祈りの本質 2011-07-26 10:40:57

生死を超越した神の視点から見ますと、すべての人間は既に救われた人であり、神様の中で体験をしているにすぎないと示されます。
だから、この世では、自分の心に内在する神様を、どれぐらい発露をさせるのか?が大問題なのです。
私は相手の目を見れば、その内在する神の発露具合が分かります。



要は今が苦しくても、自分自身が選んだ選択に負けないことです。
幸いなことに、この世のどんなことも必ず「変わって行き」「終わる」のです。この世で永遠なモノなど何もありません。
悩み苦しんでいる人を神様が観ますと、「がんばれ」「負けるな」と本人が選んだ選択を尊重して、慈悲の目で静かに見守っています。
神仏に干渉を期待しては、すべてが台無しなのです。
頼るべきは、自らの心に既に内在する神様を「大切にしたい自分の気持ち」なのです。この自分自身の気持ちが、自分を大切にして、助ける干渉を引き起こします。


苦しみもムダでは無い 2010-06-28 11:37:45

社会には悩み苦しんでいる人が多いですが、折れそうに成りながらでも生きて行こうとする姿勢は尊いです。神様の視点では、幸いなる人々だと示されます。
苦しいのに、いったい何が幸いなんだ?と思われるでしょう。
しかし、永遠の命(神様)の存在から観ると、やはり本当に「幸い」だと表現されます。
私が思うには、この真相には、
「この世で経験する事には、一切のムダが無い」
「物事は、必ず流れて変わって行く」
という真理が在るからだと感じます。

(中略)

神様が示される、この世での一番の重罪は、信仰や真理を売り物にして、陰で贅沢して遊ぶ連中です。死後の世界を本当に体験したとき、自分自身の良心に大きく深く裁かれます。
道を求めて悩む人々、生きる事に苦しんでいる人々から、信仰や真理をエサにして組織を造ったり、有料の講演会、書籍以外の商売商品で稼ぐ連中は、本当の真理から離れた行為を自らしています。
神や真理を、本当には知らないからこそ出来る行為です。真逆の活動をして、「人々の人生をムダにさせた罪」を犯しています。
神や真理を汚した行為だったと、あの世で自ら自覚することに成ります。



一人暮らしで寂しがっている人が居ますが、これは深い意味では、神様がした体験を自分が追認している面があります。
本当の根源存在は、永い永い間、一人切りで退屈で寂しかったのです。
そしてアル時、神自体が自身を分けてみたのです。それが生き物たちです。
神様が自分自体を見ようとして、自身を分けて見たところ、やはり私たちからも神は見えないのです。
これは、一人の人体の中には、60兆個を超える細胞が在り、日々分裂して再生(=生死)していますが、1つの細胞は人体全体を見る事は無いし、人体は60兆個の細胞を見ることは出来ません。つまり、一体だからです。
このような関係が、神様と私たちの関係にも在ります。


生き切りましょう 2010-06-08 12:21:11

自分が弱くて消えそうな人間でも良いのです。その苦しい中を、何とか心の神様と共に頑張ろうとする体験を、神様は望んでいるのです。
苦しい状態の人ほど、正しく自分の心と向きあえば、神様に出会える可能性が有ります。
運命と言う幻想に責任転換をして逃げている人ほど、神様は隠れてしまっています。



世の中では相変わらず、自分を霊的に縛り付ける行為(ヒーリング、瞑想、占術。。。)を、自己を解放させると言う真逆の間違いを宣伝して荒稼ぎしています。先生自身が本当の霊的真相を知らないレベルです。
無知は罪なのです。特に見え無い世界を扱う時は、霊的な無知は重罪です。多くの人の人生を悪化させるからです。
家庭や仕事から人を離れさせ、家計のサイフを減らさせる霊的行為は、100%神界からの物ではありません。低層次元の物です。

では神様がナゼ、このような先生連中を生かしているのかは、自分自神を信じられない劣化遺伝子を回収させる意味があるのです(先生も必ず回収されます)。
地球には太古から進化の法則が貫徹しています。これはある意味、非常に厳しい事でもあります。
だから、逆に大丈夫なのです。
自分の心に神様が「いた」事を、今、気付けば良いのです。分からなくても「知れ」ば良いのです。無知では無くなったのです。そして罪は無くなります。
これらを知れば、これからの時代の波動の中では、必ず心身が改善され、治癒する事が起こっていくでしょう。生きる限り諦めては生けません。


神さんは、観ていますよ 2010-04-03 10:13:28

私たち全員が1つの根源存在に繋がる生き物です。だから、この短い人生期間ぐらいは、思う様に人生を描きなさいと神様は観ているのです。あの世は、固定された次元です。
すべては1つだからこそ、短い限定された期間の人生は未確定な白紙です。
思いっ切り転んでも良いから、生き切ってやりましょう。


深い話 2010-03-17 11:41:05

神様は、人間には死は無いと示します。そこには、旅が在るだけだとします。
色々な旅をしながら経験を「楽しむ」のが、人生の目的の一つです。これは人が持つ神性です。


神は鳥を呼びます 2009-07-30 10:05:01

以前、神様に「神社で一番重要な人間は誰ですか?」と聞いた
事があります。 示された内容は、偉い神官では無く
「掃除をする人」でした。
神様の目は、人間界の上下関係とは、まったく逆でした。


おしくら饅頭 2009-03-06 10:44:57

神様の命を自分が預かっている事を忘れてしまっているので
、同じ内在神を預かる他人を恨んだり、自分自身を馬鹿にし
たり、挙句に自殺をして内在神を殺してしまいます。
私達は今、地球に生きています。
つまり生きている間は、地球霊(国常立太神)を宿している
から生きているのです。
地球の未来も決まっていません。
地球を生かすも殺すも、生きている人間がハンドルを握って
います。
つまり救世主とは、生きている人間の事です。
それも一人の人間ではなく、全人類の正と負の心を合算した
心が現実界に転写されます。
救世主=全人類の心の総和です。
神様を殺してしまうのか、神様を生かすのか・・・。
神様は静かに従うと伝えます。


自由過ぎるとは怖い事 2008-11-14 18:10:46

本当に私達は、神様に頼み込んで生まれて来ました。
「今度こそ、チャンスを下さい!」
「それでも、構いません」 と。
神様は、本当かい? では、見させて貰うよ。 
裸で行き裸で帰っておいでねと、その魂を現実界に降ろして
くれます。
そして、記憶を消された状態で世の中に生まれさせられます。
神様が具体的に干渉するのは、ここまでです。
素の状態で生まれた魂が、短い一生の中で何を実行し、何を
心に刻み込むのか、最後まで手助けをせずに黙って見てい
ます。 本当の神は、途中で手助けはしません。
人の生死よりも、この魂の旅行での途中過程である「今」が
神様には大事なのです。 過去や未来よりも、今、人間が心
に思う事が全てです。 人間が今、考え思う事が全てリアルに
神様に届いています。 そして、それが神に反映して、全ての
現実界へも再転写されています。


結果よりも過程が大切


人間は、この世の結果ばかりを重視しています。
しかし、この世の結果とは、終われば過ぎ去って必ず消えていくモノなのです。
神様は、結果よりも、その過程こそがすべてだと示します。
結果重視で生きるのは、この世の物質に拘束された生き方です。
過程重視で生きることは、自分の良心を大切にした生き方です。過程とは、そのプロセス、「道」筋のことです。
この違いは、霊的には天と地ほどの違いが在ります。


結果よりも経験が大切 2011-09-17 10:31:08

人間は、この世だけで「必ず」消えて行く結果に執着し、神様は結果よりも、その過程(=経験)を重視されます。
この大きな違いを理解出来ますか?
私たちが、あの世に持参出来るのは、経験だけなのです。
あとは何もかもを、この世に置いて(捨てて)行かなければ成らないのです。


工夫しましょう 2010-12-08 11:44:07

神様の視点と言いますのは、この世の裕福の成功・失敗ではなく、
その自分の現状の中で、いかに工夫をしたのか?
工夫出来たのか?しようとしなかったのか?を観ています。
また、自分がイヤイヤ工夫しようとするのは、悪あがきと成ります。
自分が今の条件の中で、楽しみながらナントカしようとするのは、工夫です。
まだまだ工夫のしがいが、自分の生活の中に在る人が多いです。あきらめずに工夫をしましょう。

工夫の2番目の意味に、「心の修行などに専念すること。」というのが辞書にありました。これは知りませんでした。工夫とは、禅で使われる言葉でもあるようです。
自分の人生を与えられた条件の中で、精一杯に自分なりに工夫して生きれば、それは神様の視点では素晴らしい人生です。
だから他人との比較という魔境に惑わずに、けなげに工夫して生きましょう。
神様が示す”人生=工夫すること”とは、この中の「する」に重きがあると私は感じます。
たとえ右往左往しても、”する”ことに意味が在ります。


大きな視点


* 神様は人に既に宿っている。
* その悲惨な被害者にも、神様が宿っていた。
* 神様も、その痛みを「共に」「一緒に」体験されていることを忘れては生けない。

だと、内在神という概念から完璧に言えます。
問題は、コノ世の私たちは、ほんの80年も生きれば、すべてが無くなると思い込んでいることです。
だからコノ世の生死、悲惨な死に方を恐れ、神様をも否定するほど怒り悲しみます。

ところが神様の視点には、生死が無いのです。
永遠に生き通す存在からの視点なのです。
だから神様からの視点では、

* 人は死なない。その人は死んでいない。

という、非常に大きな、ゆっくりとした、「慌てない視点」なのです。
だから、生きる人間との間に誤解が生じます。

つまり、どんな悲惨な死に方をしても、その人の生前の善悪の「相殺」(そうさい:差し引き)で善が勝れば、神様は完璧にその人の魂を救います。慌てません。


法則を知って置くこと 2015-08-19 11:32:46

未だに現代社会でも、神も霊も因果も、その存在があやふやな状態です。信じるか否かのレベルの状態です。
でも、だからこそ意味があるのです。
そのような信じるに厳しい環境でも、それを信じられる心の段階に「因果のクサリ」の昇華は起こり得るのです。

神様は、あえてこのニュートラル(中立)の状態をコノ世に出現させています。
その代わり、為し難きを成すという因果の昇華は起こり得るのです。
先祖供養などしても意味が無い、と思わせる社会の中でも、
* 自分を産んでくれた存在への感謝
* 人類発生以来、何十万年も切れなかった男女(先祖・遺伝子)への感謝
* 自分が生かされている社会・国・地球への感謝

これらへ日々感謝する行為の「継続」が出来る人間の心と、
* 良心に恥じる行動をしない。
* 他人のために成る、他人を喜ばせることをすること。
* 家族や社会のために働くこと。

「感謝」と「行動」という、この大きな2点が重なることにより、「因果のクサリ」の昇華が起こります。
条件の悪い転生(生まれ変わり)をしなくても済むのです。

しかし、上記の法則を本当に理解が出来ますと、今の自分が苦しくても、悲しくても、・・・・
これこそ大きな昇華のチャンスだと燃えることが人には可能なのです。
自分が最善を尽くしていても悪いことが起きれば、その背景には大きな昇華が起こっています。
人生をまたいだ視点では、それは逆にラッキーだったということが法則(神)の視点では言えます。



神様の視点とは、非常に長い視点です。もう気が遠くなるほど永くて大きな視点なので、「沈黙の視点」と成ります。
逆に悪魔(自我の塊・かたまり)の視点とは、とても短期で短気なピンポイントです。何かを頼めば、早めに叶えられるということです。
良く効果する御蔭信仰の背景にいる霊的存在とは、とても短気で恐ろしい存在であるのが実際です。だから、その交換条件の回収も、時期をおいてから「必ず違う形で」大目に持ち去って行かれます。
時間をおいてから違う形で回収する意味は、初めの願いは叶えられた実績を残しつつ、また違う祈願を新たにさせたり、別の獲物の人間を集める宣伝のためです。要は、回収していることを、ばれないようにしています。
結局は、その人間はトータルでは、前より不幸に成って行きます。魔物の知恵も深いです。

神様の御蔭とは、その魂の死後も考えた最善の幸福を与えてくれています。
その代わり、陰に隠れて分かりにくい与え方を常にされています。



自分がしたことは、善も悪も必ず自分に帰ります。これは時間も人生もまたいで、死後にも反射します。絶対的な宇宙法則です。
だから悪人が居ても、神は静観しています。必ず本人に帰るからです。不公平は一切無いのです。この世は、完全なる公平です。
この世で本人に帰らなければ、次の世で帰るだけのことです。
目先の短い期間に反射しないから、悪者勝ちなどと神様を否定しては生けません。
神様のまなざしは慈悲であり、もっと視点が大きくて永遠なのです。これは逆に言えば、終わりが無いという恐ろしさが在ります。


苦難も宝に生かそう 2010-03-30 09:59:21

今、生活や仕事で苦しい人は、長い視点を持つ事です。必ず物事は変わって行きます。今は一時の苦しみに過ぎず、永遠に続くと錯覚するから苦しいのです。
神様は、苦しい中でも生かされている事への感謝が出来る人間は、幸いだと示します。何故なら、すべての苦難や不幸を、あの世にも持参出来る御宝(経験)に変えられるからです。
今の世は、御宝持ちに成れる候補がたくさん居られます。宝をそのまま嫌な事だとして腐らせるのか、御宝として生かすのかは、自分次第です。



神様の視点とは、恐ろしく長いものです。
神様の視点では、すべての人間が完全に公平で公正な現れをしているにしか観られません。生まれ出る国にも、大きな貧富の差が実際に在りますが、その国に生まれる「縁」と言う理由があるのです。
もし、現代の自由な日本に生まれながら自殺をしますと、その次の魂の旅は、自由の無い貧しい国に生まれ出るかも知れません。すべてが反射と反転の渦を巻く様に進んで行きます。

神様は、人間には死=終わりは無いと示されます。あなたの心は、絶対に不滅なのです。
だから安心してください。未来は、今の行動が反映して行きます。ムダな努力などは一切無く、すべてが「生きている」のです。ただタイムラグのせいで、今世に帰るのか来世になるのかの事です。因(した事)と果(起こる事)は、絶対に切れないヒモ(=縁)で結ばれています。偽善でも良いですから、他人を助ければ、やはり未来に助けられます。
これは逆に言えば、怖い事でもあります。因果の法則からは、逃れる事が絶対に出来無いのです。形を変えてでも、清算が実行されます。これが宇宙の法則です。


ヨッシャー! 2009-03-16 11:19:00

人間関係、金銭問題、健康問題、事故・・・などにより簡単に
現実界の生活は影響を受けて絶望もします。
問題が生じる事は、悪いことではありません。
現実界とは、そういう世界なのです。
問題が生じる恐怖に怯えて、事前に見苦しい活動をする事が
今までの宗教組織の活動です。
「起こりもしない事」に恐怖する。
「起こってしまった事」に現実界で与えられている以外の手段
を使用してでも逃げようとする。
これらは、迷いの信仰活動にすぎません。
こんな目先の物事に高次元の神様は干渉しません。


公平


神様は、完全に公平な存在ですから、不公平なままでは終わらせないのです。
完全に平等に水平に成るまで、転生・生まれ直しをさせる訳です。


志(こころざし)が大切 2010-08-19 11:11:22

本当の神様は、弱い者を見捨ててスリ寄る人間を相手にすると思いますか?絶対にしません。
困る者(先祖や縁ある霊)を助けようとしている人間には、神の方から寄ります。
なぜなら、神と同じ事をしようとするからです。その波長に引き寄るのです。


感謝


では、「自分の使命とは一体なんだ?」と人は思うものです。
神様の視点では、とにかく精一杯に生きること、すべてに感謝すること。更には他人を喜ばすこと。他人を助けること。
そして、神代の時代から連綿と継続する遺伝子(先祖たち)に感謝すること。
このような使命を「誰もが期待されています」。その人間が死ぬギリギリまで「期待」されています。


流れを眺めて生きる 2010-06-19 11:02:50

分かっていても悪い事を止められない、いや、悩んでしまう自分が嫌に成る人も居るでしょう。
しかし、それで良いのです。だからこそ、この世は面白くて貴重な次元なのです。その中でも、現状の今に感謝をする事です。
生かされている事に感謝をする為に、私たちは生まれて来たのです。
これが神様が創造した最大の芸術=人間の行き着く答えです。
現状に感謝をしながら、その中でも精一杯に生きて楽しむ姿を神様は観たいのです。
苦難の中でも、生かされている事に感謝ができれば、神は柏手(かしわで:神道の拍手)をしてくれます。


全ては神様の中での事 2009-05-19 09:46:36

天と地の間で人間が元気に転げ回っている姿を見るだけで、
愛情深き管理者(=神様)は満足していることでしょう。
生きていれば、性老病死に関する事が色々と在るものです。
その全ては、自分の良心を大きく育てる為のヒントです。
深い意味では、この世に不幸はありません。
何故なら、全てが流れて必ず変わって行くからです。
何も怖がる事はありません。
結局は、たんたんと神様へ感謝するだけで十分なのです。


関連コメント

全般

天照太御神や他の神々の御力で、なぜコロナウィルスは消滅されないのですか?

。。。。それは、人間から、の視点の意見。

新型コロナウイルスも、初期は人為でも、今は天然に進化しています。
神様は、動物や、菌も生み出す。

菌に殺されない人間に成る必要が始まった。
人間から、菌に合わせることに。
2020-04-09 13:58:36


神様は、全ての全てなので価値観は無い。

。。。。いいえ、人間が存在する、という価値観を持ちます。
ただし、どんな人も認めます。
でも、悪事は認めません。

相手の立場を自分が体験する、という悪事への責任の取らせ方をするから、気が長い話であることが、誤解を招きます。
2019-05-25 10:17:44


伊勢白山道様 いつも有難うございます。言葉では言い表せないほど助けられております。
自分だけ幸せを頂いたら申し訳ないと思い、心に浮かぶ人、毎日出会う人に影で生かしていただいて有難う御座いますと心で呟いております。よろしいでしょうか?

。。。。良いです。
そういう思いも、善徳。
本心から他人を祝福する人は、自分も神様から祝福されます。
2018-01-30 20:16:04


実は先日、伊雑宮へ参拝させて頂いたのですが、手水舎のすぐそばに巨大な真黄緑色の毛虫(約10センチ超!)が落ちていました。風があったと思うので、恐らく木から落ちてしまったのでしょうね。手水舎の近くだと、誰かが踏み潰してしまうかもしれないので、近くに落ちていた大きな落ち葉にたからせて、すぐそばの石垣の上に移動させました。あまりの大きさや色にビックリしましたし、ちょっと気持ち悪かったです・・・。なんていう蝶の幼虫なのでしょうね。
それから手水舎で身を清めさせて頂いて、伊雑宮をお参りして、いざ帰ろうと思いましたら、今度はなぜか足元に視界がフォーカスして、砂利の上に大きな灰色のカタツムリがいるのを発見!しまして、このままだとやっぱり踏み潰されると思い、それも近くの木の股の上にたからせて帰りました。
今まで何度か伊雑宮へ訪れたことはありましたが、こんなに昆虫が現れるのは初めてで、この昆虫たちは、なにかを訴えて私の前に現れて下さったお使いか何かだったのでしょうか?それとも、精霊様の悪戯?だったりしたのでしょうか?

。。。善行です。

神様がいる神域では、動物のお試しがあるから注意。
人が、試されます。
2017-10-11 21:14:21


如来様の記事にあった精霊や神々をも黙って陰から導くってどういうことですか?

。。。。。コノ世の次元は、人が神様を守る、という逆の視点が大事。
こういう人は、反射で神々から守護されます。

伊勢白山道問答集 第3巻 神さまとの正しい向き合い方
2017-06-18 17:26:46


連休に伊勢神宮、麻賀多神社への感謝の参拝を計画中の者です。
お尋ねしたいのは
遷宮寄付、お神楽奉納の初穂料は個人からのみ奉納なさってますか?
経営なさってる会社からも別に奉納なさいますか?

............どれも問題はないです。
大事は、参拝する本人の気持ち。神様は、それしか見ません。
2017-04-27 02:11:31


大きな視点

神様はどんな思いで、話を聞いて下さっているのでしょうか、共に一喜一憂しながら一緒に体験するかごとく、聞いて下さっているのでしょうか、それとも、一歩引いて俯瞰する様に見守りつつ、静かにじっと耳を傾けて下さっているのでしょうか。

.........大きな視点です。巨視。
その人の死後まで見ながらの視点。
2019-05-06 16:42:20


公平

神様が人間に見ているもの
神社を元気にするには、「難しいことでない。自分が明るくなればオッケー。岩戸開き、解放です。でも波がある訳。精霊の援助は影響する。」とコメント頂きました。
自分なりに考えてみたのですが自分にも神様がいて自分の良心に背かず、今の生活を必死に頑張ることで良心を巨大化する。そうして自分の気持ちがランランラン♪となることが岩戸開きで、そんな人が神社に参拝すると神社の神様もランランランとなる??ということでしょうか?
波があるとは参拝時の自分の良心の巨大化具合、自我の大きさの波?ということですか。
精霊の援助というのが考えても思いつきませんでした。コメントの意味をもしよろしければ教えて頂けるとありがたいです。

...........良いです。
精霊の援助とは、人間側の要望では左右されない。
その人間の生き方を、見て、判断されます。
だから、頼まれなくても、その人間の生き方に誠意あれば、神様は黙って助ける。

伊勢白山道問答集 第3巻 神さまとの正しい向き合い方
2018-02-18 21:27:46


なぜサラリーマンは冬にヒラッヒラの布1枚足に巻いて出勤しなきゃいけないのでしょうか?
学生服も然りです。

...........社会のルール、常識は何でも良い訳です。
それに従い、自我を試される。

それを揶揄して言うほうが、自分に甘えた人間が多い。

神様は、厳正に公平に見る。

自分の生活態度も見られている。完璧に。

自己責任で自己判断しましょう。
2018-02-13 21:15:31

神様は感情は無いのものなのでしょうか。

、、、、、熱い感情です。

ただ、個人の願望だけを見ずに、人類全体を見る公平な視点です。
個人の欲望に反応することは無い。
2016-06-09 16:00:59


感謝

神様が喜ぶ価値観とは、どんなものでしょうか?

、、、、最善は、感謝の気持ち。
感謝は創造も含むから。
2019-05-29 01:14:25


先ほど氏神様に参拝に行って参りました。神社にいらっしゃる精霊さんについてですが、好き嫌いがはっきりされていると思いますが、精霊さんはどのような人間を好まれますか?歓迎される人とはどのような人でしょうか?

。。。感謝だけの参拝をする人。
が好まれます。
2017-07-03 15:38:45



どうして神様は生贄とかをほしがるのですか?これが理解できません。感謝の心だけではだめなのですか?

。。。。神ではない、途中の段階、魔神に注意。
伊勢神宮では、感謝だけが本当に神様に喜ばれます。
2016-11-10 11:52:47


氏神神社の入口付近の看板に、その神社の歴史とおまつりされている神様の説明があるのですが、天照大神ではないのです。それでも 参拝の時に『アマテラスオホミカミ』と念じても問題ないでしょうか?


。。。。いえ、どこの神社でもご神名は不要です。
しても問題はないですが。

生かして頂いて 有り難う御座います、と感謝だけすることが神霊に喜ばれます。

希望は、思わずでも分かるのが神様。
2016-05-04 14:44:41


伊勢神宮に参拝してきますが、感謝の気持ちを寄付か御神楽奉納で表したいと思っています。どちらが良いのでしょうか?そしてその際、今までの人生の中で犯した罪や穢れを、多額な寄付行為で懺悔させていただく事は失礼にあたりますか?

。。。多額な寄付は不要です。
大切に貯金しましょう。

そうでは無くて、正神が望むのは、日々の先祖供養と、神への感謝です。
これが最善です。

金で済むと思わせるのは、魔神だけです。
2013-11-26 11:19:18



  • 最終更新:2020-06-06 16:28:40

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