祝詞(全般)

■祝詞(全般)について
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神意の発動 2012-05-08 10:36:25

学術的にも古来の祝詞は、感謝の言葉だけだったと言うことが証明されるわけです。とても大切なことです。
後世になるほど祝詞に「交換条件」「駆け引き」が入るわけです。現代に至っては、一部の神社はキンキラ商売の社(やしろ)と化します。これでは正神が降りることが出来ないのは当然の道理なのです。
子供が親に対して、「これをするから、代わりにアレが買えるようにもっと働いて欲しい」というような、神様を逆に使役(しえき:こき使うこと)していることに注意しなければ生けません。
結果的に神様を奴隷化するという、立場が逆転している様相は、社会に色々な形で反映しています。天地が逆に成るという、正しい者が苦労し、悪しき人間が贅沢(ぜいたく)に遊ぶという矛盾が、大なり小なり社会生活の中に発生する転写を起こしています。

親子の立場の逆転、神様を奴隷化する人間への堪忍袋の緒が切れ始めています。これが大自然の怒りを起こしています。
「神を使うとは、いったい何事ぞ」という、永い年月を黙って静観されていた存在が動き出しています。
日々に精進する神職ならば良いのですが、血肉(色欲・金欲・名誉欲)に欲する低級な人間が「ナントカ祝詞で浄化する」などと自称して、一般人から金銭を集める参拝ツアーにも神社の聖域が悪用されています。



祝詞の奏上も、神主が一人でするべき神言(進言)であり、集団でするものではありません。
ナントカ祝詞を集団で奏上する所があれば、その代表者をよく静観しましょう。



人間の幸運とは、自分が他人やモノに対して放射した気持ちの反射なのです。
自分から「出した」気持ちが、自分に反射して明日の自分を形成するのが真相です。
だから、自分が幸運を他所から「得る」「もらう」発想では、その反射は自分が何かを「無くす」反射を呼びます。
神様にも、感謝を「捧げる」気持ちが最重要であり、これが祝詞(のりと:祝いの言の葉)なのです。
これが反射して、自分に何かが「捧げられ」ます。


「一切皆変化」 2011-09-11 10:22:23

日本のお経は誤訳だらけであり、インドの言語の音読みを漢字にするなど、言葉の意味を成さないのが真実です。
例えば、アメリカを亜米利加と表記するのと同じです。日本では、この「亜米利加」という4文字に深い意味と「何かの見えない功徳」があるんだゾウ~と解釈を重ねているのが実情です。

だから、有料先生などが悪霊を祓うのだと自称して、お経やナントカ祝詞を血相を変えて懸命に唱えるのを見ますと、本当の魔物は口をポカーンとさせて笑っているのが霊的な実態です。自称先生の集金のためのパフォーマンスに過ぎず、霊的な効力は一切無いです。
これは、有料先生や集団がどんな滑稽な行動をするのかをサニワ(判断する)出来る視点でもあります。すべてが集金のための演技です。
悪霊が嫌がるのは、愛情であり、慈悲心であり、奉仕の心であり、・・・・「感謝の思い」、が最強の祓いを起こします。言葉では表現できない「思い」を重視なのです。
これを、それぞれの民族の分かりやすい日常言葉で思えば、強い祓いの実践が起こります。


菩提心(ぼだいしん) 2011-09-03 10:06:55

困っている先祖や縁ある故人の霊がいても、自分には負担になるからと避ける気持ちは、自分自身が他者から避けられる反射を呼びます。
ましてや、縁ある困る先祖霊が集まるのが怖いと、懸命にナントカ祝詞を唱えるような人間には、正神のほうから離れて行きます。残るのは、自分だけが良くなりたい、助かりたい、我良しの動物根性の邪霊です。似たモノが寄るのです。
自ら菩提心を捨てて、菩提心を持つと勘違いしているモノ(祝詞やペンダント・古本)に、すがり憑こうとする滑稽なこともするものです。これは、とても恥ずかしい愚かなことです。



これから地球も、傷ついた体を癒すために、地球の自浄作用としての免疫力を上げて行くと感じています。
そうなりますと、心の純粋な生き物が自然と地球に同調することに成ると感じます。
この時に、地球にスムーズに同調できる人間の心の状態は、「感謝の心」なのです。ほんとうにこれ1つだけです。
ここで、邪魔に成るモノがあります。
旧来の古い、ナントカ祝詞や呪文・お経に依存する気持ちは、純粋な心に縛りを掛けることに成ります。
自分が何を、そこに期待するのかを見る必要があります。(自分だけが助かろうとする人間を、ほんとうの正神は助けません。弱き存在を助けようとする心を持つ人を助けます。)



日本では意味不明な呪文だから「こそ」、何か未知の力があるんだ、すごい秘密が隠されている、などと大きな勘違いを有料先生を始めとして一般人も勘違いしています。とても滑稽(こっけい:変なこと。笑いの対象)な事を、大の大人が大金を掛けて懸命にしています。
まじめな伝統仏教の僧侶は、お経を唱えようが死者に尽くしたい真心が在り良いのですが、変な有料先生がお経を必死に懸命に唱える姿は、まことに滑稽で無知に呆れます。自分自身が何かにすがりたい弱者であることを露呈しています。
祝詞にしても同じです。
ナントカ祝詞を懸命に唱える有料先生も、内在する真の神から切り離された、無知で気の毒な霊性の一般人にすぎません。


お互いを祝う社会が大切 2011-01-11 11:03:55

祝詞(のりと)とは、お祝(いわ)いの言霊です。
削除するよりも、出会うすべてを祝って生きましょう。これは感謝の先祖供養の本質でもあります。
祝う人が増えれば、イジメも社会から無くなります。はげますばかりと成る社会です。


祝詞は生(なま)物です 2008-09-22 19:35:41

私達が口から出す言葉は、霊的磁気を帯びています。
普段の井戸端会議で出る言葉も磁気を持ちます。
つまり人は、その人の話す言葉、お喋りにより発生する磁気に包まれて生きているのです。
では、黙っていれば、どんな磁気なのか?
黙っていても、心で思う事が磁気となり、その人を包んでいます。 ただ、現実界では、心中よりも言葉に出した磁気の方が強く作用する法則があります。



祝詞とは、祝(いわう)詞(ことば)です。神に捧げる、祝いの言葉 です。 つまり、 神 への 感謝 を現す言葉です。 決して、願い事を祈願する文でも無いし、悪事を 祓う 言霊でも無いです。 神 に感謝を捧げる気持ちを含む言葉は、どんなモノでも立派な 祝詞 に成ります。 この、 感謝の祝詞 は、神を動かします。


関連コメント

祝詞を唱えながら体操をしていたのですが、その場の空気がまるで神社で感じる空気を感じてきたのですが、その通りでしょうか?

。。祓いとは、そういうものです。
ただ、祓い、とは私は呼称しません。
リーマン祓い体操というと家内は笑いますが。
2010-12-28 15:14:16


「氷川神社大神護り給え、さきはえたまえ、生かしていただいてありがとうございます、生かしていただいてありがとうございます、天照太御神天照太御神・・・」と参拝しましたが、最初に天津祝詞など上げてよろしいのでしょうか?

。。。祝詞では神は動きません。
自分なりの感謝の言葉を捧げることで感応します。
2010-05-02 19:22:57


一番大事なのは全てに対する感謝なんでしょうね?

・・・そうです。これが神を動かす祝詞になります。
2007-07-09 20:53:47


20141110

  • 最終更新:2014-11-10 21:48:40

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