猿渡瞳さんの作文

■猿渡瞳さんの作文について

猿渡瞳さんの作文


猿渡瞳さんの作文「命を見つめて」全文
みなさん、みなさんは本当の幸せって何だと思いますか。 実は、幸せが私たちの一番身近にあることを病気になったおかげで知ることができました。それは、地位でも、名誉でも、お金でもなく「今、生きている」ということなんです。
私は、小学6年生の時に骨肉腫という骨のガンが発見され、約1年半に及ぶ闘病生活を送りました。この時、医者に、病気に負ければ命がないと言われ、右足も太ももから切断しなければならないと厳しい宣告を受けました。
初めは、とてもショックでしたが、必ず勝ってみせると決意し、希望だけを胸に真っ向から病気と闘ってきました。その結果、病気に打ち勝ち、右足も手術はしましたが残すことができたのです。
しかし、この闘病生活の間に、一緒に病気と闘ってきた15人の大切な仲間が次から次に亡くなっていきました。小さな赤ちゃんから、おじちゃんおばちゃんまで年齢も病気もさまざまです。厳しい治療とあらゆる検査の連続で心も体もボロボロになりながら、私たちは生き続けるために必死に闘ってきました。
しかし、あまりにも現実は厳しく、みんな一瞬にして亡くなっていかれ、生き続けることがこれほど困難で、これほど偉大なものかということを思い知らされました。
みんないつの日か、元気になっている自分を思い描きながら、どんなに苦しくても目標に向かって明るく元気にがんばっていました。それなのに生き続けることができなくて、どれほど悔しかったことでしょう。
私がはっきり感じたのは、病気と闘っている人たちが誰よりも一番輝いていたということです。そして、健康な体で学校に通ったり、家族や友達とあたり前のように毎日を過ごせるということが、どれほど幸せなことかということです。
たとえ、どんなに困難な壁にぶつかって悩んだり、苦しんだりしたとしても、命さえあれば必ず前に進んで行けるんです。生きたくても生きられなかったたくさんの仲間が命をかけて教えてくれた大切なメッセージを、世界中の人々に伝えていくことが私の使命だと思っています。
今の世の中、人と人が殺し合う戦争や、平気で人の命を奪う事件、そして、いじめを苦にした自殺など、悲しいニュースを見る度に怒りの気持ちでいっぱいになります。一体どれだけの人がそれらのニュースに対して真剣に向き合っているのでしょうか。
私の大好きな詩人の言葉の中に「今の社会のほとんどの問題で悪に対して『自分には関係ない』と言う人が多くなっている。自分の身にふりかからない限り見て見ぬふりをする。それが実は、悪を応援することになる。私には関係ないというのは楽かもしれないが、一番人間をダメにさせていく。自分の人間らしさが削られどんどん消えていってしまう。それを自覚しないと悪を平気で許す無気力な人間になってしまう」と書いてありました。
本当にその通りだと思います。どんなに小さな悪に対しても、決して許してはいけないのです。そこから悪がエスカレートしていくのです。今の現実がそれです。命を軽く考えている人たちに、病気と闘っている人たちの姿を見てもらいたいです。そしてどれだけ命が尊いかということを知ってもらいたいです。
みなさん、私たち人間は、いつどうなるかなんて誰にも分からないんです。だからこそ、一日一日がとても大切なんです。病気になったおかげで生きていく上で一番大切なことを知ることができました。
今では心から病気に感謝しています。私は自分の使命を果たすため、亡くなったみんなの分まで精いっぱい生きていきます。みなさんも、今生きていることに感謝して、悔いのない人生を送ってください。
(朝日新聞より引用)
追記 :
昨年(平成16年)9月、13歳で亡くなった猿渡瞳(福岡県大牟田市の田隈中学2年)さん。
小学6年の時に骨肉種が見つかり既に肺にも転移、医師から『余命半年』を宣告されました。
ガンと正面から闘ってもらいたいと考えた母・直美さんは、身を切るような思いで11歳の瞳さんに告知されたそうです。
その時、瞳さんは大粒の涙を流しながら、
『教えてくれてありがとう。でももっと早く言って欲しかった。その分早く(病気と)闘う事ができたもの』と悔しがり、『でも、大好きなお母さんがガンじゃなくて、私がガンで本当によかった。』と。『絶対に治る』ことを信じ、生きるため希望に向かって、1年9ヶ月ガンと正面から闘い続けました。
感想 :
小学生にして、この潔さ。
現実界で長く生きたところで、この様な思い切りの良い潔さを
持てる人間は、はたしてどれ程いるのでしょうか?
彼女に勇気を与えたのは、15名の同じ病気の仲間が最後まで諦めずに、明るく病気と向き合って死んで行った姿でしょう。
内心は彼女も含めて全員が、もう自分は駄目かも知れないと思いながらも努力したのです。
逃げる事が出来ない中で努力をする仲間の気持ちが、彼女は良く分かるからこそ感動したのです。

神秘家G.グルジェフの死生観の一つに、人間は最後まで意識を持ったまま死んで行く事が、死んで肉体を脱ぎ捨てた後の魂の自由度を決めると言うものがあります。
Gの熱烈な信奉者の一人だった思想家 ピョートル・ウスペンスキーは、Gと決別した後もグルジェフの事を密かに慕っていました。ウスヘ゜ンスキーが病気により死を迎え朦朧とした意識の中で取ろうとした行動は、歩きながら死にたいと最後まで病床で起き上がろうとしました。これを意識を無くすまで続けたと言うエピソードがあります。

猿渡さんも最後まで逃げずに、明るく病気と向き合ったのです。普通ならば深い絶望と悲しみ、恐怖の中で意識不明に成ります。そして死ぬと、その状態での固定化が始まります。
彼女の場合は稀な事に、前向きな心の状態で魂が肉体を去りました。 つまり、生きたまま死の川を渡ったと言えます。例え80年生きた所で、中々この様には渡れません。
現実界で生きた年数が短い事は、不幸な事ではありません。
密度が大事なのです。
最後まで大いに生き切った彼女に、敬意を表します。
私達も自由に動ける肉体の間に、彼女の様な心境で日々を大切に生きなければ生けません。

彼女が現実界で生き切った証しのメッセージを、この場所で多くの人々の目に残す事が、大切な事を伝えてくれた彼女へのせめてもの御礼です。

生かして頂いて ありがとう御座位ます


20141017

  • 最終更新:2014-10-17 22:06:04

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード