無(む)・空(くう)

■無(む)・空(くう)について
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心をカラにする秘訣 2017-02-19 11:52:24

では、頭を空(くう・カラ)にするには、どうすれば良いのでしょうか?
これに関して、老子が面白いことを言っています。

* 家の中にゴミが天井まで詰まっていれば、人が住めますか? 
家の中の空間が無い家は、家としての用を成すことが出来ません。

* 空間が有るからこそ、人が家の中に入って来て暮らせます。

* 人の脳も同じであり、カラの状態であればこそ、良い知恵も湧いて来るし、知識も入って「来る」のです。

これは重要なヒントです。
私たちは、心を空にする理由も分からず、ただ無思考に成ろうとするから「出来ない」のです。
思考を消すという、何か消極的な意味から空を目指すから出来無いのです。

そうでは無くて、
* 知恵・真理という美味しい「鳥」を捕まえる為に、「心をカラにして待つ」という能動的な前向きな、ワナを仕掛けるような意味で無思考の空を心掛けますと、その実践が自分に教え、心が空の習慣が形成されると感じます。

ー中略ー

心を心配で埋めていては生けません。
心をカラにしていれば、最善の方向が考えなくても見えて来るのです。

囲碁にしても、思考で読むのは限界があります。
でも、何となくの雰囲気が最善の一手を教えてくれます。
無思考からの一手を出せるか否かが、勝敗を決めます。

心が空・カラであることが大切です。
心に「空」を心掛ける人、この道理を知っている人は、良い知恵が湧き自由自在に生きられます。

先ずは、心をカラにして部屋掃除をしてみましょう。
釈尊の弟子である周利槃特(しゅり・はんどく)は、頭が悪い奴だとイジメに遭っていました。
でも、無心で掃除をする内に悟って、叡智を得て聖人と成りました。(https://goo.gl/gS9Ews

人は、心をカラにして掃除に専念するだけでも、作務(さむ)を伴った大いなる修行となり、瞑想を超える心のカラに行き着くわけです。


神様には主語が無い 2014-06-15 09:45:16

“自我は他人を区別するが、真我(内在神)は他人を区別「することが出来ない」”
これは真理です。見性(けんしょう)、覚醒、悟る、カンナガラ(内在神との一体感)を体験しますと、理屈抜きに分かることです。
でもこのように書きますと、いきなり難しいというか、自分には理解が出来ないことだとあきらめてしまうでしょう。ここで、

「悟りとは、自分の脳から主語が消えること」
「内在神とは、主語のない活動をする存在」
「神界とは、主語の無い状態を指す」
このように言い変えますと、何となく分かる気がしませんか?

「考えてごらん。主語の無い世界を」(byジョン・レノン)と言いそうな気がしませんか?
神様と言いますと、そこで理解が停止しますから、
「神=主語が無い」
と表現しても、霊的には決して間違いではありません。

(中略)

これからは、瞑想などのワザワザ座る自我の行為をしなくても、生活の中で
「主語の無い生活」をすることで悟ることが可能です。
なぜならば、「主語が無い」とは究極の核心を突いていると私は感じるからです。
釈尊が仰った「無」という概念も、「主語が無い」「主語は存在しない」を理解しますと、まったく同じ境地であることが私に響きます。
「見ている者」と「見られている者」、この両者が消え去り「全体の1つ」しか存在していない核心が響いて来ます。



人間の良心に宿る内在神とは、大自然の精霊を生み出した「親神」でもあります。
内在神とは、元々の究極的な存在であり、キリストが天の父と呼び、釈尊が「無」と表現し、老子が「無為自然」「大いなる母」と表現した存在です。
この尊い究極的な存在が、すべての人間の右胸3cmに宿っています。



神社において一番神聖な場所として、本殿の中の密封された空間を「神の間」として祭ります。
「空間が御神体」であることが、古神道の奥義に在ります。
神道とは、何も無い「空・くう」を神様として祭ります。
「空」を祭ることが出来るのか?
ここに森羅万象の秘密が在ります。

「空を祭る」という思想は、釈尊が悟られた「無」、空海が達した「空」の心境、ラマナ・マハルシが言う「真我」と同じことを指しています。
神社に参拝したり自宅で神祭りをすることで、日本人はその意味を知らずに、「空を祭る」という究極を日々しているのです。
上記の偉人たちの、更に上を行く究極が、何もない「空を祭る」という「行為」に存在します。

言葉では説明が難しいのですが、私たち人間も「頭を空にする」ということが奥義なのです。
多くの人々は、自我から発生する思考のために、「頭を空にする」ことが出来ません。思考を停止することが出来ないのです。
私たちの肉体が御宮であり、その中に「空を祭る」ことが、悟りであり覚醒を意味します。
老子も指摘していますが、すべては「空」から無限に生まれて「来る」のです。


ブルース・リー 2013-09-13 11:19:26

彼の発言の中から、心に残るものを紹介します。

(1) 「考えるな 感じろ。 増やすな 捨てろ」

“頭で考えるな。感じるんだ! 思考を増やすな。思考を捨てろ!”
このように響きます。まさに、心の「空」の重要さを知っています。

(2) 「状況など気にするな。 チャンスは作り出せ!」

“状況に縛られるな。チャンスは自分で創るものなんだ”
人間は、生きる限り、何かに挑戦することが大切です。

(3)  「常に自分自身であれ 自分を表現せよ 自分の中に信念を持て」

他人を見ずに、自分のオリジナルが最善だということです。
他人との比較心を捨てれば、そこには愛すべき自分が残ります。

(4)  「モノが入るように、あなたのコップを空にしておこう」

心が「空・カラ」ならば、あとは自然に何でも入って「来ます」。
自分の悩む思いで心を満たせば、良い知恵も入ることが出来ません。

(5) 「行動に裏打ちされた現実的な夢追い人であれ」

人間は、考えたまま止まるよりも、目の前のことに努力をすれば道は開くのです。
ただの夢を思うのではなくて、自分が現実に努力できる夢を追うべきだということです。
自分が努力することも出来ない夢は、捨てれば良いのです。

(6) 「成功とは、真心を込めた真摯な態度で何かを“する”ことである」

人間の成功とは結果では無いということです。
誠意を持って何かを「する・ing」行為が出来ることが、成功して「いる」人間なのです。

(7) 「正しいか、間違えているか、などを分けるな!」

人間は、白黒を判定することを考えますが、それは答えでは無いのです。
真理の視点では、どれもが大正解に成るからです。ムダな人生など存在しません。
日々の生活の中に在る、自分が感謝するべき歓喜に気付けないだけです。

(8) 「他人から感じろ。自分を知るとはそういう事なんだ」

本当の自分を知りたければ、自分が他人に対して何を感じているか?何を思うのか?
それを見なさいと言うことです。
他人の鏡(内在神)に映る、本当の自分がそこに見えます。

(9) 「お前は考えたように、変わる」

コノ世は、自分の意志・志向性が大事なのです。他人の意志は、自分には合いません。
自分の良心に基づいた、希望を持ちましょう。

(10)  「ある人物のことを知りたければ、
     他の誰かと一緒に行動している時の様子を観察すればよい」

その人が持つ、他人への思いやり、配慮深さ、サービス精神を観察します。
その人の本性を知ることが出来ます。
婚約者が、自分の親に対する態度・発言・行為を観察すれば、将来の自分に対して相手が取る態度を事前に知ることが出来ます。

以上のブルース・リーの発言には、まさに老子が背景に見え隠れする言葉が多いです。



ブルース・リーの発言を、NO.10で終わらせるつもりでした。しかし、彼の発言を調べた中で、どうしても読み捨てることが出来ない、今の時代に光を当てておく必要がある言葉が在りました。

(11) 「何かについて考えすぎると、それを成し遂げることは到底不可能になる」

自分の願望に対して、自我(ワレヨシ)の思いが強すぎますと、逆にそれが離れて行く法則です。(過去記事:「1と9の法則」【1と9の法則 2010-04-16 11:10:50】)
まさに、「考えるな!先に努力をしろ」です。
努力をしない人間ほど、考え過ぎるだけで終わって行きます。
考え過ぎる人間ほど、動きが停止して行きます。

(12) 「人間はいつも成長している。
     しかし、人間はパターン化された思考や行動によって行動を制限されると、
     成長を止めるものだ」

コノ世のすべてに、繰り返すパターンが存在します。
最近では、10代の女性が一人で出産しますと、育児放棄して赤子を殺してしまうパターンが継続しています。
これも生む前に、女性がそのようなパターンが社会に存在することを、自分で認識出来ていれば、親子の運命は変わります。
自分で危ないと思えば、養護施設に赤子を預けるなどの対策が事前にできます。
これは自分が可能性のパターンを認識することで、運命は本当に変わるのです。
会社を簡単に辞めれば、その後のパターンがどうなるかを想定するだけでも、今の運命は変わります。

つまり、「人間はパターン化された思考や行動によって行動を制限されると・・・」
この制限を解除する方法は、「パターンの存在を事前に“認識する”こと」で避けることが可能に成ります。

(13)  「この世で最大の勝利は、自分自身に勝つことである」

まさにこれが、人生の目的であり、人間が生まれて来る理由です。
人間は、本当の自分(真我・内在神)と和解ができるまで、コノ世に生まれて来ます。

(14) 「知るだけでは不十分だ。 実際に応用しなければならない。
     意志があるだけでは不十分だ。 実行しなければならない」

コノ世では、行動と行為が最重要である真理です。コノ世だけの特徴であり、奇跡です。
思考は、アノ世では嫌というほど出来ます。アノ世での行為は、過去生からの反射のパターンが繰り返すだけに成ります。そこで、自分が過去にした行為の反射を受けて、完璧な帳尻が一厘まで合わされます。
コノ世だけが、善悪の新規の行為が自由に出来る、時間限定(寿命)の奇跡の空間です。

(15) 「生き物である人間、また創造する人間は、
      できあがった型やシステムよりも重要である」

コノ世で生きる人間だけが、宇宙の法則を超えることが可能です。(覚醒・悟り・解脱)
アノ世では、悟ることは不可能なのです。アノ世では、過去生からの反射の「型・システム」により、重力のようにパターンに縛られます。
生きている今が、貴重なチャンスなのです。苦しい生活ほど、逆にチャンスは増えています。

(16) 「私は“できると思うからできる”という古くからの格言を重視し始めている・・・」

私も、この言葉に清々しさを覚えます。

(17) 「皆が皆、勝つ方法を学びたがる。
      しかし、決して負ける方法は学ぼうとはしない」

この言葉に、まさに老子の逆説の真理が存在しています。
負ける方法の全部を「認識」できた人間は、必ず勝てます。
これは、社会で成功する人間の特徴でもあります。自分の弱点を、素直に認識する人間は、それをカバーすることが可能に成り、自然と勝ち始めます。


(18) 「負けを受け入れること、即ち死を学ぶことは、逆に死から解放されることに
     なるんだ。
     このことが理解できれば、自由に流れ、調和していくことができる。
     流れることは、無心への道だ。明日からは、野心を抱かずに良い意味での
     死の芸術を学ぶべきだ」

まさに老子の言葉が在ります。明るく前向きに、人生の残りの日数を認識する人間は、今の時を明るく楽しむことが「逆に」可能に成ります。他人と争うこともアホらしくなり、小さいことを心配した自分を笑うことも出来ます。
明るく死を認識することで、すべての執着が消えて行きます。
誰もが必ず死ぬのですから、怖がることはありません。

(19) 「人生は絶えず関係を持つことである。
      人は関係の中で生き、関係の中で成長する」

コノ世では、人間関係が嫌で嫌で悩みましても、アノ世に行きますと、それが宝だったことが誰もが良く分かります。
アノ世では、「自分に関わってくれて有り難う」と、嫌な他人にも心から言える心境に戻ります。
すべては、海岸の中で隣り合う砂粒同士のように、深い理由が在るから出会っているのです。ほんとうに奇跡の出会いなのです。

(20) 「誰かからの助けを期待するのではなく“自分からの助けが肝心だ”
      と、思わなくてはならない」

「神は自らを助けるものを助ける」・・・・これは本当のことです。
神に我欲を祈願している人間は、落第生を自ら申告して、霊体に刻印しているのが真相です。
アノ世に戻れば、「神をもパシリにした刑」「神様を奴隷のように酷使した魂」として、一目で分かる印が付きます。
生きる間に気が付ければ、印は消えます。神様には感謝だけをすることが最大事です。
細事を神に言い付けなくても、すべてが救われます。

(21) 「心を空にしろ ・・・・形をなくせ、形をはっきりさせるな水のように。
     ボトルに水を入れたらボトルに変形し、ティーポットに水を入れたらティーポットに
     変形する。水は流れ、水は壊すこともできる。水になれ、友よ」

これは「老子の言葉」の引用そのままです。
老子の言葉は、ブルース・リーの命令口調に置き換えましてもカッコイイですね。
魂に響くものが在ります。
これも現代に蘇る老子の言葉として、大いに認めることが出来ました。


【編集者注記】
記事には、空(くう)という言葉は直接記載されていませんが、2013-09-13 19:48:43の質問の回答に
【ブルース・リーの言葉に、空(くう)の説明、ヒントがあります】という旨の内容でしたので、記事をペディアで記載する事に致しました。

関連コメント

しかし今日はブルース・リーですか。
いいですね。
彼を取り上げたのは何か理由、きっかけがあったと思うのですがさしつかえなければお教えください。

。。。空、の説明のために浮かびました。ヒントがあります。
2013-09-13 19:48:43


今日の記事で「心に空を実現することが出来れば、祭ることが出来れば、コノ世での実現力が自在に成ります。」と、さらりと書いておられますが。出来るかどうかは置いといて、感謝想起やフトノリトを心の中で繰り返したり、頭を空っぽにするように心掛けることで、少しずつ自在に成っていくものでしょうか?

。。。自分から感謝の気持ちを出すことで、逆に空に至ります。
2013-09-13 01:22:20


過去多くの修行者が「空」を実践しようと試み、失敗し続けてきました。このことについてはもう言い尽くされ、研究し尽されているようにも思うのですが、リーマンさんから見て、それは一般人にも可能なのでしょうか?

.。。。感謝の思いを出す。善行をする。
ことがカギです。
実践が自分に教え、先行きを導きます。
2013-09-12 23:22:12


マハルシシリーズで、想念を払い続けていくとそれ以上は行けない限界にたどり着き(知性の限界、努力の限界、後はお任せにするしかない所)、これは空とまでは行かずとも近い所だと思いますが、本日の空を祭るとは、ここで、もしくはここに、感謝を思う事かと思います。このような解釈で良いでしょうか。もっと深い意味もあるかと思いますが、よろしければお願いいたします。

。。。はい。自分から感謝を出すことがカギです。
2013-09-12 18:31:59


まだとても「空」に至る状況ではありませんので、こんな質問となることをお許し下さい。
意識的に考えることを無くして無想念の状態になるのは短時間ながらできます。

。。。。まだ、それは自我の苦しい、無理な空です。
思いやり、慈悲心、感謝を出すことで、空は到来します。
行為が自分に教えます。
2013-09-12 17:08:24


【掲載順序】
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20140913

  • 最終更新:2017-02-19 20:11:30

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