日蓮

■日蓮について
関連項目 御経
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日本の日蓮さんも、神道以外のすべての民間信仰や信仰団体に一人で乗り込んで、問答の勝負を挑んでいます。


太陽神と法華経 2008-01-26 12:49:27

この法華経の成立過程で影響を与えた霊的存在は、太陽神です。 天照太御神とも、言えます。
また、天照太御神=観音様 と表現しても、根底に流れる霊性から判断すると、断言できます。
日蓮は、法華経の奥に、天照太御神が存在することを知っていたと感じます。
日蓮の描いた曼荼羅には、中心に大きく天照太御神の文字が描かれている物が、実際に存在する筈です。 


日蓮の出自 2008-08-10 08:34:33 

さて、海辺の貧しい海人族の血統を引く有名な宗教家の一人に日蓮がいます。
生まれながらに、太陽との奇縁を体感していたと感じます。
日蓮の母親は、彼の妊娠中に太陽の朝日の塊が腹に飛び込む体験をしていると感じます。
日蓮自身も幼少時から、太陽からの特別な波動を感じていました。
ただ、それが何かは分かりませんでした。
貧しさ故に、縁に導かれるまま仏道に入りました。
そして、法華経の中に、自身が幼少から感じていた太陽の波動を感じたのでした。
しかし、時代が経過すると、釈尊同様に初代の教えが改変されて行くことは、残念な事です。
後世では、全く別物な教えに成ってしまうものです。

日蓮が立教前に伊勢の天台宗常明寺に籠もり、「誓願の井戸」で毎朝身を浄めて、伊勢外宮に百日参拝した事実は、あまり知られていません。
常明寺は伊勢外宮の祭式一切をとりしきる渡会(わたらい)氏の氏寺でもあります。
渡会氏は、外宮こそが地上で最高神の鎮まる神社であるとして、伊勢神道を起こした人物です。
この渡会氏も、なんと・・・磯部町の出身でした。
日本は本当に不思議な国です。
背後に、大きな神意を感じます。


日蓮の本意 前編 2009-03-08 11:08:31

日蓮は、スサノオの分神を宿す魂だったのです。
日蓮が思い付いた事は、仏教の世界で自分が一番に成り、日本仏教を統一した後、信徒全員を天照太御神への信仰に導く大きな野望でした。
日蓮は、まず仏教を統一する教えを捜す事から始める為に、京都の比叡山へと向かいました。
そこで数々の仏典に目を通した中で、妙法蓮華経(法華経)に天照太御神が十一面観世音菩薩に化身して現されている事実を発見しました。これを発見した時、日蓮は大きな神意を確信して打ち震えました。
そして日蓮は、法華経を広める行動と組織を立ち上げる前に、伊勢神宮の外宮へ参拝に行きました。
伊勢に在った天台宗常明寺に宿泊しながら、「誓願の井戸」で毎朝身を浄めて、伊勢神宮外宮に百日間の参拝祈願をしました。自分が天照太御神の慈悲を日本国土に行き渡らせる為に、まず法華経により仏教を統一出来る事を外宮の神様に祈ったのでした。
仏教の新しい宗派を起こそうとする人間が、伊勢神宮で祈願をした歴史の事実は、後世の意外な展開へと繋がります。


日蓮の本意 中編 2009-03-09 11:11:00

日蓮は「四箇格言」(しかのかくげん)を主張し、他の仏教宗派の全てを、故人を不成仏にさせる魔道法として徹底的に批判しました。その勢いは、他の宗派を認めている時の幕府体制にまで及び、とうとう日蓮は時の政府に逮捕されました。 量刑は斬首による死刑でした。

(中略)

死刑を免れた日蓮は、流刑に処せられて自身のこれまでの人生を振り返る良い機会に恵まれました。
この刑期を終えた日蓮が始めた事は、法華曼荼羅を書き表わす事でした。これが後世に発生する日蓮に関係する宗教団体の本尊に成ります。仏像ではなく、掛け軸が御神体に成るのです。
本尊 (日蓮正宗)は、掛け軸の中央に「南無妙法蓮華経」と大きく書かれています。この言葉の周りに仏教系の諸天諸菩薩の名前が明記される中、神道の天照太御神が一神だけ記入されています。
ここに、日蓮の本意が隠されています。
初期の本尊では、天照太御神の記入場所は下方だったと感じます。

(中略)

いよいよ、主たる弟子と信者数が確立した時、日蓮は密かに本意である曼荼羅を書きました。
それは、中心に描かれていた南無妙法蓮華経が下方に、蓮の花の様に圧縮されて書かれ、その上の上部に大きく天照太御神と一番大きく描かれていました。
まるで、天照太御神が蓮の花の台座に起立する様に観えます。日蓮は、この曼荼羅を一番の側近である二人の弟子に見せました。これを見せられた弟子は大変に驚愕しました。
最高の仏道だと日蓮を信じて来て、弟子もそれなりに組織の長としての権威と恩恵を既に得ていました。
二人の高弟は、日蓮に対して意外な行動を取りました。


日蓮の本意 後編 2009-03-10 10:38:28

日蓮は二人の高弟に対して話した事は、
・自分は異国の人物である釈尊を尊敬するが、それよりも日本国を尊敬する人間で最初からあった事。
・自分が立教に旅立つ前に、伊勢神宮の神様に自分の命と引き換えにして、法華経を通して天照太御神へ国民が帰依する道を作ることを祈願した事。
などなどを、天照太御神が中心に書かれた曼荼羅を見せながら説明しました。
そして、これから徐々に信徒を天照太御神への信仰に導く教義を示して行きたいが、自分が自ら直接示すと信徒間に混乱が生じるからと、二人の高弟に協力を頼みました。

(中略)

日蓮は二人の弟子に、天照太御神が中心の大曼荼羅3体と天照太御神への信仰書を託していましたが、これは日蓮の死後に全て弟子により焼失させられました。
日蓮の死後、この二人の人物が中心になり体制が整えられ発展して行きました。 
後年、大きな秘密を抱えた二人の弟子は仲たがいして、それぞれ別れて布教を拡大して行きました。ただ、日蓮の本意を抹殺した恐怖感から、神社参拝を異常なまでに恐れて禁止させました。

(中略)

日蓮が目指した法華経の先には、太陽神と言う大いなる存在がありました。現代社会で物質的に成功している日蓮を信奉する組織団体は
・日蓮が立教する前に100日間もの長期の間、伊勢神宮に特別な参拝をした史実。
・曼荼羅に唯一の一神、天照太御神の神名がある事実。
を再考されて、日蓮の原点へ戻られる事を願います。


自分の心と向き会う 2009-10-04 10:05:50
  
今までの信仰の盲点は、皆ですれば安心してしまう事にあります。大丈夫、効果があると錯覚を起こしてしまうのです。「赤信号も皆で渡れば怖くない」は、信仰においても在るのです。
特に、開祖がとっくの大昔に死んでしまっていて、現在の時代に合わせた仕様を確認できない場合は、とんでもない変容を起こした信仰に変わっているのが世の常です。
もし、釈尊が日本仏教の巨大建造物を見れば、「これは何教ですか?」と聞くことでしょう。
もし、日蓮が現代の法華教団が伊勢神宮の参拝を禁じている事を知れば、怒ることでしょう。
日蓮自身が立教の前に、伊勢神宮外宮に対して100日間の特別参拝を実践し、日本を外来仏教から救い出して、神様の国に戻す祈願をしていたのですから。日蓮には、日本=神国だと言う観念が強く、救国の一念で生きていた事は、蒙古襲来の時の日蓮の行動にもよく現れています。


強く生きる 2010-10-03 11:12:00

日蓮などは、天照太御神との一体感を強く「信じて」いましたから、何度も首を斬首(ざんしゅ:首を切断すること)されそうに成っても執行されませんでした。神仏と一体と成り、国を救おうとする自分を殺せる訳が無いと、子供のように信じていたのです。日蓮のその強い信心により、斬首の執行人が刀を振り上げたときに、何度も日輪の光が現れて妨害をしたのです。これに恐れおののいた刑場は、最後まで刑罰を執行できませんでした。
(日蓮の過去記事:【日蓮の本意 前編 2009-03-08 11:08:31】~)

関連コメント

日蓮大聖人に縁させて頂き丸6年になっております。

。。。日蓮さんは、太陽神の申し子です。
釈尊も、釈迦族という別名で太陽族の長でした。

斬首されかけた法難でも、太陽の光りが助けています。

だから、他所に日蓮さんを見ずに、自分の中に内在する日蓮さんを見るべきです。
日蓮聖人こそは、天照太御神を最後まで忘れずに、仏教との融合を心掛けたお人です。
だから伊勢神宮外宮への誓いから求道が始まっています。

朝日を拝み、名前のように日蓮聖人に感謝します。
2014-08-11 11:11:26


天照太御神原理主義で伊勢の外宮に100日祈願された日蓮ですが、55歳頃の種種御振舞御書からの一節からの本意とは何でしょうか?

天照、八幡の神を下にしているような感じで梵天・帝釈・日月・四大天王を上に立てているように思います。

日蓮は幼若(未熟)な者ではあるが、法華経を弘めている以上は釈迦仏のお使いである。
たかの知れた天照大神・正八幡などという神は、この国でこそ重んじられているけれども
梵天・帝釈・日月・四大天王に対するならば小神にすぎない。
それでもこれに仕える神人(じにん)などを殺したならば
普通の人を殺した場合の七人半に当たるなどといわれている。
太政入道清盛や隠岐(おきの)法皇等が亡んだのはこのためである。
しかし日蓮に比べれば神人など比べものにならない。
自分は教主釈尊のお使いであるから
天照大神・正八幡宮も頭を下げ手を合わせて地に伏すべきである。
法華経の行者に対しては梵天帝釈は左右に仕え日天月天は前後を照らし給うのである。

。。。弟子による、後からの苦肉の創作です。
あえて、そう書いた裏を読みましょう。
なぜ、わざわざ、そう言いたいのか?を考えれば分かります。
2011-05-15 20:32:08


日蓮は神を見なかったのですか?

。。。日蓮は、天照太御神の日輪を何度か幻視しています。
2010-11-14 16:59:30


印度での何度かに亘る結集で編まれ、漢訳され、日本に請来された法華経の中に現れる観世音菩薩に触れ、
日蓮さんが即座に十一面観音を感得されたとゆーことは…
法華経に辿り着く以前に、 日蓮さんは泰澄さんの十一面観音についての消息を既に知っていたのでしょーか?
何も知らずに、印度で作成された観世音菩薩の記述のみで、日輪の感応を観るのはおかしいよーな氣がいたします

・・・・日本の根源霊性は、釈尊をも異国に生み出しています。太陽信仰の流れで。
普通の人が観音経を額面通りに読んでも?でしょう。
日蓮は母親が太陽神に感応して生まれた人です。
幼少から国魂の声を感じていた人でした。
法華経に触れたとき、分かった、感じた、としか言語表現できません。
他の高僧は、観音経をスルーしていたのに日蓮は引かれたのです
2009-03-10 18:12:53


今、日蓮上人の魂は成仏されて居られますでしょうか?
身延の山を日蓮上人は守って居られますでしょうか?
もしや…今世に転生されて居られるとゆう事は無いですか?

。。。日蓮は、今の世を見ています。
2010-05-21 16:56:32


日蓮は末法万年(未来永劫)の世において、曼荼羅を自身の鏡とし、南無妙法蓮華経と唱えることでしか仏性(内在神)は現れない。と説きました。
今の世で題目に力がないのなら日蓮のこの言葉はウソになるのでしょうか?

。。。志途中の言葉です。最後に天照太御神が中心の大曼荼羅を示し、南無妙法蓮華経=天照太御神を示す前に側近2名に毒殺されています。

日蓮の真意が天照大神にあるのなら、どうしてそのような回りくどい布教を選んだのでしょうか?

。。。日本の外来仏教を統一し、その後に神道へ導く為です。それほど当時は、舶来宗教が日本に影響を起こしたのです。
日蓮はこれを阻止するために、自分が仏教の頂点に立ってから実行する計画でした。
神道への大政奉還を計画したのです。これが外宮での100日祈願の全貌です。
2009-10-04 15:17:10


日蓮の言葉に『法華経を捨つるは地獄の業なり』というのがあるのですが、これはどう解釈すればよいのでしょうか?

。。。法華経=天照太御神を常に心に抱けという事。
2009-10-05 13:17:06


法華経をあらわしたのは釈尊でないことを、日蓮さんはご存知だったのでしょうか?

。。。日蓮は釈尊は、どうでもよかったのです。
天照太御神への原理主義ですから。
法華経=天照太御神だと、日蓮は感じただけです。
2010-06-23 21:21:21


日蓮聖人は題目を「南無妙法蓮華経」から、最終的に「アマテラスオホミカミ」のような言葉に変更することを考えられていたのでしょうか?

。。。そうです。
日蓮、で検索です。詳細があります。
2010-10-03 22:20:57


日蓮さんが志なかばで終わってしまったのは、その時代の受け入れ態勢がまだ整っていなかったからなのでしょうか?

。。。。あの時代では、あそこまでと言うこと。
神意を受けて派遣されても、現実界では未来は白紙の法則により、大半が失敗してます。
本人の魂の力量に任されています。
私も過去生で拝火教を起こした神通力者でしたが、多くの宗教戦争で犠牲をだした無念により、暗殺を知りながら受け入れてもいます。

そして日蓮さんが挑戦したその事実は、現在の5%運動の布石になっていますか?

。。。成っています。私をこの世に勧請した魂の一人に、日蓮は居ます。
日蓮が伊勢神宮の外宮で100日間の立教の誓いをしたように、私は外宮で北斗七星を体内に感じる天啓を受けています。背後にいるのは、この国では国土の国魂・国常立太神が決めています。
2010-11-28 16:20:21


【掲載順序】
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20141228

  • 最終更新:2017-09-05 21:21:35

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