憑依(関連記事)

■「憑依」について。 キーワード 『憑依』 『憑く』 『憑かれる』。

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これから「来る」課題 2016-07-27 11:24:09

これより以下の内容は、根拠の無い夢想話と思って読んでください。

今回の事件の霊的な視点なのですが、政治家に出した犯行予告文書に、高笑いをする魔物の存在と、これを言い訳する本人のわずかな良心との葛藤・相剋が表れていました。
犯人は、湧き起こる衝動に苦しんでいたとも言えます。

この魔物は、10段階のクラスで言えば5段階クラスです。どこから来た魔物か?これは伏せておきます。
どうしてこんなモノに憑依されたのか?
やはり、自分の生活が呼び込むのです。同類が引き合うことに成ります。
強い不満心を抱くことが、それに同調する悪い霊的存在を呼びます。

憑依とは、完全な自己責任のことです。
魔物に憑依された被害者、では決してありません。

だから除霊などは100%デタラメです。自分の生活行動と思考が変わらない限り、除霊などまったくムダな発想です。根本的な間違いです。
つまり、除霊などいう霊能者がいれば、その時点でニセモノです。

悪魔と対峙した時に、よく言うことがあります。
「私を呼んだのコイツだ。呼ばれて来ただけだ。コイツを連れて行って何が悪い?笑」
このように悪魔は笑いながら言うものです。

どんな憑依を受けていても、自分の生活を正せば、その瞬間から悪魔は去ります。
同調することが不可能に成るのです。チャンネルが合わないのです。

規則正しい生活。バランス良い食事。無理なく歩く運動。無理なく出来るストレッチ。
正しい道徳観を意識すること。
これが最高の根本からの除霊・悪魔祓いに成ります。

仕事や家庭でどんなストレスが有っても、深刻に考えて自他を傷付けることを考えるだけでも止めましょう。
これが本当にシャレにならない悪魔を呼びます。
悪魔を呼ぶのは、自分自身の生活内容だということを覚えて置いてください。



この報道を見て思い出しますことは、過去記事【 何でも感謝して食べることが大事 2015-11-24 11:57:38 】において述べた、
「悪名高きアドルフ・ヒトラーが、酒を飲まず、煙草も嫌っていただけではなく、ベジタリアン(菜食主義者)であったとする説が欧米では定説」
の内容です。つまり、

*極端な禁欲 *我慢するストレス *無理な節制
は、洗脳や、悪魔の憑依を受けやすい状態ということです。
悪魔・魔神は、人を禁欲で縛ることを得意とします。
その人間の我慢するストレスを、逆に自由にコントロールするパワーに転換する訳です。

これは日常生活でも、会社や家庭において、
* 俺は、私は、これだけ我慢しているのに、アイツは・・・・。
*自分はこれだけ頑張ったのに・・・・評価されない。悪い状態のままだ。
このような「自分は我慢しているのに」というストレスが生じ始めれば、要注意のサインです。
他人からの洗脳や、悪霊の憑依を受けやすい状態です。

悪徳な集金宗教は、人を縛るノルマやルール拘束が大好きです。
これは、その組織の背後霊・悪霊が、その信者が我慢するストレス・エネルギーを吸い取っていると思っても良いです。
つまり大切な生命力や幸運を吸われている訳です。

禅宗のような日常生活の中での作務・仕事を修行とする「自己を内省する」我慢ならば良いです。
これと同様に勤務する社会人としての我慢も、必要で大切なことです。
その代わり、好きな物を食べて、息抜きも大切です。

このような社会人としての我慢では無くて、
*社会への不満心・攻撃心 *不公平感からの我慢 *偏った反骨精神からの断食
などは要注意です。
その怒りのパワーに悪霊が同調して来て加担を始めます。

漫画・天才バカボンのように、
「それで、良いのだ〜〜」
と「何でも」思える人は、まず憑依を受けません。
ストレスを溜めない人は、自由な人です。

とにかく自分が「〜の為に我慢している」と思い始めることは注意しましょう。
人間は、自分自身に息抜きもさせて、良い意味でのコントロールもして静観することが、大切な生活の一部なのです。

自分なりに選択しながらバランス良い食事を心掛け、何でも「中道」「中間」からの視点を忘れないことが大切です。
今日も自分自身を、明るく育てて行きましょう。



以上のように、喜怒哀楽の最中の自分を静観・観察する意識が持てますと、ここで大切なことが有ります。
自分自身を静観中・観察中でありましても、その喜怒哀楽をしている・ing自分とは、

*それは、本当の自分のなのか?
*それが自分なのか?
* それは、誰か?
ということを意識の基本に持ちながら静観・観察します。

これが継続しますと、
*それ、は本当の自分では無い。一時的な自分だ。
* 本当の自分は、そんなことを思いたくは無い。
*本当の私は、そんな人間では無い。
ということが誰でも分かり出します。この時に、
*もしその怒りが憑依によるものならば、その霊や生霊は「あっバレたな」と去り始めます。
これは、自分で自分自身をサニワ(冷静に霊的判断すること・祓い)することに成ります。

*それが自分の自我(ワレヨシの気持ち)からの喜怒哀楽ならば、自分を静観することで、
冷静に成れます。自分で冷静に戻れます。
相手の立場や事情も思いやることが出来るようになり始めます、見え出します。




霊の憑依とは、首の真後ろから侵入されることが多く、最初に肩に憑依されても霊が目指すのは「首の後ろ」なのです。
従って古来からの信仰の聖職者の装束は、世界のどの宗教(僧侶の着物、神道の衣冠束帯、ローマ法王庁やチベット密教の高僧が首に掛けるストール)の装束にも、「首の後ろを隠すストール」的なものや、首の後ろが隠れる高めのエリの有る衣服が採用されています。

実は男性のネクタイ姿なども、霊的な防御に成ります。
* カッターシャツのエリが有ること。
* 光沢のある織物のネクタイを首にまくこと。
は憑依対策に成ります。特に邪霊ほど光沢のあるネクタイやストールを嫌がります。
また重労働や運動の際の、首にタオルや手ぬぐいも霊的に有効です。



仏教では、どうすれば悟れるか?
という一番大切な説明が、八正道(はっしょうどう:8つの正しい生活法)や四諦(したい:因果の法則)という膨大な説明により逆に分かり難くなっています。
これだ!という悟る方法の説明が無いのです。上記のような後世に弟子がまとめた仏典のために、ダラダラと長い説明に成ってしまっています。

ところが、釈尊の言葉をまとめた本当に初期の仏典である「ダンマパダ」のこの章には、明確に短い言葉で悟るための説明が成されているのです。
(1) 自分の生活に集中しなさい。
(2) 何でも我慢強く継続しなさい。
(3) 自分で自分自身を励ましなさい。
(4) 周囲への配慮も忘れるな。
この継続が無上(この上ない)の幸福感(悟り、ニルヴァーナ)へと自分を導きますよ。
これを体験するために人は生まれに来るのですよ。

このように釈尊は明確に悟るための方法を説明されています。
なんと言うことでしょうか。
悟ることとは、普通の生活を継続「している・ing」ことだったのです。

悟る、という言葉のために、自分の意識が変わるような線引き、別人格に成るような期待を多くの人がしていますが、そんな悟りは無いのです。(奇異を体験する自称の悟りは、実際には憑依現象です)
普通の生活を継続している最中が、とても有り難い悟りの中です。



憑依(ひょうい:目に見えない存在、霊などが取り憑くとされる現象)と言われますと、大半の人間は
* 自分は被害者。
* 他に悪いモノがいる。
* それは排除すべき存在。
* 排除すれば、きっと自分は楽に成れる。
という発想を持ちます。
しかし、これは正しくは無いのです。

先ず憑依現象とは、自分の心の自我(じが:ワレヨシの思い)の意識レベルに取り憑きます。
従って同一人物でありながらも、その人の真我(しんが:良心・内在神)の意識レベルには憑依現象は一切起こっていませんし、正常なままです。

(中略)

自分の生活の中で感謝の思いを自分が持つことが、最高の祝詞であり、真の除霊であり、濁った水(意識)を浄化して行きます。
自分の自我が変われば、それに同調(憑依)する現象は消えます。
そしてキレイな水には、それにふさわしい魚(精霊)が住みます。



自我の成長を止める最善な方法は、

(1)他者への「思いやり」を意識してみること。

(2)これが難しければ、先祖に感謝をすることが最善です。
「自分以外の存在への」愛情と感謝を向ける習慣(先祖供養)が、自我の成長を止めます。
これは、昔の念仏宗教の霊的エッセンスでもあります。

実はこれが、幸運を起こす最高の手段であり、悪霊からの憑依を滅する最強の行為なのです。
憑依とは、自我意識に取り憑く現象です。自我を大きくしたのは、自分の生活習慣であり、間違った思考の選択なのです。憑依現象とは、自分が同類だからこそ霊と引き合う自己責任の現象です。



家に引きこもっていれば、不安や不満に悩んでいる時間が多すぎて、何もしていないのに疲(憑)れても行きます。
不思議ですね。じっとしている方が疲れて病弱に成るとは。


今に感謝できれば大丈夫  2010-12-17 11:45:20

皆さんは過去からの反映や、憑依を心配されますが、それ以上に強い拘束力を持つのは、
今の自分の生活から日々産み出される縁(えん:因縁とも言えます)なのです。悪因・善因と色々と在ります。


善玉菌は、神の代理です 2010-12-11 10:58:36

なんか最近は疲(憑か)れやすいなと感じれば、それは腸内の善玉菌の地図が減っているのです。拡大する必要があります。


霊線 2009-03-19 09:20:15

魔物が取り憑く場合は、最初に右側の霊線を食い千切ろうとします。
先祖との関係を切断すれば、心身共にコントロールがし易いのです。
現実界では先祖霊の守護が最も個人を強く守護しますから、ここを破壊しようとします。


心あっての物種 2009-03-07 10:04:26

学生の頃、パニック障害も数回経験しています。これは完全に憑依現象です。首の後ろに何者かが乗ったと感じた瞬間、手足が硬直して心臓がバクバクします。心が凍る様な悲しみに侵食されるのが認識できます。
心中では第三者的に状況を冷静に見ている自分が居ます。


支配されては駄目 2008-11-13 18:57:32

読者の顔からは表情が消える癖があります。
この様な突然の自分自身で制御出来ないくらいの感情に支配される人の特徴でもあります。 強い憑依体質です。
憤怒の思いが自分の中で沸き起こる気配を、自分でも分かるはずです。 それを観察しながら、制御出来ない自分がいるわけです。
怒りの感情が「あー、来そうだ」と感じ始めた時、自分で気合を掛ければ良いです。
首を縦に振り下ろす様に「エイッ!」とすれば良いです。
発声を伴えば、より効果が増します。
周りに人がいるならば、首を小さく縦に振り、心中で「エイッ」と切れば良いです。
修験道では色々な気合の掛け方がありますが、言霊的にも「エイッ」は良いです。
自分自身で瞬間だけの祓いが出来ます。


向上心が大事 2008-01-29 19:08:10

悲しい霊に憑かれると、無性に理由無く涙が出る人がいます。自身の心は、涙が出てる状態を自分自身で冷静に観察しているものです。 憑依により自分の肉体を操られている時は、フワフワとして心地よく感じる人もいます。


除霊は、不要です 2008-01-02 09:35:18

普通に生活をしていて、霊の憑依を受けるのは、その霊が自身に縁のある霊体です。これを排除する、取り除く心は我良しの考えです。逆に、その霊を気の毒に思い、慈悲の心で3本目の感謝の線香供養で安心成仏させてあげたいと
思うべきです。 そのような心の人間には、守護霊を望まなくても多くの守る存在がいます。


憑依体質について 2007-05-25 23:24:50

憑依体質とは、霊的な守護が弱い人のことです。
先祖へ感謝供養し、日常での感謝想起をしていれば迷える霊は、寄ることが出来ません。



  • 最終更新:2017-09-05 21:11:57

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