悪人正機(あくにんしょうき)

■悪人正機(あくにんしょうき)について
関連項目 親鸞
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不滅の言葉 No.11 2013-07-26 10:59:37

最新医学では、ガン細胞にアポトーシス(自滅)を「誘導させて」、手術をしないで治癒させる研究が進んでいます。
つまり、カルマ(ガン細胞)が存在したとしても、発症させずに水面下で、密かに、自滅させることは可能なのです。
これと同じ意味をラマナ・マハルシは、
「カルマはそれ自体の中に、カルマを自滅させる種も運んでいます」
と言っています。

親鸞(しんらん)さんも仰った、
「悪人正機」(あくにんしょうき:悪人でも反省して善行すれば救われる)
つまり、どんな悪いカルマ(因縁)を保有していても、日々の生活のプログラミングにより、そのカルマの発露を自滅(アポトーシス)させることが可能なのです。
では、「生活のプログラミング」とは何ぞや? これが、

(1) 自分の良心(内在神)に恥じない生活をすること。
(2) 先祖全体(自分の遺伝子)に感謝をすること。
(3) コノ世の期間限定(人生)の内に、自分が出来る範囲で、自分の良心が許すことで、社会常識の範囲の中で、
他人が喜ぶことを行うこと。
(4) すべての人間の右胸に存在する、内在神へ「生かされていることへの感謝」を行うこと。

これが日々の「カルマのプログラミング」です。
悪いカルマを必ずアポトーシス(自滅)させます。



自分の心が志す方向(ing)に死後は進んで行きます。
だから、「今の」自分が持つ志(ココロザシ)が最重要なのです。
自分だけのためという、地獄へのingなのか?
他のためという、天国へのingなのか?
自分で静観すれば簡単に分かります。

もし自分の心の間違いに気付ければ、簡単に方向転換できるのも、コノ世だけの大きな特徴であり期間限定の大きなプレゼントなのです。
自分が死ぬまでに方向転換ができれば、その向かう先は天国に変わります。
これが親鸞さんが仰った悪人正機(あくにんしょうき:悪人でも反省すれば必ず救われる)です。



老子の言葉 第六十二章

(独自の超訳)
道徳(真理)とは万物の奥義であり、善人が大切にする宝であり、悪人が生活出来るのも道徳(善人)が存在する御蔭なのです。この世が悪人だらけならば、悪人も生活が出来ません。

綺麗事を言って尊敬を得る者もいれば、良い行動をわざと見せることによって人々に影響を与える者もいます。
そのような人間も居るのだから、ある人間が悪人だからと言って、どうして見捨てることが出来ましょうか。

だから、天子が即位したり、三大臣(行政・軍事・司法)を任命する時に、宝物を満載した四頭立ての馬車を献上することがありますが、
そのような事をするよりも、低くひざまずいて道徳(真理)を守るように進言したほうが良いのです。

大昔の人々が道徳(真理)を大切に守った理由はなぜなのでしょうか?
それは道徳に従って正しく求める物は与えられ、もし自分に罪があっても道徳に従って生きれば許されると昔から言われているからです。
だから道徳(真理)は、この世で最も貴いものなのです。

(中略)

「道徳に従って正しく求める物は与えられ、
もし自分に罪があっても道徳に従って生きれば許される」
このように、宇宙の森羅万象を知る老子が言っています。
つまり、自分自身の良心に従わなければ、これの逆に成るということでもあります。
日本の親鸞(しんらん)さんも「悪人正機」(あくにんしょうき)として、
「悪事をした人間が深く反省して、それを上回る善行を成せば必ず救われる」としました。



老子の言葉 第四十五章

(独自の超訳)

本当に完成したモノは何時まで経っても未完成に見えますが、その働きは十分に発揮します。
(絵でも文章でも人間でも、本当は十分に完成していましても、何時まで経っても何かが不足しているように思うものです。)

本当に大きな器の人間ほど中身が空っぽに見えますが、その働きの可能性は無限にあります。

(中略)

これと同じことが人間にも言えます。
「自分なんてダメだ」「何をしても中途半端で嫌に成る」
などと私たちは誰でも思うものです。
しかし真実は、そう思えた時点で、その人間は完成「した」のです。

浄土真宗の親鸞(しんらん)さんは、これと同じ意味のことを悪人正機(あくにんしょうき)と言いました。
「自分が悪人だと反省した人間ほど救われる」
「本当の悪人は、自分が悪人だと思えない。それが悪いことだと気付けない。
気付けない間は、罪を犯し続ける」
このような意味のことを仰っています。



親鸞さんは、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
つまり、善人でさえも往生できるのだから、悪人は必ず成仏が出来ると言われました。
これの意味は、自分の罪を自覚して反省が出来るならば、その人は普通の何も考えていない人よりも心の成長が出来る。
更には、自分の罪のための反省からボランティアが「継続」出来たならば、自分の犯した罪以上の善行を成すことも可能だということです。

親鸞さん自身は、自分のことを振り返って考えて、
「浄土真宗に帰すれども、先人の色んな良い言葉は確かに有り難く素晴らしいと思う。
しかし自分は、いまだに見せ掛けだけであり、心も汚いままです。色情にも苦しみます。」
と自分自身のことを反省されています。

そして、「自分の過去を考えると、地獄こそが自分にふさわしい住まいだ」
とも自覚しているのです。
ここからが真の問題であり、親鸞さんは、
「“だからこそ”自分のような人間は、自分の心に阿弥陀如来をひたすら求めるしかない人間だ」
「せめてもの罪滅ぼしに、他人に良いことをするしかないんだ」
と深く自覚します。

だから、自分の罪を自覚出来た人間は、人生のトータルでは善行が勝ることに至ります。


自分を見詰めましょう 2010-10-13 11:36:05

昭和までで霊的な役目が終わっている習慣が有ります。
それは、外在神への信仰(自分の心の中以外の神に頼ろうとする事)、有料の霊能先生に頼る事、有料ヒーラー先生に依存する事、占術を参考にする事・・・などなどです。
平成に入った頃からの空気の波動の中では、上記のような事をすれば効果が出ないどころか、物事が逆に「悪化する」のが本当の実態です。
もし、上記の事をしても何とか行けたのは、それは先祖霊の懸命なサポートと、自分自身の頑張りだったのです。上記の事は、逆に自分の足を引くハンディだったのです。

(中略)

では、上記の経験は、まったくのムダであったのか?
そうとも言えません。上記の事を自ら徹底的に経験し実践した人間は、上記が本当にダメな事を逆に強く認識できます。
自分が「最終的には」、何も改善も好転もしなかった事を強く認識できます。
その認識した経験により、自分の内在神への信仰を確信を持って強めることが出来るのです。(これは親鸞さんの悪人正機`あくにんしょうき`と同じです。罪を自覚できた悪人の改心は深いのです)


親鸞の言いたかった事 2010-05-28 10:04:45

親鸞(しんらん)さんが、「善人でも救われるのならば、悪人を”自覚した者”は120%極楽へ行ける」と断言した真理と共通します。
だから、そこの悩み苦しんでいる、あなた。絶対に大丈夫です。何事も明るく受け止めましょう。


誰が呼ぶ悪人と 2009-01-24 08:50:51

親鸞さんは「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」と言いました。
つまり善人は、よりいっそう成仏できます。だから、悪人は言うまでもなく絶対的に120%確実に成仏できます。
と言い切りました。


関連コメント

悪人正機などどうしてあるのですか?

。。。。悪人正機=自己反省すること、です。
反省ない人間には、悪人正機は無いです。

「だいじょうぶ!「幸せの神様」が微笑んでいる」本、「読むだけで人生が変わるたった一つの方法―伊勢白山道Q&A事典」を出来れば何回も再読してください。
何回読みましたか?
2013-08-26 22:47:59


(2chログ)
最近自分の今までを振り返り、反省や後悔することばかり
・・・・これは、先祖に通じだして進んでいる証拠です。
   もう、40%も往っております。 めずらしいです。

魔の方の人間なのでは・・・・トンでもないです。


これは、親鸞が言っていた悪人正機説が真実だと思いました。
罪を意識している (あなたの罪は大したこと無いが) 人間がひとたび信仰(感謝)に
入ると、善人よりも深く進むことが出来ると。

3本の線香を上げるまで、頑張りましょうよ。
2007-03-17 23:58:38


(2chログ)
人を恨んだ罪は償えますか?

はい。 感謝を今からして行けば大丈夫です。
自他ともに救います。 
親鸞さんは、悪人ほど救われると、主張しました。
南無阿弥陀仏と、普通の人より熱心に唱えるからだと。
大きな罪を自覚すれば、なお更です。

人は一生懸命尽くした人から裏切られると、恨むこともあるでしょう。
当たり前です。 しかし、全てに感謝を始めると執着心が薄くなり恨む心も
続きません。
これからの時代の南無阿弥陀仏は、 生かして頂いてありがとうございます 
2007-03-07 20:47:44


20140620

  • 最終更新:2014-06-20 16:17:36

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