宮沢賢治

■宮沢賢治について
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愛情力は運命を変える 2017-02-07 10:06:45

今日は詩人・教師だった宮沢賢治(菩薩の転生者)さんのことを思い出していました。
彼の短い生涯は、植物への愛情、土への愛情、大地への愛情、生徒たちへの愛情・・・・とにかく「深い愛情」から「知恵」と「悟り」を得た御方だと感じます。

ー中略ー

では、宮沢賢治さんが深い愛情から悟った言葉を見てみましょう。

(1)「無意識から溢れるものでなければ、多くは無力か詐偽(サギ)である。」(宮沢賢治)

無思考から自然と出るモノでなければ、続かない、価値が出ない、ニセモノである。と示唆されています。
これを逆に言えば、「人はどんなに悩んでも、考えているだけでは正しい答えは出ない」とも言えます。

答えが欲しい時は、ソレに関する「行動」を何も考えずに継続する中で、正解が「降りて来る」と言えます。
もし悩みが有れば、それに関する情報のすべてを最初に自分の脳に言い聞かせることが良いです。
そして、その後は、それに付いてもう悩まない・考えないのです。

でも、ふと、ソレに関して普段に悩みが湧き起こるのが人間です。
その時は悩み込まないで、ソレに関する「行動」をして行きます。
これを繰り返す中で、「無思考から正解が溢れて来る」と言えます。
その時は本当に心から、「もういいや」「これで行こう」と自分の中で腑に落ちます。

(2)「我々が出来ることは、今を生きることだけだ。
過去には戻れないし、未来があるかどうかも定かではない。」(宮沢賢治)

過去の嫌な出来事を思い出して、今でもその中で暮らしている人。
まだ来ない未来を心配して、今を未来への心配の中で生きる人。
とにかく生きている今の中で懸命に生きることが、人は苦手です。

今を生きずに、過去か未来の中に逃避して暮らすのが人は得意です。
「今を生きること」・・・多くの聖者が共通して言って来たことが、これです。
宮沢賢治さんも、この心境に達していたと言えます。

(3)「求道、すでに道である。
永久の未完成、これ完成である。」(宮沢賢治)

これは老子の発言、「大器免成」(たいき めんせい)とまったく同じ心境です。
* 本当の大器は、いつまでも未完成である。
* 大器とは、いつまでも完成しないほど本当に大きい。

(一般に言われています老子の「大器晩成・たいき ばんせい:大きな器のように大人物ほど普通より遅れて後から大成する意味」は、大器免成の誤読だったと私は考えます。)

これはつまり、
* 私達も、未熟な自分でも良い。
* ありのままの自分で良い。
* 完成・未熟という以前に、存在していること自体が貴重だ、大切だ。
とも言えそうです。



今の地球には70億人が居るとされていますが、では本当には何人いるのでしょうか?
霊的には、自分と内在神しか存在していないと言えます。
つまり、目を閉じれば、自分と、内在する大いなる存在、この2つしか存在していません。

(中略)

でも、目を開けますと、70億人の他人が存在するのも事実です。
しかし、真相は、70億人すべては自分自身しか見ていないのです。
だからもし嫌いな他人が居ますと、そこには自分自身の中の嫌いな自分が居ます。
映画の中の人を応援する気持ちは、実は自分自身を応援しているのが真相だから見ていても面白いのです。

(中略)

要するに、何を見てもニコニコしている人は、真に幸福な人間です。全肯定してくれる人です。他人を認めてくれる人です。
「何だっていいじゃないか、存在しているだけで」
と言いそうです。
だから宮沢賢治さんが、「静かに微笑む人に私は成りたい」
と言った言葉は深いのです。



詩人の宮沢賢治さんは、「いつも静かに笑っている」というキーワードを大切にされていました。これこそが、覚者の特徴です。
復讐心からの屈折した、嫌味な笑いではなくて、明るい気持ちからの静かな笑顔を日々の生活の中で意識して見ましょう。



真実や真理、正しい法則というものは、とてもシンプルで単純なものなのです。何も難しいことは一切ありません。
自分の自我(ワレヨシ)に注意して、自分の先祖(遺伝子)と良心(内在神)を大切にして生きればすべては大丈夫です。
詩人であり、菩薩の転生者である宮沢賢治さんは、
「すべてにおいて自分を勘定(感情)に入れずに」
と表現されました。
これは、公平な視点を持って生きれば大丈夫ということです。



勢至菩薩(せいし“聖詩”・ボサツ)の転生でもあった宮沢賢治さんは、苦しい時は、
「日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き」
というように、苦しさには反発せずに、抵抗せずに、自分を押し込めずに、無理せずに、素直に反応して静観しています。
このお任せの心境も、苦しい時を超える秘訣です。


罪と共に生きる姿勢 2010-07-27 11:09:10

あの医師の心境は、宮沢賢治の詩だったのだと、彼の風貌から今は思い出します。
「日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き」、です。
やはり、この世の中には、「仕方がない」事が在るのです。その代わりに、決して「忘れない」のです。
嫌な事を忘れようとはせずに、出来れば明るく静かに見つめるのです。なぜならば、この世は必ず過ぎ去って行く次元だからです。物事を見つめる経験をするために、私たちが生まれて来た意味も在ります。


悟りの「後」が大事 2010-01-22 11:01:11

宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩には、本当の覚醒をした後の人間の姿が描かれていると感じます。
「日照りの時は涙を流し。寒さの夏はおろおろ歩き・・・」
これが、悟った人、覚醒した人間の姿です。


太陽神と法華経 2008-01-26 12:49:27

宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を昨日の記事に載せました。
彼は、仏教的には菩薩です。
高次な魂が、民衆を愛するが故に、わざわざ菩薩の行為をする為に降りて来たようです。


関連コメント

宮沢賢治さんのコメントありがとうございます。私の人生の中で何度も賢治さんの言葉で助けられてきました。一つだけ心にかかることがあります。
宮沢賢治さんはどうして若くで亡くなられたのでしょうか?

。。。高位の魂には早死が多いです。
コノ世では水と油で住みにくい。

でも、更に高位の魂は、どこでも平気の天国。
2017-02-09 01:13:22


宮沢賢治は○モだったと聞いたことがあります。仏界5次元の出でも、性癖が正しい状態ではないのは何故ですか。生まれでた霊線の詰まりですか。

。。。違います。
両性から好かれた人でした。
2015-09-15 16:11:55


宮沢賢治さんは、自由な魂の御方でしたか?

。。。。仏界5次元から来た御方です。
2015-09-14 14:27:31


ゴッホと宮沢賢治は共通点が多いそうです。神を信じていたこと、生前作品が売れなかった事、二人とも37歳で亡くなった事・・など。なぜ二人とも死んでから認められるのですか

。。。周囲の理解の未熟です。
2014-03-29 13:44:07


「…日照りの時は涙を流し…」のところですが、原本のノートでは“…ヒドリノトキハ…”と読めまして、“日取り=日雇い仕事”をしている時…というのが、賢治の本意だったのでは?…という説があります。
……はたして、どちらが、賢治の意図だったのでしょうか?
1:日照り
2:日取り
3:賢治はどちらでもよいと思っている

。。。日照りです。
宮沢賢治さんが、労働で泣くことは絶対に無いです。
どんな労働でも、いつも静かに笑っています。
2014-02-28 18:49:39


リーマンさん、上野千里さんの詩を紹介させてください、皆様にかつてこのような武人がおられたことを知っていただきたいのです。私はこの詩を紀野一義さんの本で知りました。
生かしていただいて有難うございます、の根底に流れる「こころ」と思います。
軍医である上野千里中佐は彼にアメリカ兵を殺せと命じた上官と、実際に刺殺した兵の罪を被って、グアム島で戦犯として処刑されました。
これは獄中で遺書として幼い我が子に向けて詠まれた詩、無実のまま処刑される、汚辱と絶望に追い詰められた人が最後に発した言霊、それははこのようなものでした。

みんなに
悲しみのつきぬところにこそ
かすかな喜びの芽生えの声がある
熱い涙のその珠にこそ
あの虹の七色は映え宿る
人の世の苦しみに泣いたおかげで
人の世の楽しみにも心から笑える
打たれて踏まれて唇を噛んだおかげで
生まれてきたことの尊さがしみじみ分る
醜い世の中に思わず立ちあぐんでも
見てごらん ほら あんなに青い空を
みんなが何も持ってないと人が嘲っても
みんな知っている、もっと美しい本当に美しい尊いものを
愛とまことと太陽に時々雨さえあれば
あとはそんなにほしくない
丈夫なからだとほんの少しのパンがあれば
上機嫌でニコニコ歩きたい
それから力いっぱい働こう
そうして決して不平は云わずに
何時も相手の身になって物事を考えよう
いつもつらくても決してひるまずに
どこかに不幸な人がいたら
どんなことでも力になってあげよう
もしすっかり自分を忘れてして上げられたら
もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう
うつ向いていたらいつまでたっても暗い空
上を向いて思い切って笑ってごらん
さびしくてどうしても自分が惨めに見えたら
さあもっと不幸な無数の人々のことを考えてごらん
道はどんなに遠くてもお互いにいたわりあい
みんな手をとり合って歩いて行こう
悲しいときは共に泣き楽しいときは共に笑い
肩を組み合って神のみ栄をたたえよう
朝 お日様が昇るときは
あいさつに今日もやりますと叫びたい
夕べ お日様が沈むときは
夕焼け空をじっと見つめて座っていたい
心にはいつもささやかな夢をいだいて
小鳥のようにそっと眠り
ひまがあったらふるい詩集をひもといて
ひとり静かに思いにふけりたい
幸せは自分の力で見出そうよ
真珠のような涙と太陽のような笑いの中に
今日もまたあしたも進んでいこうよ
きっといつの日か振りかえって静かに微笑めるように
偽って生きるよりも偽られて死に
偽って得るよりも偽って得ずに失えと
天国からじっと見守っているお父さんに
手を振ってみんな答えておくれ「おう」と
何度ころんでもまた起き上がればいい
なーんだこれしきのことでと笑いながら
さあ、みんな朝から元気いっぱい
さわやかな空気を胸いっぱい
大きく吸いながら

。。。よく残されましたね。
宮沢賢治を思いました。
2009-09-04 12:52:53


【編集注記】
出典:紀野一義著「維摩経 大蔵出版」
2011/01/25 04:41:29


20140810

  • 最終更新:2017-02-09 12:11:30

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