安倍晴明

■安倍晴明について
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安倍 晴明(あべの せいめい。921年2月21日ー1005年10月31日)は、平安時代の有名な陰陽師(おんみょうじ)です。
陰陽師は、古代日本の国家官僚であり、学術的な研究官職の1つでした。陰陽五行思想に基づいた学問と天文学を国費で研究しました。

つまり、映画などで知られている正体不明な山師的な存在では決してありません。
家柄的にも百人一首に和歌が選ばれている著名な学者・阿倍 仲麻呂(あべの なかまろ)の子孫の家系です。


ただ、幼少からとにかく不思議人間でした。
安倍晴明の父親が上賀茂神社で陰陽道の修行をしており、京都の山々で修行中に山中で、妖艶な女性(正体が白い狐。名前が「葛の葉」)と結婚して産まれたのが晴明だと伝承されています。
そのように言われるほど生まれながらに不思議な人だったということです。
では、安倍晴明が不思議人間だったエピソードを紹介します。

* 母親が白狐だったために、4歳を過ぎたころから地中の虫を掘り出して食べる癖があった。

* 10歳の頃、住吉大神(海の神様)の大祭に参拝した時、海岸で子供たちに虐められていた亀を助けて龍宮城に連れて行かれた。
そして、動物たちの言葉が自在に理解できる玉と、「年齢を左右する箱」を乙姫様から授かります。
晴明が龍宮城で一夜を過ごし戻りますと、地上では9年の時が経っていたとのことです。

まさに浦島太郎の原型は、安倍晴明だったのです。
この舞台は、京都の籠神社(このじんじゃ)のことだと感じます。つまり、日本海の深海に龍宮城が存在します。ここは天女が舞い降りた(宇宙から)、天の羽衣伝説(あまのはごろもでんせつ)の舞台でもあります。
籠神社は、封印された前文明である白山文明の頃から存在する日本最古の神社とも言えます。

* 晴明は幼少の頃から小さな鬼(30cmほどの眷属神)が友達であり、自分の使い走りに使用していました。
その天性の才能を賀茂忠行に見込まれて、やはり父親の縁で上賀茂神社で陰陽道を学びました。(『今昔物語』より)

* 安倍晴明が結婚してからも、晴明の式神(しきがみ:鬼の眷属神)も一緒に憑いて来て、奥さんと同居していました。
しかし、おひつの御飯を勝手に食い散らかすわ、部屋や廊下をキャーキャーと走り回るわ、便所の穴を下から覗いて笑っているわで、奥さんは半分ノイローゼになってしまいます。

怒り心頭に発した奥さんは、自分と離婚するか、式神を手放すか、はっきりして欲しいと晴明に迫りました。
これに困った晴明は、さすがに奥さんを優先することにして、式神たちを一条戻橋の下に隠しておいて、必要に応じて呼び出して使役していました。(『今昔物語』)

晴明は、子鬼たちを橋の下に連れて行った時、
「お前たちが騒ぐから、こんなことになったんだぞ」
「いいか、お前ら。これからはここで自分で稼いで飯を食え。わかったな」
と言いつけて去りました。

ー中略ー

* 晴明は熊野の那智の滝で千日の行を行ったとされており、晴明の前世は大峰の行者だったとされます。(『古事談』)

安倍晴明には、役 小角(えん の おづぬ。634年ー701年)の転生因子が一部に入っていることを感じます。役行者は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者であり、修験道の開祖です。
やはり安倍晴明のように生まれながらの不思議が有る人は、過去生から継続している因子を持っていると言えます。
京都は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する、不思議な閉じられた盆地だったとも言えそうです。



今朝にふと浮かびましたことは、安倍晴明(あべのせいめい)のことでした。平安時代の大陰陽師であり大呪術師です。
その正体は、父親が京都の上賀茂神社の賀茂氏の家系であることを見ましても、政治を陰から動かす実働部隊としての「忍者」の側面が安倍晴明にはあると言えます。
時の天皇を陰から守護する組織の一人でもあったと感じます。

安倍晴明の子孫の流れを夢想しますと、出て来る名称に「長州藩」が脳内に浮かびます。
まさに明治維新に関わる長州藩です。
そして、長州藩に縁する政治家は、近代の日本政治の大半と言えるほどに多いのです。
安倍晴明の「安倍・アベ」という苗字が興味深いです。
現総理と、同じ苗字ですね。

安倍晴明と現総理の家系との実際の関係は知りません。今から千年も前の人物と、家系との関係などは誰にも分からないでしょう。
しかし、私は苗字につきましては、たとえ血縁は関係なくても、それを名乗る「縁」というものが大きいと霊的に感じます。
養子縁組や結婚でも、その人の苗字が変わりますと、その人の性格や健康や運命も変わることを多く視て来ました。誰にでも名乗る家系の因縁というものが存在します。

安倍晴明が現代に蘇り、現総理の陰に居ると夢想しますと興味深いです。


京都は興味深かった 2011-06-13 19:19:01

京都での用事を無事に終え、京都滞在中の合間に三社ほど由緒深い神社を参拝いたしました。
京都は、鴨(かも=賀茂)川沿いに霊的中枢、いや日本の霊的背景の秘密が在ると感得しました。
中でも上賀茂神社(かみがもじんじゃ)は、陰陽道を学ぶ以前の安倍晴明にも霊的影響を与えた、陰陽道の霊的本家本元だという啓示を受けました。
今の上賀茂神社には、陰陽道の宣伝は消えていますが、霊的な陰陽の実践的な息吹が、今でも生きているのを感じました。


今神道(いましんとう) 2008-05-04 00:02:36

今回、「今神道」を手にした時は、また自称者が沢山出ているのかなと思いながら雑誌を眺めていましたら、久しぶりに実際に力の有る方が、一名だけ居られました。
これは、私には意外でした。 この方は、安倍晴明が使役した式神と通じている方だと観えます。 現代の時代には珍しいです。 これからの太陽霊光の時代に、どの様に変化されて行くのか、私は関心を持ちました。


関連コメント

安倍晴明はまた転生しているのでしょうか?

。。。。今は、守護霊としての活動。
2016-07-22 14:16:51


写真は晴明さんですか?右下にいるのが鬼さんですか?何故鬼の尻尾に火がついてますか?夜暗いときに灯りを灯してましたか?

。。。。鬼火です。式神・眷属神は、霊的な火を持ちます。光ります。
2016-07-22 14:04:32


福井県の名田庄と言うところにも安倍晴明の縁がある場所があると何かで読みました。この場所にも晴明が居たのでしょうか?

。。。。。京都に近いから、行動範囲でしょう。
2016-07-22 13:59:42


安倍晴明公の母君は葛葉稲荷の白狐の化身とは、本当ですか? 晴明が五歳の時に母親の正体を見てしまい、母君は泣く泣く和泉の森に帰ったそうです。 この話は歌舞伎の題材にもなっています。

。。。確かに人間の女性なのですが、もう顔がキツネ顔の女性です。
コ~ンと言いそうです。
やはり、狐霊の転生者です。
2014-09-18 14:33:28


安倍晴明

幽界の鬼神界 9段目 からの転生者です。 
役行者と同じ波動を感じます。

相当大きな役割と使命
・・・・幽界が強い時代(昭和まで) には、意味が有ったんでしょうね。
   人が知らずにしたことも、幽界や地獄の下位の存在は融通が聞かず
   人々を苦しめますからね。 それらから守る為にも。

 でも、幽界が縮小しつつ有る現在にはお役目ご苦労様でした、ですね。
2007-03-28 20:03:32


20140622

  • 最終更新:2016-07-22 16:16:25

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