天皇陛下(伊勢神宮)

■天皇陛下と伊勢神宮について
関連項目 天皇陛下
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ドッペルゲンガー現象 2015-06-24 01:45:01

実は、明治天皇以前の、歴代の天皇陛下が伊勢神宮にはあまり参拝しなかった理由に、ドッペルゲンガー現象に通じるものが有るからだと私は思っています。

伊勢神宮の遷宮(せんぐう:20年ごとに正殿を立て直すこと)の時に、正殿の中心に心御柱(しんのみはしら)というヒノキの柱を地中に埋めます。これが神様のヨリシロとなる本当の御神体であります。
古文献によりますと、時の天皇陛下のご身長に合わせたヒノキの柱であり、天皇陛下ご自身の身代わり、という意味を持つようです。

つまり、伊勢神宮に天皇陛下が参拝されるとは、ご自身に参拝することに霊的になり、いわゆるドッペルゲンガー現象に通じるものが霊的に有ると感じます。
古代から時の天皇陛下が伊勢神宮に参拝された後に、奈良・京都からの長旅の影響もあり、体調を崩されるなどの縁起が悪いことが「天皇陛下に限り」起こったのではないか?と私は推測します。

ところが、明治天皇以降は、あまり気にされずに天皇陛下は何度も伊勢神宮に参拝されています。交通利便の革命もありますが、色々な神事の変更と改革を実行された明治天皇ですから、ご自身の霊感と啓示により、心御柱に関する「時の天皇陛下の身長に合わせる」という古伝を変更されているかも知れません。
皇居を江戸に移動させるほどの明治天皇ですから、過去に前例の無いことをされた可能性が十分に有ると私は考えます。

また、これとは別に、天皇陛下の歴代の皇女が伊勢神宮を普段から守っておられますから、天皇陛下ご自身が伊勢神宮に参拝されることで、皇女の権威を周囲に「下げさせないため」という親心もあったかも知れません。


参拝秘事 2013-02-09 11:08:35

明治天皇の世紀になるまで、歴代の天皇陛下が伊勢神宮への参拝をされなかった理由を、霊的な意味でのみ書きたいと思います。これは時代考証を無視した、私の霊的世界観と直感のみの意見であることを知っておいてください。

まず、この始まりの起源は、崇神天皇(すじんてんのう。紀元前148年~)の身に起こったことが、原因の大元に在ると感じます。まだこの時は、伊勢神宮の内宮は無いです。外宮の原型の聖地は、このはるか以前から今の場所に存在したと感じます。

崇神天皇の時代までは、三種の神器(鏡・神剣・勾玉)と天皇は、「同床共殿」であったとされています。つまり、奈良の皇居(三輪山の近所)の住まいに、三種の神器も置かれていたのです。
ところが三種の神器が、三種共に同じ場所に置かれたために共鳴して反応し、夜な夜な発光したり、鳴動したりと崇神天皇を驚かせたと感じます。
この以前の天皇は平気だったのですが、崇神天皇は政治という穢れを行う者である御自分が、このような畏れ多き神器と同じ場所で生活するのは、とても失礼だと思われたと感じます。

そして崇神天皇の娘である皇女に、三種の神器の中でも天照太御神の分神とされる八咫の鏡(やたのかがみ)を持たせて、この神器を祭る聖地を探すように命じました。
しかし結局、崇神天皇の皇女の時代には、八咫の鏡が鎮まる聖地が見つかりませんでした。そして次の垂仁天皇の第4皇女・倭姫命(やまとひめ)がこれを引き継いで、近畿圏をさまよった結果の最後に、今の伊勢神宮の内宮に八咫の鏡を安置することになります。崇神天皇の皇女から始まって、すでに90年の歳月をかけて八咫の鏡は伊勢神宮に鎮まることになります。つまり、歴代の天皇が伊勢神宮に参拝されなかった理由は、

(1) 歴代の天皇は、三種の神器を祭る伊勢神宮には、穢れのない皇女のみが関わるべきとして、国の祭政を行う天皇は遠方からの遥拝に徹したのが1つの理由です。
これは伊勢神宮に、一般人の参拝が許されなかった世紀が長く存在した理由でもあると感じます。
天皇陛下でも接近を畏れられた存在(天照太御神・神器)に、一般人が五十鈴川を渡って接近するなどはもってのほかだったのです。
現代に一般人が伊勢神宮に自由に参拝できるとは、とても有り難く畏れ多いことなのです。

(2) 伊勢神宮の御祭りの秘中の秘に、時の天皇陛下の身長に合わせて切断したヒノキの柱を、御神体として御正宮の正殿の中央の地中に安置する秘事が存在すると思います。
つまり、天皇陛下とは生きた人間でありながらも、伊勢神宮に御神体として天皇霊が存在する意味があります。
つまり天皇が伊勢神宮に参拝するとは、御自分への礼拝にも霊的には成るのです。本当の自霊拝です。
そして、天皇の長命を考えた場合、御自分の霊との接近を避けたほうが良いという迷信があったと私は感じます。

自霊拝は霊的には問題は無いことですが、コノ世の政治と見えない世界を混同させないために、また聖域の保全のために、伊勢神宮の神事は皇女を斎王・祭主として天皇が全託する習慣になったと感じます。
この型が、現代でも黒田様により引き継がれることは、まさに神意であり天照太御神の実在証明だと感じます。
ここに、日本のナントナク幸運に進む秘密が存在しています。



天皇陛下が心臓の手術をされた翌日から感じていたことは、畏れ多いですが何となく自分の心臓も軽くなった気持ちがしています。爽快な感じが継続しています。
これは、陛下の心臓手術を心配していたことから解放された心理が、私に影響をしているのでしょう。しかし、他の多くの方々の心臓のオーラを視ましても、やはり陛下の手術以降に改善したと感じています。
やはり今の陛下は、日本全体の縮図となられている可能性が高いです。

そもそもこれは、天皇霊という存在(国の魂)を宿す御方である天皇陛下としては、古来から伝承される仕組みとして、十分に有り得る話なのです。
伊勢神宮の秘中の秘は、内宮と外宮の正殿(しょうでん)中央の床下に埋めて立てられています心御柱(しんのみはしら)と呼ばれるヒノキの柱が御神体であることです。
このヒノキの柱は、 忌柱 ( いみばしら ) ・ 天ノ御柱 ( あめのみはしら ) ・天ノ御量柱 ( あめのみはかりのはしら ) とも呼ばれています。
この聖なる柱は、なんと時の天皇陛下の身長に合わせて切られている伝承が古文書に存在します。20年ごとの遷宮(せんぐう:建て替え)に合わせて、ヒノキ柱の御神体も交換されています。

つまりは、天皇陛下とは伊勢神宮の動く御神体でもあり、国家や国民の色んな物事が反射する相関関係が霊的に在ります。
陛下の心臓の詰まりが改善されたことは、国民と人類全体の心臓に反映して、更には国家に起こる国難が危ないと思われるが、最終的には取り除かれる暗示が出来たのです。
今回の手術では、3箇所の心臓の改善ポイントがあったようなので、これから3つの国難が有り得るのが改善される可能性を暗示として感じます。



伊勢神宮が直接に管理して、遷宮(せんぐう:建て替え)する御宮は、125社あります。
今上天皇も、125代目の天皇です。この関係には、深い神意が在ります。
今の天皇陛下こそは、“近年”3千年の文明の大取(おおとり。最後に出る重要人物のこと。)を務め、新文明の天皇へと引き継ぐ役目をする任務の御方だと感じます。
今で言う大取とは、紅白歌合戦などで最後の大物歌手のことを指しますが、本来の意味は大鳥(おおとり)という神様の意志を伝達する神使を意味すると感じます。
伊勢神宮はニワトリ、とくに尾の長いニワトリを大切にしています。尾長鳥(おながどり)とは、伊勢神宮の宮司の装束でも尾の長い鳥の姿が表現されるほど、神道では重要な意味を持ちます。
天皇陛下は、無事に御子息へと皇位継承をされることが出来ます。今上天皇は神意を受けた、大いなる任務の御方なのです。


神話が生きている聖地 2010-12-04 10:59:00

世界でも日本の皇室だけが、とにかく二千年以上も「天皇」の位を無くさなかったのは奇跡であり神様の神意です。
ただ、その長い世紀の間には、皇室の意志ではなく、時の権力者により権威の政治利用がなされて、神社もその影響対象だったのです。

古老からの話:
「内宮は格上で、伊雑宮は下なんよ。だから向こうには天皇陛下が行かれて、こっちには皇太子殿下が来られる。
でもね、本当はこっち(伊雑宮)が本だったんだよ。
遷宮の年度も伊雑宮が先に早かったんだ。でも途中から内宮を先にして、伊雑宮が後回しにされるようになった。



ここで興味深いのは、天皇陛下と心御柱の関係です。
400年ほど前の文献「大神宮心御柱記異本」によりますと、遷宮(せんぐう)により御正殿を建て替える時の新しい心御柱は、時の天皇の身長に合わせて、心御柱の長さを切ったとあるのです。心御柱=天皇陛下、でもあるのです。



伊勢神宮の御正殿(ごしょうでん)を幾重にも囲む玉垣(たまがき)の中でも、神官により案内されて内側の玉垣の中で参拝をする事を御垣内参拝(みかきうちさんぱい)と言います。
今回は、写真集「 太陽と大自然の神々の地、伊勢 」の御礼を兼ねて、「読者を代表して」正式参拝をさせて頂きました。
今回は旅行に行く前から、内宮での「国家繁栄」の大々神楽(だいだいかぐら)の奉納と、内宮の御垣内において「国家安泰」と「天皇陛下の長寿」への思いを奉納するつもりで行きました。

正式参拝をさせて頂いて、伊勢の神様は生きておられると言う事を体感しました。
不思議な奇異は一切無かったのですが、一つだけ言いますと、内宮御正殿の中重鳥居(なかのえのとりい)の真下あたりで、とても強い潮風(しおかぜ)に全身を包まれました。
まさに前方の正殿(しょうでん)が海であり、そこから海の香りがする風が吹いて来る感じでした。隣にいた家族には、分からなかったようです。

伊勢神宮は明治時代まで、個人からの寄付や祈願を正式には受け付けていませんでした。その代わりに個人の願い事を厳禁にして、国家の安泰と繁栄だけを奉納する場所としていたのです。ただ、運営費は国からの税金でした。
この二千年近く続く仕組みを変更させたのが、明治天皇でした。
明治天皇が伊勢神宮を個人にも開放させて、個人からの寄付や祈願を受け付け始めました。この変更の御陰で現代の伊勢神宮は、税金に頼らずに寄付で運営されています。
これから首相が変わっていけば、財政難の名前の下に、無慈悲な緊縮財政が始まる可能性があります。
もし明治天皇により、個人寄付の導入がされていなければ、税金に依存する伊勢神宮では存続出来なかったかも知れません。
まさに100年間を掛けて、「神宮が存続できる体制」を明治天皇が予見して改革していたのです。
ただ、遷宮(せんぐう:20年間ごとの建て替え)の余った寄付金を、神宮から「逆に」国へ寄付する仕組みや、信仰への課税を新政権は始めるかも知れません。
ただ、今回の内宮参拝では、ほんの数十年しか生きられない人間には、ビクともさせる事が出来ない磐石な神の息吹が存在することに安心しました。


20141129

  • 最終更新:2015-06-25 12:12:48

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