古事記

■古事記について
目次

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古事記は、物凄い霊力で神界から降ろされた予言書です。
その中でも、「山幸彦」と「海幸彦」(やまさちひこ と うみさちひこ)は、『記紀』(古事記と日本書紀)に記された日本神話なのですが、これからの日本のある「流れ」を完璧に予言していると感じます。

古事記の作成者である太 安万侶(おお の やすまろ)は、国家の文官官僚として古事記を編集したにすぎず、内容を降ろしたのは、複数の超弩級(ちょうどきゅう)の霊媒者たちだと感じます。



今の国際情勢の国難の中で、日本が大きな歴史的な節目に急ぐように向かっていると思えて成りません。
何を急いでいるのかを、預言書「古事記」から降ろしたいと思います。

出雲大社の御祭神の御正体は、霊的には正にスサノオ神そのものです。
古事記を霊的に裏読みしますと、スサノオ神とは、天照太御神の神界を仕切る家臣たちのイヤガラセにより、「濡れ衣」(女官たちへの暴行、食糧への汚染、動物・家畜への虐待・・・・)を着せられて日本神界から追放されています。
そしてスサノオ神は、言い訳を一切せずに、天照太御神に対して

「では、自分たちが産み出し・育てる国民が、どんな民衆に成るのかを後世に見比べて、誰が正しいのかを見せ合うことにしましょう」

と言い残して、日本神界を去りました。それからスサノオ神は、今の台湾の大地に寄ってヒノキ(台檜・たいひ)を置き、そして大陸へと渡っています。
大陸を旅したスサノオ神は、古代イスラエルを産み出し、他にも今の国旗に「月」を頂く国々を、厳しい戒律の順守をもって産み出す種も置きました。

そして、そろそろ母国の日本神界に帰りたいと思ったスサノオ神は、古代イスラエルのモーゼに対して雷鳴をもって啓示を行い、「十戒」の戒律をモーゼに授けて、
「とにかく、日が昇る東の東の、コノ世の最果てまで行きなさい」
と啓示して、今の日本の伊勢へと行くことを啓示しました。

モーゼをヨリシロとして日本に帰国したスサノオ神は、天照太御神への気遣いとして、
「自分は、決して表に出ない陰の神として、黄泉(ヨミ:冥界・霊界・地獄界・魔界)がおとなしく鎮まるように陰の支配者として、大人しく四国(死国)に忌部(いんべ:陰の者)として鎮まります。
そして、表に見える形では、出雲に高層の神殿に別名(大国主大神)で居ます」
と、スサノオ神は天照太御神との間で契約します。

天照太御神は、自分の家臣の悪罪を知っており、兄弟神の帰国を受け入れます。
そして、弟の大神への気遣いから、
「私の天孫(てんそん:孫)たちが皇位に就く時は、必ずあなたの許可を得ることに致しましょう。このことが家臣たちに分からないように認可を得るために、私の使いを死国(四国)へと向かわせましょう。
その時に、あなたの孫が、皇位の着物を提供すれば良いのです」
と告げました。

天(陰・陽)が産みだした、三貴神(さんきしん)という原初の兄弟神でありながら、悪い他の下々(国・地域)からワイロを受けた家臣たちが、神界の大神へと悪影響することがあるのです。
これは、現代社会においても、社長であっても慣れたお局さんの古い女性事務員に、社長と会社が操縦されることが起こります。
陰口が先入観を産み出して、全体の人事にも影響されるようなことです。大きな物事の本当の原因とは、些細なことが発端になるものです。

陰の忌部として隠れていたスサノオ神が、永い永い後世の孫たち同士が結婚することで、何らかの形で表に出ることに成るかも知れません。
スサノオ神は、天津神(あまつかみ)でありながらも、押し込められた国津神(くにつかみ)を陰から束ねる存在でもあります。
人類創世記に、自分自神が押し込められた「転写」が、国津神を産んだとも言えます。

この話は、歴史を時系列で理解しようとすれば矛盾しており、辻褄は合いません。
古事記とは、時間系列を無視した、いくつもの次元の話が重なっています。
複層する、並列して存在する世界とは、最新の宇宙物理学ではようやく可能性が指摘され始めています。
以上の話は、あくまでも私が夢想する世界での古事記の「裏読み」です。


「古事記の予言」 補足 2014-05-05 10:26:38

このイザナギとイザナミの夫婦喧嘩の場合の日本とは、記紀神話上にこの1回だけ登場し姿を消した白山ククリヒメであり、この後に天照太御神として再誕・復活することに成ります。

“(過去記事より引用:【時間は円周だった 2012-07-31 10:43:11】)
神話におきましても、イザナギとイザナミが「黄泉の坂道」(よみのさかみち:コノ世とアノ世を繋ぐトンネル)の出口において、殺し合いの夫婦喧嘩を始めようとした時、夫婦のまだ生まれていない「未来の子供たちを代表して」、白山ククリ媛神が初めて現れて夫婦喧嘩を仲裁しています。
白山ククリ媛神が神話に登場するのは、この時の一回だけです。この夫婦喧嘩の後に、イザナギとイザナミは多くの神々を産み出します。白山ククリ媛神が現れることは、その後は二度とありませんでした。

時系列が変ですが、未来に生まれる多くの子供神たちをククリ束ねた「統一神」として、白山ククリ媛神が登場して喧嘩を仲裁しています。
つまり私たちにおきましても、今の自分自身を助けているのは、未来の自分である可能性を神話は示唆しています” (以上)


古事記の予言 2014-05-04 09:51:24

古事記の神生み(カミウミ)神話によりますと、夫神であるイザナギ神は子宮ガンにより亡くなった愛妻のイザナミ神を連れ戻そうとしまして、黄泉の国(ヨミノクニ:アノ世)へと乗り込みます。
しかしイザナミは、もう自分の肉体は汚く朽ち果ててしまっていますので、夫との楽しい思い出のためにも自分の姿を見ないで欲しいと灯りのない世界の暗いドア越しに夫に懇願しました。
しかし、愛する妻の姿を一刻も早く見たいイザナギは、妻との約束を破ってスキを見て、自分の頭に付けていたクシを燃やしてドアの向こう側を覗きこみました。

これに気付いた妻イザナミは怒り狂い、夫に対して
「私はこれから毎日、一日に千人ずつ人間を殺しましょう」と言い、
これに対しイザナギは妻に向かって、
「それなら私は人間が滅びないように、一日に千五百人も生ませましょう」と言いました。

この神話のキーワードは、
約束を破ることによる争い。
恥部の暴露による争いの始まり。
情報の漏洩(ろうえい)による酷い闘争の始まり。
などを象徴しています。



古代の信仰には、「柱」と「3」というキーワードが存在します。
神霊が示す内容には、3という数字が非常に多いです。神界と現実界の間には、3を基準とする転写の関係性が存在するのを感じます。
古事記におきましても、イザナギとイザナミの親神2神から子供神の3神が生まれてから、これ以降に多くの神々が誕生発展します。3神以降は急増するわけです。

3つがそろえば→急増拡大し→また3へと収束する、この繰り返しが宇宙の呼吸だと感じます。
今の文明も3で始まり、現代で1つの拡大の臨界点へと達し、再びこれから3へと戻ると感じます。
まず、今の文明のすべてが、これから1/3というキーワードに向かうことでしょう。
車の燃費、消費電力、天然資源の必要性、・・・・すべてがエコな1/3へ。などのように何もかもが少なくなる1/3へ向かうと感じます。



感じますことは、1つなる根源存在は、自分の姿を見たかったのです。
自分の姿を見るためには、自分自神を分けて人間を発生させるしかなかったのです。
これが聖書や古事記に記述されています、神々が分化派生していく創造の過程なのです。



自分自身が日々の生活の中で“置いていく”、他人や動物・モノへの思いやりの気持ち、感謝の気持ちが、霊的には独立(分魂:ぶんこん。魂を分けること。)して滞積していくのが霊的真実です。
今の自分は生活の中で、どんな気持ちを日々に「置いている」のかを注意しましょう。
他人を罵倒する分魂を産んでいるのか?他人を励ます分魂を産んでいるのか、色々な思いを自分が日々産み「出して」いることを知りましょう。

自分が産み出した分魂は、霊線により自分自身の霊体と接続されています。
だから私が人物を視ますと、その人が引きずっている過去の色んな思いの分魂を視ることが出来ます。
人間の思いとは磁気のカタマリです。分魂は、霊的磁気で構成されています。
人間とは、自在に善悪色々な思いの分魂を生み出すことが出来るという、神様のような側面を持ちます。

このことは、神話でも表現されています。
古事記において、イザナギ神とイザナミ神が国産みという国土大地を形成するさいに、足が未完成なヒルコ神を最初に産んでいます。
両親神は、ヒルコ神を草で出来た船に乗せて海に流しています。
流されたヒルコ神は後に成長して、この世の幸福を左右する福の神であるエビス神へとなります。

これの意味は、人間はイザナギ・イザナミという両性の神性を心に宿しており、日々自由に思いの磁気を出してヒルコ神を創り出していることを示します。
ヒルコ神の足が未完成というのは、思いからの磁気分魂のために肉体(足)を持たないという意味なのです。
しかし、このヒルコ神が後に幸福に影響するということは、人間が出した思いの磁気が、後でその人物の幸福を決めて行くという真理を表現しています。

この神話の2つの目の真相は、ヒルコ神が国産みという、国土(肉体)形成の場面で最初に登場することに隠されています。
この神話は、最初に「国産み」があり、これに続けて「神産み」という多くの神々を生み出す神話となります。
つまり、神産みでは無くて国産みで現れたヒルコ神は、神では無く国土を表しており、それは足が無いという浮島(うきしま)を意味しています。
太古に太平洋に在ったムー大陸は、現代科学の地層学では痕跡が一切ありません。
これは、足が未完成というヒルコ神の象徴で表現された島だったのです。

神話とは、超太古からの口伝(くでん。話し言葉の伝え)を古事記などに記述されていますので、とても表現が変化した隠喩(いんゆ。隠された表現)に成っています。
原初の始祖二神の最初の子供が未完成だったという神話は、世界中に残存しています。



古事記を見ましても1つなる根源の神から、いろいろな神々が分派発生しています。
下に行くほど、御神名に個性が表現されています。
つまり、個性を持つ次元の神様を信じるのか、名前も無い根源の神様を信じるのかが、これから大切な分岐点です。
今までの世界の戦争を見ましても、その背景には信仰の問題が隠れています。
神の名前を超えた1つなる神様に思いを寄せる必要があります。それは、各人の内在神なのです。
人間は、最高神を宿すから生まれて来たのです。名無しの神様に名前を付けるのは、個性の発生であり、自我の誕生でもあります。
自我が増せば、国家同士では戦争になります。名前が付けられることで、区別と差別も起こります。



私の感応では、今の宇宙は11次元が最終次元だと感じます(これは宇宙物理学的に証明されつつあります)。そして11次元を超えると、また元の1次元に戻る感じです。
この宇宙の次元の誕生の流れは、古事記において、神様たちの誕生の流れとして表現されています。

問題は古事記の中で、スサノオが母親を求めて、天地が鳴動するほど泣きわめいたと言うことです。父神のイザナギでさえも、止めることは出来ませんでした。スサノオが母性を求めて泣いて泣いて、天変地異が起こったのです。泣き声の波動で山を創り、涙で大海を創るほど泣き腫らしました。
ある意味、スサノオの母親を求める飢餓感が、天地の創造を成したのです。
ここで、スサノオ=人間であると仮定しますと、人類が持つ隠された興味深い側面が浮かび上がります。
人間は男女共に、満たされない飢餓感を心の奥に持ち、この飢餓感を満たすのが異性や金銭や社会的成功だと錯覚しているのです。
しかし、人類が本当に求めているのは、性別を超えた永遠なる「母性」を全員が求めているのです。だからこの世では、人間は何を手に入れても飽きますし、心の深部では満足が出来ないのです。
人生とは、生活の中で母性に出会うために生まれて来たとも言えます。


神の実在 2010-03-24 09:52:57

今改めて感じている事は、いよいよ「神の実在」を現実界において表し始めたと言う事です。
地球をも壊しかけている現代文明の末期の今、神なんて居ないよ、居るなら見せろ、死んだら終わりさ、やったもん勝ち。。。などと思っている人間が大半です。
ところが、このままでは終わらせません。これから古事記や旧約聖書に書かれている様な内容が再現されて行きます。


神話の転写 前編 2010-01-02 17:19:10

古事記には、イザナギとイザナミの両神(両親)が地球において、最初に大陸を造り出した様子が「国生みの神事」として記述されています。
ナギ・ナミの夫婦神が、空中に浮かぶ神界と現実界を結ぶ橋(天の浮き橋、あまのうきはし)に立って、神剣である矛(ほこ、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%9B)で大海原をかき回したそうです。
「天の浮き橋」とは、次元移動の橋渡しをする乗り物だと感じます。私に観えるのは、五色の電磁気の雲のカタマリの様に感じます。
夫婦神は、この五色の雲の上から「夫婦で力を合わせて」矛=天の沼矛(あめのぬぼこ)で海をかき混ぜて、矛を海中から引き上げました。この時、矛の先端から滴り落ちる海水が凝り固まって大地が形成されたと神話は伝えます。
この神話には、色々な意味が複層的に含まれています。
例えば霊的には、国生み=子供生みの神話とも私には伝わります。
五色の色彩は、古来より宗教でも大切にされている色です。陰陽五行と言う、この世の五大元素(「木の気」「火の気」「土の気」「金の気」「水の気」の五つ。)を表し、創造を暗示します。
分かりやすく言えば、五色の明るい寝具の上で夫婦が和合すれば、子供が生まれ易いとも解釈できます。矛とは、先端が逆に太く成っている剣です。これは男性器を暗示します。神話では女性は「海」と表現されている訳です。

もし、大地を造り出した神話に登場する天の沼矛(あめのぬぼこ)が実際に存在していれば、驚くことでしょう・・・。
実は存在したのです。
白山中居神社の背後の奥に広がる、白山のとある斜面に実在していたのです。白山には、古代の神話に関わる物が現実界に転写されて、その形を自然の物が現すのです。
この写真を見せられた時は、大変に驚きました。今は存在しないこの巨石には、不思議な事が近年に起こったのです。  (続く)


伊勢~熊野、天河へ 6 2009-11-30 10:41:02

最初に到着したのが熊野速玉大社でした。
ここは、街中に在る観光地と化していました。神社の由緒書きを見ますと、祭神の本体は近所に存在します神倉(かみくら)神社の巨石の磐座(いわくら、神気が降りる巨石)である「ごとびき岩」だと明記されていました。
朱色に飾られた速玉大社本殿に、私たちが生かされている感謝を捧げ、「ごとびき岩」へと向かいました。

危険な500段以上のガタガタの石段を登った先に御神体としての「ごとびき岩」が在りました。
ここは古事記にも登場している場所であり、神武天皇も磐座から今の新宮市を一望したとのことです。やはり、古い磁気を感じ取りました。神武遠征どころか、縄文人のような人々が祭祀を行なう風景を感じ取りました。


古事記の多重性 後編 2008-11-23 15:17:50

(2)の記述には、霊的世界の諸相から現実界での出来事
まで、沢山の内容が含まれています。
「スサノオは、アマテラスの疑いを解くために、2人でウケヒ(宇気比、誓約)をしよう
と言った。二神は天の安河を挟んで誓約を行った。」
朝鮮半島から来た海洋民族集団は、現在の京都と奈良県の
県境あたりに在る川を挟んで、日本側を代表する神巫女と
武装した男性陣と向き合いました。

異国に来て地理感の無い所での多勢に無勢では、勝ち目が
無いと考えている大陸集団は、侵略の意思が無い事を証明
する為に、自分達が持っている金属剣・武器を全て差し出す
から、その代わりに食料と穀物の種子を交換=ウケヒ、して
欲しいと申し出ました。
日本側は、この申し出を受け入れたのでした。

「まずアマテラスがスサノオの持っている十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取って
それを噛み砕き、吹き出した息の霧から以下の3柱の女神(宗像三女神)が生まれた。」
この十拳剣とは、長い剣を指すのではなく、十と言う数字は
沢山の大量の数量を意味します。 大量の剣を受け取った
日本側に取っては、金属の剣が珍しい物でした。 
しかし、このような危険な物は不要だと考えた日本側は、
大陸集団からタタラによる鋳造技術を教えて貰い、金属剣を
溶かして、それで金属の鏡を造ったのです。
人の顔が映る金属鏡を御神体として、その後に祭り大事に
しました。 女神とは、金属製の鏡の事でした。
「それを噛み砕き、吹き出した息の霧から」・・・この記述は、
まさにタタラ鋳造の模様を表現したと感じます。

「次にスサノオが、アマテラスが持っていた「八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠」
受け取ってそれを噛み砕き、」
これは、日本側から大量の色々な穀物と、その種子を大陸
集団が受け取った事を意味します。
「受け取ってそれを噛み砕き」・・・これは、文面の通りに受け
取った穀物を食した事です。

スサノオから「吹き出した息の霧から以下の5柱の男神が生まれた。」
問題は、この文です。
ここで、いきなり原初の神界時代の出来事が、上記の物語に
時代・次元を超えて結合されています。
原初の神界において、天照太御神が保有する種稲を貰い受
けたスサノオは、稲から5種類の木を生み出しています。
ヒノキ・杉・くすの木・ケヤキ・松の原種ではないかと感じます。
神界において、稲から木の原種が誕生したのです。
この霊的事象を、スサノオが5柱の男神を生んだと、古事記
では表現しています。

この様な時系列を無視して、1つの物語にまとめたのが古事記
です。 これが古事記が難解とされ、後世の偽書とされる
原因の1つです。 
しかし、ただ繋げたのでは無く、必ず同じ霊的因縁を持つ事象
同士を時代を超えて繋げまとめ、1つの物語にされています。
これは、とても人間技とは思えません。
全ての時代、次元を自由自在に観通す能力があり初めて可能
な事です。 古事記の作成には、超太古神霊からの憑依に
よる関与が有ったと言う事です。

今回の解釈は、1つの面に過ぎません。
この同じ箇所でも、まだ3つ以上の霊的解釈が浮かんで来
ます。 ウケヒ=外国人との性交、混血児の誕生と発展・・・
などなど広がります。
恐らく、過去の多数の次元のまとめだけでは無く、未来をも
予言している可能性が大いにあります。 
預言書の面も、古事記は持ちます。


古事記の多重性 前編 2008-11-22 10:37:04

古事記における、アマテラスとスサノオの誓約(うけい) :
(1)父イザナギが海原を支配するようにスサノオに命じたところ、スサノオは母イザナミがいる根の国(黄泉の国)へ行きたいと泣き叫び、天地に甚大な被害を与えた。イザナギは怒って「それならばこの国に住んではいけない」としてスサノオを追放した。
スサノオは、姉のアマテラスに言ってから根の国へ行こうと思って、アマテラスが治める高天原へと登っていく。アマテラスは、スサノオが高天原を奪いに来たのだと思い、弓矢を携えてスサノオを迎えた。

(2)スサノオは、アマテラスの疑いを解くために、2人でウケヒ(宇気比、誓約)をしようと言った。二神は天の安河を挟んで誓約を行った。まずアマテラスがスサノオの持っている十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から以下の3柱の女神(宗像三女神)が生まれた。
次にスサノオが、アマテラスが持っていた「八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠」受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から以下の5柱の男神が生まれた。 (以上、Wikipediaより引用)
解釈 :
この現実界の次元が形成される以前、最初に神界が形成
され、そこで個性を持ち始めたエネルギー体同士の間で、
色々な沢山の物語がありました。
その時の出来事が原型と成り、現実界へ何回も似た内容で
色々な時代に渡り転写、つまり再現されました。
地球創生時代から近年二千年前ぐらいまでの間の、文明・
国地域・年代を跨いで再現され発生した事を、時系列を無視
して一つの物語で現したのが古事記です。
地球創生に関わった超太古神霊からの波動を受けて表記さ
れた箇所が幾つも観られます。
もちろん、時の権力者により消されたり、変更、反対に表現
されている箇所も随所に有ります。
今回は、古事記に在る「ウケヒ」を例にして、物語の多重性を
説明します。

((1)は、原初の神界で、この様な事は有りました。
このパターンは、国レベル、個々の家庭レベルに置いて無限
に時代と地域を越えて繰り返されています。
例えば3000年ほど前に発生した事件の1つが読み取れ
ます。 朝鮮半島に居住して、船の海洋術に優れた民族が
存在しました。 これを古事記では、
「海原を支配するようにスサノオ」と表現しています。
この場合のスサノオは、朝鮮系民族を指します。(勿論、原初
の神界の神々の物語とは関係ありません。パターンが現実界
へ転写した1つの出来事と解釈して下さい)
ある時、朝鮮系の海洋集団の中の大きな部隊が問題を起こ
し、国を追放されました。
そして向かったのは、太陽神を崇拝する稲作文化の国である
高天原、この場合は日本国の事です。
続々と押し寄せる船団に驚いた日本は、武器を準備して
海洋集団に向き合いました。
この海洋集団の代表者は、自分達は安住の地を求めて来た
だけであり、日本を侵略する気持ちが全く無い事を告げました。
しかし日本側は、これを中々信じなかったのでした。 (続く)


鼻で息をする事 2008-09-20 20:27:04

スサノオは、『古事記』によれば、神産みにおいてイザナギが
黄泉の国から戻って禊を行った際、鼻をすすいだ時に産まれ
たとされます。
親神イザナギの鼻から生まれたスサノオは、そのエネルギー体
が人格神の形象を取る場合、立派な良い鼻をして現れます。
ただ大きいのでは無く、品があります。
神話のスサノオは、霊的には現実界の人間の色々な面を現
しています。 
その人間を表現するスサノオが鼻から生まれた・・・。
人間には、鼻が重要であり、その意味は呼吸が重要だと言う
事です。
霊性の向上には、深い鼻呼吸が大事です。

根源存在は、無数の神々の中でも今回は、スサノオに
鼻(花)を持たせたい様です。


太陽軌道と黄泉の国 2008-04-05 17:50:18

古事記をリーデイングすると、伊勢から太陽が生まれ、太陽
が沈む伊勢の西方面の地域を「黄泉の国」としたことが分か
ります。 つまり、熊野地域です。 熊野神社系の霊的背後
は、黄泉の国を国常立太神から任されているスサノオです。
スサノオは、眷属として鬼神界と天狗界を使います。
現在の熊野地方には、天狗霊が守護しています。
しかし、太陽霊光によりだいぶ減りましたが・・・。

古事記の世界観では、熊野地方に「黄泉の国」の入り口が
存在するとしましたが、私の感では、黄泉の国の入り口は、
現在の琵琶湖周辺に存在する、地名に「坂」が付く地域では
ないかと考えています。 そして、その延長線には鞍馬山が
存在します。 この坂道は、神を売り物にした人間が、たくさん
下り降りる坂道です。  この坂道は、不思議な坂道です。
この世から降りて行くときは、なだらかな坂なので下っている
事に中々気が付きません。 坂道の途中には、美味しい木の
実もたくさん成っています。 幸運にも、坂の入り口の方から
親に呼ばれた様な気がして、下っていた坂道を振り返り、
下から坂道を見上げると断崖のような急斜面に変わってい
ます。中々、坂道を引き戻ることは容易では無さそうです。 
しかも、降りてくる時は、木の実に見えた物が、戻り道では
全てが蛇やムカデの固まりに変わっている事でしょう。
坂を降りる時に自分がかじり捨てた林檎の欠片を見ると、
それは腐った死肉に変わっています。
父神のイザナギ大神は、この黄泉の坂道を駆け足で引き戻
る事に成功しましたが、旅をする魂には大変難しい様です。


神話ヤマタノオロチ 2007-11-23 10:28:05

日本神話のヤマタノオロチ伝説について、リーディングして
視ました。この神話には、幾つもの時代の出来事が重複し
て織り込まれており、色々な解釈が出来ますが、今回は
この物語の核と成る、その中でも新しい3500年ほど前の
出来事を書きます。

高天原を追放されたスサノオは、川を上ってみると老夫婦が泣いていた。その夫婦には8人の娘がいたが、毎年古志(古事記では高志と表記。越国とも出雲国古志郷とも考えられる。)からヤマタノオロチがやって来て娘を食べてしまった。今年もオロチのやって来る時期が近付き、このままでは最後に残った末娘のクシナダヒメ(櫛名田比売、奇稲田姫)も食べられてしまうので、泣いているのであった。
スサノオは、クシナダヒメを妻として貰い受けることを条件に、ヤマタノオロチ退治を請け負った。スサノオがオロチを切り刻んだとき、十拳剣の刃が欠けた。剣で尾を裂いてみると大刀、天叢雲剣が出てきた。
天叢雲剣は鉄製であり、十拳剣が天叢雲剣に当たって欠けたということは、対する十拳剣は青銅製であったことを類推させる。(Wikipediaより抜粋)

ヤマタノオロチとは、大蛇では無く、ヤマタイコクのオロチ
と言う意味です。
この当時のヤマタイコクは、白山の近辺に在りました。
今の福井県から石川県辺りが、中心になります。
山々に囲まれた大国=ヤマタイコク です。
白山王朝が外国の異民族に急襲された後、異民族が北陸
を拠点にして、日本人の中に混ざっていったようです。
そして中国大陸からの人と文化の流れがあったようです。
オロチとは、中国大陸から来た民族の呼称です。
霊聴では、オルシェ族とも感じ取れます。
このヤマタイコクは、後に現在の奈良県あたりに存在した
邪馬台国へと変わります。
ヤマタノオロチは、”白山に居るオルシェ族”の事です。
オルシェ族は、中国大陸からの交流で、鉄文化による鉄剣を
持って、日本人を捕虜にしながら、九州方面への遠征を繰り
返していたようです。
これを、太古の白山王朝と因縁の深い、スサノオの人格神が
九州方面に人として生誕して、異民族の末裔を返り討ちに
した物語が、ヤマタノオロチ伝説でした。

このスサノオ人格神は、逆に白山に居た異民族の本拠まで
攻め上り、壊滅させたようです。 そして、日本の支配権を
天照太御神を奉じる、日本人の或る集団に帰したのです。
これが、スサノオが天照太御神に天叢雲剣を献上した部分
に表現されていました。

神話では、異民族を象徴して大蛇に表現した理由は、その
異民族を忌み嫌う意味と、白山の九頭竜川のある地から来た
事を意味(川を龍とみる)する事と、彼らの文化技術にあった
製鉄のタタラの様相が、真っ赤な溶鉄が流れる様から来たと
感じます。神話の中で、大蛇の赤い目と表現されているのは
溶けた鉄のことです。


夕方は 黄泉の国 2007-07-31 19:21:51

古事記に出てくる、黄泉の国は、
”黄”と言う漢字を使用していますが、本当に黄色い世界だと
観じます。
夕方の日が陰った、黄色い感じです。


関連コメント

18切符で旅行に行くので道中、古事記を読みたいと思っています。
わかりやすい現代語訳のものでは何がオススメでしょうか?

..........現代語古事記: 決定版

古事記完全講義

評価を読んで調べて自己判断して下さい。参考にしてください。
2017-07-24 16:29:05


少し文字が読めるようになったお子さんでしたら、
★『はじめての古事記』 日本の神話 竹中淑子 根岸貴子

もう少し詳しくは大きいので家で読むように
★『決定版心をそだてる松谷みよ子の日本の神話』

さらに高学年になれば、振り仮名と言葉の解説もある
★21世紀版 少年少女古典文学館 1
『古事記』 橋本治 講談社
いかがでしょうか?

。。。良いでしょう。
2017-07-03 23:26:44


今日のお話【愛すべきだが、とんでもない親父 2017-05-17 11:24:34】と転写の関係ですが、私は、伊勢白山道さんが記事にされる真意は、転写を防ぐためと受け取っています。しかし、皆さんのコメントを拝見すると結構な割合で、「伊勢白山道さんが記事にしたから実現する。」とか「伊勢白山道さんが書いたから転写する」とか、自分とは受け取り方が真逆なご意見を拝見します。
質問です。私は、伊勢白山道さんが、真摯に転写を防ぐため書かれたと思っていますが、私の受け取り方で合っていますでしょうか?
1:あっている。転写を防ぐため、記事にした。
2:その他の意図

。。。。1であり、
人類は神話を軽く見ては生けない意味。
すべては重大な予言と暗示。

知らないと、転写に流される。
知ることで防御、改善も可能に。
2017-05-18 21:38:30


愚問かとは思いますが、神話のことで前々から疑問に思っていたのですが、神様も夫婦で争ったり、突拍子も無いことを思いついたりするものなのですか?あくまでも神話のことで何かの例えなんでしょうか?神様にも個性や段階が色々あるということなのでしょうか?

。。。。視点が逆です。

人間への注意点を、神様が表現するに過ぎません。
神様はやはり神です。

旧の大祓詞には、今の社会の不倫から近親相姦から、多くの犯罪を予告しています。

人類への戒めを、神様の名前で演じて教えています。

そうしないと人は注目しないから。
2017-05-18 14:05:17


少し前から古事記や神話の本を借りてきて読んでいます。古事記では神との誓約が全国を浄化して行く上で主体になっていますが現実的にはこんな事(多くの土地のヤチホコ神と)というのは不可能な事です。これを現代古事記フィクションどのように昇華していくのでしょうか?おのおのが主要神社を代りに参拝するという事ですよね?

。。。。。神名は関係なくて、どの神社も、その地域の精霊が正体。

精霊の神気が増せば、人も変わる。

古事記は、太古に起こった、この精霊の分割を表現しています。
科学的には、核分裂のように。
元は1つ。
2017-04-10 15:19:39


質問(1)
そもそも、古事記が出来上がった当初から、ククリ姫が一度だけ現れて仲裁して仲直りするくだりは描かれていなかったのでしょうか?それとも、古事記が出来上がった当初は描かれていたが、後年に削除されたのでしょうか?

質問(2)
もし削除されたならですが、これは、白山神=埋没神・・・八幡神社へと改変されたソレと同じ理由から、白山神の存在が不都合な勢力が、古事記から削除したと考えてよいでしょうか?

質問(3) これも削除された前提での質問ですが、、
日本書紀と古事記では、大まかな視点では、たしか日本書紀のほうが政治的な意図による編纂が多いと聞いたような覚えが。古事記・日本書紀の違いについては一概にどうと言えるものではないのは重々承知しておりますが、なんとなく、うくくり媛登場のエピソードが載るとしたら、どちらかというえば古事記に載っているような印象を持ってしまいます。
ところが日本書紀にうまいことこのエピソードが残されたことに、興味深いものを感じます。

愚な質問ですが、何故に日本書紀にこのククリヒメ登場が描かれたのでしょうか?白山神の存在を完全に葬ってしまうことに畏れをなした霊力ある誰かが、あえて政治的な意図で継承されるであろう日本書紀に、さりげなく入れた?とかでしょうか?

。。。。2番が言えます。

3は、編纂者の中には、やはり隠すのは不味いな、と思う人が居たのです。
だから、目立たないように真実を含め残しました。
だからククリヒメの記述は少ないです。
2016-12-05 01:06:09


諸説ありますが、古事記と日本書紀は、どちらが古いのですか?

。。。。古事記です。
古事記には、霊感で降ろされた痕跡を感じますが、
日本書紀は官僚の作為と真実の改変を感じます。
2016-03-12 15:05:40


古事記の記述には火星に関するものが、その解釈が幾重にも重複する書記の方法によってそのまま書かれていたという事はありますか?

。。。。。関係する転写の表現はあります。
2015-12-11 11:38:53


私は神社参拝するには神々について無知なために日本神話について勉強したく、もしリーマンさんお勧めのわかり易いご本があればご紹介頂きたくコメント致します。

。。。すべての基本は古事記です。
預言書でもあります。
古事記=旧約聖書。

2014-11-09 15:04:55


スサノオはアマテラスの所に行き、乱暴したとされていますが、実は違っていた・・・・
弁解もせずに その罪を受け入れ下界に向かいました。
アマテラスはスサノオの無実を見ぬいてはいなかったのですか???

。。。ヒントは、天皇陛下は、宮内庁に文句を言えるか?
いう御方では無いですね。
つまり結局は、官僚が支配します。
2014-09-05 14:05:20


1、古事記に出てくるスクナビコナの乗ってきたというアマノカガミノフネとはufoの意味もあるのでしょうか?

。。。。はい。

 2、女神さまのコノハナという神名は「子の花」、つまり子供を育てる、という意味もあるのでしょうか

。。。あります。
2014-04-07 15:13:45


竹○○○さんは、処女作で、皇室典範についての著作を上梓するかどうかを仁徳天皇の御陵で誓約(うけい)にかけたのだそうです。すると突然、数百数千のカラスが飛び立って空を覆い尽くした。それを見て「神勅が降りた」と気づき、出版に至った、と『古事○○講義』という本の中で語っておられます。お茶目で世俗的なところもある方ですが、論理的で、霊的な解釈をしたり、奇異を語る人ではないので、この部分を大変興味深く思いました。この方の古事記に関する書籍は、神勅のもとに書かれたと受け取ってもよいですか。

。。。それが答えでは無いが、ユニークな解釈はありです。間違いでは無いです。
古事記も老子の言葉のように、3段階以上の内容を重複して込めています。
どの次元に標準をあてるかで解釈は激変します。
古事記は、科学雑誌でもありました。遺伝子の流れを説明しています。
2014-03-10 18:46:56


真実は有って無いようなものかもしれませんが、真実はひとつだとして、古事記は
正しいと思われますか?真実ですか?

。。。真実すぎて、意味不明に誤解されています。
未来科学も記述されています。
2014-02-17 22:20:53


やはり古事記にはリーマンさんからみても日本人の本来の精神があるものでしょうか?

。。。重要です。
色々な真理が比喩で表現されています。
2014-02-17 21:29:35


思い立って久しぶりに「内在神への道」を読み返しました。
というのも、リーマンさんのいう天照太御神は古事記に書かれてる天照太御神とは別なのかと思ったからです。
古事記に書かれている天照太御神から想像して読んでおありましたが、違う感じが否めません。
リーマンさんがいつもお話しになっている天照太御神やスサノオさまは違うのですか?
古事記の神さまは物語の神さまなのですか?

。。。それは、7次元の天照太御神。
私は10次元の天照太御神を信奉します。
黒住さんも、天照太御神を根源存在の位置づけです。
「読むだけで人生が変わるたった一つの方法―伊勢白山道Q&A事典」を出来れば何度も再読してください。
何回読みましたか?
2013-11-28 23:19:43


約束を守れば、未来も既に約束されている 2013-10-17 10:12:51】の記事に「黄泉の坂道」とあります。
調べると、古事記にでてくる黄泉の比良坂は、今の出雲国の伊賦夜坂のこと。だそうです。
以前コメントにて、滋賀県の坂本が黄泉の国への入り口とありました。
黄泉の坂道とは、滋賀県の比良から坂本のあたりのことなのでしょうか?

。。。私は、琵琶湖に近い、比良山系に幻視します。
要注意の次元の口が在ります。
2013-10-17 13:55:44



。。。古事記は自分で解釈が大事。
思う以上に、そのままが真実です。
2013-04-11 15:42:14


古事記ってすべて本当のお話しなんでしょうか?

。。。神意が比喩されています。
2012-12-10 19:22:04


旧約聖書=古事記、新約聖書=日本書記、とのことですが、学習するには古事記から日本書記へ読み進めればいいでせうか。

。。。好みで問題は無いです。
2012-07-25 19:13:53


古事記の神々は人間臭すぎませんか?
スサノオなんてヤンチャな暴れん坊将軍じゃないですか!

。。人間の自我を擬人化して表現されています。
2012-05-09 17:03:54


人類の自然な5㌫の感謝の大切さ素晴らしさをおしえてくださる有り難いブログですが、リーマンさん、こちらのブログを読むのなら、お世話になるのなら、ど素人なりにも、少しくらいは神様のこと、古神道などなど、自分なりにネットで調べたりした方が理解度も違ってくるだろうし、勉強するのが良いでしょうか?

。。。不要です。
古事記や神話は参考になります。
2011-08-03 20:49:39


昔、クリスチャンの友人が『旧約と新約聖書にでてくる神は、同じ神だと思えないほど性格?が違う。』と言っていました。これは、現れる何段目が異なるからでしょうか?もしそうなら、なぜ段が違うのでしょうか?

。。。旧約聖書=古事記
新約聖書=日本書紀
のような相関があります。
新約聖書=人間作成書、でもあります。
私が旧約を読むと、神の声が観えます。
今日の記事の旧約の節も、霊的にはあと2重の奥があり興味深いです。神意が垣間見えます。
旧約が誤解されるのは、言語表現の問題です。訳の問題です。
神の思いを言葉に表記するのは、半分もできないでしょう。該当する単語が無いからです。
2011-05-07 21:32:00


素朴な疑問ですが、大祓詞にしろ古事記にしろ普通に読んでも全く意味がわからないのですが、どうしてわかりやすく書かれてないのでしょうか?霊能力者にしか読めないものだとリーマンさんみたいな人が現れない限り存在自体に意味が無いように思います。普通の人間にとっては意味不明な呪文やマントラと同じような気がします。

。。。そうです。もう不要な時代です。
だから、生かして頂いて ありがとう御座位ます、が最強の祝詞なのです。
2010-11-28 18:02:07


古事記に、伊邪那岐太神が「汝(いまし)は右(みぎり)より廻り逢へ、我(あれ)は左より回り逢はむ。」と詔りする個所がありますね。
要するに伊邪那岐太神、生みだす力・陽のエナジーは、時計回りに巡ることを示しているのだと思います。
リーマンさんも 09/06/21 夏至の神示で、神気の回転について触れておられて、時計回りと陽のエナジーの関係について述べて居られます。
神社の玉串奉奠でも、玉串を時計回りに回転させますね。
三本供養でも、線香を時計回りに立てていきますね。
で、質問しちゃいます。
① 供養時の線香を立てる順番と、これらの回転方向は関係しますか?
② もし関係するなら、それは遺伝子やカルマの「ククリ」直しと関係しますか?

。。。はい、関係します。
2010-05-31 22:27:49


20140918

  • 最終更新:2017-07-26 03:55:15

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