原始仏典:スッタニパータ(第1章6節)

■原始仏典:スッタニパータ(第1章6節)について

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伝聞によりますと、ある時に釈尊は、地方に住む富豪が所有する森林の中に在る修行道場に招待されて留まっていました。

すると深夜に、顔が美しく発光して森林全体を明るく照らすほどの輝く精霊が、釈尊の側に静かに立ちました。
そして、釈尊にお辞儀をしてから、古代詩の韻文(いんぶん:聴覚に一定の定まったリズム感と形象を感覚させる言葉の文章)を歌いながら釈尊にたずねました。

「破滅に向かう人々の特徴について、仏陀(ブッダ:完全なる知恵・真理を得た人)である釈尊にお聞きします。

どういう人が、コノ世で破滅に向かうのでしょうか?」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.91)


釈尊は精霊に答えます。

「安定した生活をして、悟りに近付く人々を認識することは容易です。
また、破滅に向かう人々を認識することも簡単です。

安定した完成に向かう人は、正しいこと(真理)を好みます。
破滅に向かう人は、正しいことを毛嫌いします。」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.92)

(感想)
この項では、珍しく精霊が登場します。
興味深いのは、精霊が古代詩の韻文を話すということです。
この場合、この精霊に2つの出自が言えます。

・ 古代に生まれた人霊が、その当時の修行によって精霊にまで昇華した存在である。
・ または、古代の時代にも、古代詩を天から人々に啓示で教えた古い精霊である。

この2通りのパターンが考えられますが、森の全体を明るく照らすほどの精霊ですから、古代詩を人類に啓示した古い精霊をこの項には思います。

生きる人間でありましても、正しい真理に目覚めた人物、または正しい真理を求めたい人々には、
* 精霊は、お辞儀をして礼を尽くしてくれる。
ということを覚えていましょう。

コノ世という雑多な何でも有りの、誘惑に満ちた世界において、
・ 正しいことを求めたい
と思えるだけでも、難しいことであり、精霊でも敬意を尽くすほどのことだと言うことなのです。

釈尊が言われた、
「安定した完成に向かう人は、正しいこと(真理)を好みます」
これが重要な指摘であり、今の自分が何を好んでいるのか?
冷静に静観をして見ることを参考にしてください。



美しく発光する精霊は、更に釈尊に訪ねました。

「確かにそれは、第一番目の破滅に向かう人々の特徴です。

真理の仏陀である釈尊よ、どうか第二番目の破滅に向かう人々の特徴を教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.93)


釈尊は精霊に答えました。

「破滅に向かう人々の特徴は、

・ 不良な人を好む人であり、
・ 真面目な人を好きに成れない人です。

また、悪人がする行為や、悪徳な宗教者の言葉に、なぜか自ら惹かれる縁を持つ人です。

これらが、第二番目の破滅に向かう人々の特徴です」

(原始仏典 釈尊の言葉 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.94)

(感想)
* 第一番目の破滅に向かう人々の特徴は、真理に関して悪い縁に惹かれる人々。
* 第二番目に破滅に向かう人々は、生活行為に関する悪い縁に惹かれる人々。

このように言えそうです。
どうして個人で、明らかに悪いモノへと、悪い方向に行く人と、
「最初から行かない人」「悪いモノに見向きもしない人」に分かれるのでしょうか?

それは頭が悪いからだ、と露骨に言う人もいます。
でも私は、それは違うと思います。
知的で立派な職業の人でも、見事なほど夜のワナに掛かる男性も女性もいます。

頭が悪くても、素直な人は、悪いモノに惹かれないのです。
本人が無意識下で溜めた、
・ ストレス
・ 不満心
・ 感謝の無い習慣

が自ら悪いワナに誘導して行くと感じます。
周囲には、初めから見えていても止めることが出来ません。

本人の自我(ワレヨシな心)が、強力な磁石のように悪い方向に自ら縁を求めて創って行きます。
・ 本人が溜め込んだ不満心こそが、悪い誘導をする原因だと感じます。

本人の問題だから、周囲から見えていても止められないものです。
・ 誰もが、自分自身の不満心に誘導され、復讐されて行きます。

自分が不満心を溜め込むということは、自分の肉体の細胞を、不満心の酸化作用で焼いて行くことに生理現象では成ると感じます。
これが高じますと、ガン細胞の比率が優位に成ると感じます。
(健康な人も、ガン細胞は常に存在し、体内比率の問題のようです)

私たちも、自分が持つ不満心に復讐されないように注意したいものです。
変な方向に自ら、自分自身を誘導します。

逆に言えば、
* 自分を感謝の心で満たせば、自分の良心(内在神)が助けてくれます。
誰もの良心(内在神)は、先の流れが視えているからです。



美しく発光する精霊は、更に更に釈尊に尋ねました。

「それが第二番目の破滅に向かう人々の特徴であることは良く分かりました。

仏陀たる釈尊よ、どうか更に第三番目の破滅に向かう人々の特徴を教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.95)


釈尊は、更に精霊に説明されました。

「もしも人物に、
・ 規則正しく時間を決めない、惰眠の習慣を持つこと。
・ 生活においても常に交友の会を優先する人。
・ 仕事を頑張る事無く、怠惰な生活をする人。
・ 怒りっぽい人と、他者に、家族に認識されてしまう人。

これが自ら破滅に向かおうとする、第三番目の破滅に向かう人々の特徴です」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.96)

(感想)
・ 規則正しく時間を決めない、惰眠の習慣を持つこと。 ⇒ 不規則な生活。
・ 生活においても常に交友の会を優先する人。 ⇒ 〜の為に、と言いながらの遊び優先。
・ 仕事を頑張る事無く、怠惰な生活をする人。 ⇒ 自分の本業を疎かにすること。
・ 怒りっぽい人と、他者に、家族に認識されてしまう人。⇒ これが、その人物のすべてを表しています。その人の普段の発言や生活態度を表しています。

以上の4つを、色々な職種と立場、または自分の家庭環境において、重要な「破滅に向かうことに成る因子」だと事前に知って置くことで、
・ 破滅を避けること
・ 無難にすること
が可能です。

人間が注意するべきことは、大昔から変わらないということです。
人は同じパターン(因果)を繰り返すことを認識し、上記の4つのような因子に注意したいものです。
知ると知らぬでは大違い、認識するか否かで運命が変わる。
やはり人には、知識が大切だと改めて思います。


親孝行という人類の課題 2017-07-31 11:39:29

美しく発光する精霊は、第三番目の破滅に向かう人々の特徴に納得し同意しました。
そして、更に釈尊に尋ねました。

「仏陀たる釈尊よ、どうか第四番目の破滅に向かう人々の特徴も教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.97)


釈尊は答えました。

「自分に十分な収入があり、楽に暮らす金銭的な余裕があるのにも関わらず、

自分の母親か父親が、老いて働くことが出来ず困窮状態にあるのを放置する人物。

これが自ら破滅に向かおうとする、第四番目の破滅に向かう人々の特徴です」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.98)

(感想)
釈尊は、天啓を受けて、自国民を少しでも助けるために家出したと言えます。
これが歴史家には、「親も自国も捨てた」と見なされる訳です。

つまり親孝行にも、人により千差万別であり、色々な形があります。
親孝行をしていない=破滅する人、では決してありません。
この項で指摘しているのは、

・自分に収入があり、楽に暮らす金銭的な余裕があるにも関わらず、生活が出来ない親を放置する人。

という条件付きです。
では、自分自身も生活がギリギリであり、残念ながら親に何も出来ずに放置する人。
これは、どうなのか?この場合は、

・ すべてを見て知っている自分の良心(内在神)が、判断します。

これにお任せで良いです。生きる誰もが、非難も判断も出来ないことです。
その中でも、自分が出来ることはしたのか? 
親に出来ることが、本当に無かったのか?

自分自身の良心が、すべての画像(リアルな4D)を、内心の思考も含めて記録しているのが、誰もの今の生活なのです。

古代から親孝行は、人類が悩んで来た課題だとも言えます。
自分の魂が肉体を借りた遺伝子の先(親や先祖)への自分自身の態度が、来生に自分が持つ健康や財産、容貌に至るまでを決める、重要な「第四番目の破滅に向かう人の特徴」と成ることだけは、知って置きましょう。

既に亡くなっている両親には、先祖供養が大きな親孝行に成ります。
・ 自分なりの、
・ 自分の良心が「この程度でOK」、
と納得する親孝行をしたいものです。
生きる誰もの課題だと言えます。


社会での注意事項 2017-08-16 11:30:35

美しく発光する精霊は、第四番目の破滅に向かう人々の特徴に「その通りである」と納得し同意しました。
そして、更に釈尊に尋ねました。

「仏陀たる釈尊よ、どうか第五番目の破滅に向かう人々の特徴も教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.99)


釈尊は答えました。

「・ 正しい信仰を持ちながら、社会の中で働き、それを修行とする人々。
 ・ 信仰を持たなくても、社会の中で苦労しながら働く人々。
 ・ 貧しい人々。

このような人々をバカにしたり、ウソの言葉でダマして詐欺を働いたならば、
その人物は必ず地獄に落ちます。
これが、第五番目の破滅に向かう人々の特徴です」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.100)

(感想)
・ コノ世だけを見ずに。
・ コノ世とアノ世で昼夜の1日、1つの人生の完了。

という視点で人生を観ますと、
・ 完全な公平に成る。
・ 一切の理不尽も、不公平も、帳尻が合わされる。

これが完璧に流れていることが、私にはよく分かります。
だから、自分が社会で真面目に働き、先祖に感謝をしていれば、コノ世のどんな強欲な成功者よりも強い人です。
アノ世では立場が逆転しています。

だから安心しましょう。
・ 自分が理不尽に会社で怒られても。
・ 社会で他人に騙されても。

自分自身がそれでも真面目に働き、先祖や神仏に感謝をしていれば、いずれは帳尻が合わされて行くのです。
・ 途中の姿・状態を見て、悩むな、怒るな、悲しむな。

こういう視点も知って置いて頂ければ幸いです。
このようなことは、社会で働く人だけでなく、学生や、専業主婦にも言えることです。

・ 自分のするべき仕事を真面目にすること。
・ 先祖や神仏に感謝だけをしていること。
これで十分です。
するべきことをしていれば、何を言われても、安心して暮らしましょう。
怒りや非難、理不尽を言う方が、注意が必要だということです。


配ることの難しさ 2017-08-24 11:34:27

美しく発光する精霊は更に尋ねます。
「たしかにその通りです。それは第五番目の破滅に向かう人々の特徴です。
では釈尊、どうか第六番目の破滅に向かう人々の特徴も教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.101)


釈尊は答えました。
「もし、有り余る財産、金銀財宝、食料が有るにもかかわらず、
一人隠れて陰で美味しい物を食べようとする人物がいれば、
それが第六番目の破滅に向かう人々の特徴です」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.102)

(感想)
釈尊はこの項で、
・ 金銀財宝を貧しい人々に配りなさい、とは言っていません。

もし、お金を持ったことが無い人々が金銭を持ちますと、またそこで争いや不満心、強盗や殺人が発生するかも知れません。
現代でも、米国における高額な宝くじの当選者の顛末の統計データからも明らかです。

そうではなくて、
・ 生命にも直結する「食料」を、多くの人々に分配する意識を持てない人はダメだ。
と仰っています。

ー中略ー

つまりコノ世では、
・ 何かを分配するにしましても、どう分配するのかが難しい。
・ 無料で配れば良い、というものでは無い。その配り方で争いも起こること。

この項のヒントとしましては、
・ 人の命に関すること、生命を助けることに、もし自分が「直接に」出会う縁があれば、自分が出来る範囲の金銭的な援助をする気持ちを持つことが大切だ。

と響きます。
でもコノ世では、「自分が直接に知らない」動物や人の病気に関する様々な寄付金の募集があります。
これを悪用される想定も大切です。
動物を助ける為の寄付が、反社会的な活動の為に流用されていた・・・・ということが無いことが重要です。

自分が直接に知っている人=自分にとって善悪に関わらず縁ある人です。
これを助けることは、自分の因果にとっても意味を成すことです。
ダマサれたとしても、そこには相殺の意味が有るものです。


家系や財産への戒め 2017-09-01 11:48:40

美しく発光する精霊は更に尋ねます。
「たしかにその通りです。それは第六番目の破滅に向かう人々の特徴です。
では釈尊、どうか第七番目の破滅に向かう人々の特徴も教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.103)


釈尊は答えました。
「・生まれた家の階級により、傲慢に成っては生けません。

・財産の大きさで、傲慢に成っては生けません。

・家名を自慢し、その親族内でも他の親類を侮辱する気持ちを持っては生けません。

もし、こういうことをする人がいれば、それは破滅に向かう第七番目の人の特徴です。」
 
(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.104)

(感想)
釈尊こそは王室に生まれた王子でした。
途中で家系からドロップアウト(脱け出すこと)した釈尊だからこその、実体験から出た言葉だと言えそうです。

* 生まれた階級により、傲慢になる者は破滅すること。

釈尊のような直系の跡継ぎの家では、どの兄弟も生まれながらの教育を受けて、傲慢になるどころか徹底的な躾(しつけ)と教育が幼少からされる為に、傲慢に成る人は少ないです。
問題は、その周囲にいる関係者たちです。

関係者と言えども、名家の出身です。
そして直系を「知っている」「関わっている」「世話をしている」という特権を自慢し、中にはとんでもないサイドビジネスやワイロを得るのが、どの国、どの時代でもありがちなことです。

ー中略ー

* 財産の大きさで、傲慢に成る者は破滅する。

私の推測ですが、個人で莫大な貯金を持つ無名な人々が一番に多い都道府県は、京都だと思います。

貯金のケタが違います。東京は派手に見える人が居ましても、実際の「相殺」金額では大したことは無いと思います。
去年も京都の一等地に、10億円〜からというマンションの分譲がありましたが、一瞬で終わりました。地元の人も買ってます。
長く継続するお金持ちに成れる条件は、質素、目立たない、自慢しない、ことだと言えそうです。

ー中略ー

* 家名を自慢し、その親族内でも他の親類を侮辱する気持ちを持つ人は破滅する。

他家を見下し、大切な自分の家系内でも親族を罵倒する人。
これでは、他者を罵倒するばかりの人です。嫌な人間です。
周囲から人々も家族も離れます。

霊的には、同じ家系に生まれるとは、家系の霊線の共有者です。
・ 遺伝子の共有者
・ 因果による運命共同体
と言えます。

これを罵倒するとは、霊的に自分自身を罵倒する反射を受けます。



美しく発光する精霊は更に尋ねます。
「たしかにその通りです。それは第七番目の破滅に向かう人々の特徴です。
では釈尊、どうか第八番目の破滅に向かう人々の特徴も教えてください」

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.105)


釈尊は答えました。
「酒を飲む、バクチを打つ、異性を買い貢ぐ。

こういうことに溺(おぼ)れる者は、自ら破滅に向かう人です。

こういう人は、得た収入のすべてを失くして行く、自分が得る物が身に付かない、ということに成ります。

このような人が、第八番目の破滅に向かう人々の特徴です」

 (原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章6節-No.106)

(感想)
この項での釈尊の言葉には、

*「飲む打つ買う」のような怠惰な生活をする者は、収入のすべてを失くして行く。
更には、
* 怠惰な生活をする者は、男女に関わらず得たモノ(金銭・人・仕事・幸運・・・)が身に付かないことに必ず成る。
こういう示唆を感じます。

・ 自分が得たモノが身に付かない。残らない。

こういう傾向を感じる人は、
・ そのモノ(金銭・人・仕事・結婚・幸運・・・)を何とかしようとする前に、
・ 普段の自分の生活に問題が有る可能性。
こういう視点も参考にしてください。

ー中略ー

以上の話から分かります真理は、
* 自分の生活習慣が、すべての運命を形成させて行く。
ということです。

では、どんな習慣が良いのか?
・ 規則正しい生活。バランス良い食事。適度な運動。
・ 掃除の習慣。
・ 更には、先祖へ感謝する習慣。神仏に感謝して行く習慣。

こういう習慣が、まったく関係が無いと見える金運、結婚、健康、他人との良い縁、
・・・・このようなことに関する運命を常に形成させているのが真実だと私は感じています。


【編集者注記】スッタニパータについての記事は「日付昇順」とします。


  • 最終更新:2017-09-13 22:56:44

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