原始仏典:スッタニパータ(第1章10節)

原始仏典:スッタニパータ(第1章10節)について
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(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節 はじまり)

私・阿難(あなん)は、以下のような話を釈尊から聞きました。

ある時に釈尊は、ある国に在ります人食い鬼神(きしん)を祭った神殿の中で、瞑想をしながら仮住まいをしていました。
そうしますと、ある夜に、鬼神が外界から帰って来て、神殿のトビラの前に立ちました。

釈尊は、神殿の中からトビラの前に立つ鬼神を見ていました。
そうしますと鬼神が、中に居る釈尊に向かって言いました。
「そこに居る求道者よ、外に出て来い」

釈尊は、「私の友達よ、分かりました」と答えて、神殿の中から出てトビラの外に立ちました。

すると鬼神は、「求道者よ、中に入れ」と言います。

釈尊は、「友達よ、分かりました」と答えて、神殿の中に入りました。

このような、「外に出て来い」「分かりました」「中に入れ」をこの後に3回繰り返しました。

4度目も鬼神は同様に、「求道者よ、外に出て来い」と言います。

すると釈尊は、
「いいや、私の友達よ。 私はもう出ません。
あなたは、いったい何をしたいのでしょうか?
あなた様の自由にしてください」
と答えました。

そうしますと鬼神は釈尊に向かって、
「そこにいる求道者よ、ワレはあなたに質問をする。
もし、ワレの質問に答えることが出来なければ、

あなたの心を破壊し、
あなたの心臓を引き裂くだろう。
または、あなたの両足をつかんで、ガンジス川のかなたまで投げ込んで見せましょうぞ」

釈尊は答えました。
「私の友達よ、私がこれまでに出会った、どんな神々や死神も、根源的な神も、さまざまな求道者、教祖たちも、人間を含むすべての生き物の中で、
私の心を狂わせた者はいません。
私の心臓を引き裂くことが出来た者はいません。
私の両足をつかんで、ガンジス川のかなたまで投げ込むことが出来た者はいません。
だから、どうぞ何でも私に聞いてください」

人食い鬼神は、「分かった」と答えて、古代のガーター詩を歌いながら、釈尊に質問を始めました。
(続く)

(感想)

神霊や霊的存在が持つ特徴に、同じことを要求するリピート習性が有るものなのです。
壊れたテープレコーダーのように、同じことを永遠に繰り返しさせます。

実は生きる私達も、それに気付けないだけなのですが、住んでいる土地に関する霊的な存在から「問い掛け」「出て行け」という念を繰り返し、毎日、受けているものなのです。
だから人は古くから世界中で、家内に祭壇(日本では神棚)を設けて、土地の霊を癒やす行為を知らずにして来ました。
やはり、これが有るか無いかで、家人の運命が変わっているのが霊的な現実であり、今でも起こっていることです。

(中略)

今でも家を建てる時に地鎮祭をしますが、これは霊的には「あいさつ」程度に過ぎないのが真相です。
日々に家内で、「祭る行為」が無い家は、段々と土地の霊的存在に上記の鬼神のように「問い掛け」「脅迫」を受けているのが実情です。毎晩です。
本当に半端ないリピーターです。

さて、鬼神は釈尊に何を問い掛けるのでしょうか?
もし、返答が出来なければ・・・・と脅迫しています。
釈尊は、どうなるのでしょうか。   (続く)



(釈尊の言葉 スッタニパータ編 の記事「挨拶だけでは終わらない。日々の行為が大事」からの続き)

人食い鬼神(きしん)が釈尊に問い掛けました。

「コノ世の人間にとって、

最高の財産とは何なのでしょうか?

どんな修行をすれば、その財産が人を幸福にするのでしょうか?

幸福の甘味の中でも、最上に美味しい甘味とは何でしょうか?

どのように生きた人間が、最上の人生だと言えるのでしょうか?」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.181)


釈尊が返答しました。

「コノ世において、正しい本当の信仰を信じることこそが最上の財産です。

正しい信仰とは、他者や他の存在を信仰することではありません。

自分の中に宇宙を求めるという信仰を追求することが、その人に最上の安心をもたらします。

そして、人間は善行に対して誠実に生きることこそが、様々な幸福の甘味の中でも、最上に美味しい甘味をもたらします。

その中でも、目覚めた知恵を持って生きる人の人生こそは、最上なのです」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.182)

(感想)

「もし、質問に答えることが出来なければ、食い殺す!」と釈尊を脅迫する鬼神からの第一発目の質問がこの項です。

鬼神:「人間の最高の財産とは何だ?」

釈尊:「他人や、あなたのような霊的存在を信仰しない信仰を持つことが、最高の財産です」

釈尊は、いきなり最初から痛烈なストレートを鬼神に対して打ち放っています。
古代インドでは、釈尊が生まれる前からの最大の信仰は、バラモン教(ヒンドゥー教の源流)でした。
多くの神々を、人間の外に設定して信仰しています。

でも釈尊は、古代からの信仰を否定して、
・ 宇宙も神々も、自己の中に在る。
・ われ常に、ここに在る。(天上天下唯我独尊)

これを追求するのが真の宗教だとして、信仰を広めようとしていました。
人間は、自分の中に神仏を求めてこそ、最高の幸福と安心に至ることを、釈尊は鬼神に対して説教をしています。

多くの人間を「食い殺すぞ!」と脅迫して、「食い殺されるから崇めておこう」と長く人々から信仰されて来た鬼神の質問に対して、まるでブラックジョークのような返答を釈尊はしています。
でも、これが本当の仏教ならば、現代の信仰は仏教も含めて、すべて足元が揺らぐような釈尊の返答です。
釈尊こそは、命知らずの真の革命家だったと言えます。

そして、
「人間は、善行に対して誠実に生きることこそが、様々な幸福の甘味の中でも、最上に美味しい甘味をもたらします。」
という釈尊の言葉です。

このような実際の生活においても、これを実践すれば、仕事も金も人も付いて来るという現実的な返答をするところが、釈尊の凄いところです。
生ぬるい精神論だけで逃げないのです。



人食い鬼神(きしん)が釈尊に問い掛けました。

「どのような方法をもって、輪廻(りんね:何度も生まれ変わること)の激流を渡って行くのか?

どのようにして、輪廻の大海を渡ることが出来るのか?

どのようにすれば、人は苦悩を乗り越えることが出来るのか?

どのようにすれば、人は清浄に成り切ることが出来るのか?」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.183)


釈尊が答えました。

「信心深い人は、輪廻の激流を渡ることが出来ます。

勇敢な気持ちでコノ世で修行をするつもりに成れれば、輪廻の大海を渡り切ることが可能です。

猛烈な努力をすることで、人は苦悩を乗り越えることが出来ます。

悟りへの知恵を知ることによって、人は完全な清浄に向かうことが可能に成ります。」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.184)

(感想)

人食い鬼神は、
「人間は本当に輪廻を卒業することが出来るのか?」
「輪廻を卒業できると言うならば、その方法を言ってみろ」
と懐疑的に釈尊に問い掛けています。

(中略)

(1)信心深い人は、輪廻の卒業が可能である。

信心深いとは、何でしょうか?
・ 悪いことよりも、善なることを信じる人である。
・ 素直な人のこと。
このように浮かびます。

悪いことのほうが、役に立つと信じる人が、世の中には居るのです。
「自分は死んでも善なる世界を信じたい」と思える人が、信心深いと言えると感じます。

(2)前向きな気持ちで、すべてを自分のための修行にしてしまう人は、輪廻を卒業する。

生きていれば、どんな人も生(性)老病死からの苦悩を避けることが出来ないのです。
自分の思い通りにならないことを、1つ1つ苦痛に感じていては切りが無いのです。

どんな苦悩も、問題も、
・ 自分のための修行にしてしまう人
このような人は、輪廻からの卒業が可能に成ると、釈尊は示唆をしています。

(3)コノ世は、自分の努力次第で、苦悩が終わる世界だ。

人間の祈願とは、
・ 努力をしないで、夢を叶えたい。
・ 他人を押し退けても、無理な事でも、自分の欲しいものを手に入れたい。 
こういう正体が有ります。

人食い鬼神も、何百年間も人間から毎日、このような祈願を聞かされ続けているわけです。
鬼神にとっては、人間が輪廻を卒業するなど、鼻で笑いたいことであるのが、この項からも分かります。
釈尊にしても、餓死寸前を女性スジャータに命を助けられるまで、死ぬほどの努力をした御方です。

「猛烈な努力をすることで、人は今の苦悩を乗り越えることが出来る」
釈尊が、このように鬼神に返答をしています。
コノ世に生まれた人は、努力が必須条件だということです。

(4)正しい真理への知恵を知る縁が有る人には、すべての卒業が可能である。

闇雲(やみくも)にただ努力しても、コノ世はダメなのです。
・ 正しい方向性を知って、努力することが大切です。
間違った方向には、いくら努力してもダメなのです。

間違った信仰では、先祖を供養することも出来ていません。
努力しても、正しい知識との縁の有無で、今生の運命が変わるのが人間なのです。

今の自分の努力の方向性は、これで大丈夫か?
これを常に思いながら努力する人は、大丈夫です。
そのためには、釈尊は「知恵を知る努力」が大切であると指摘しています。

人間は、いつまでも学ぼうとする姿勢が必要であり、中道という冷静な視点で、正しい知恵はどれか?
静観していることが大切なのです。



記事「コノ世は努力するための次元だった」からの続き。

人食い鬼神(きしん)が釈尊に問い掛けました。

「迷える人間は、どのようにすれば悟り(大安心)の知恵を得られるのか?

人は、どのように生きれば、財産が貯まり安心するのでしょうか?

人は、どのようにすれば良い地位に出世が出来るのでしょうか?

人は、どのように生きれば、友人が広がるのでしょうか?

そして人は、どのように生きれば、コノ世から去った後に、アノ世で後悔をしないのでしょうか?」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.185)

(感想)

この人食い鬼神は、その地域では祟り神・荒神様として、村人が建てた御宮に住んでいる霊的な存在です。
人間から、様々な祈願、希望を長い時代にわたり聞いて来たわけです。

その祈願の内容には、憎い他人への呪詛を依頼する者、金銭が欲しいと願う者。
または、悟りたいと願う修行者、恋人や友達が欲しいと願う若者、などなど。
そして、そういう祈願をした人々が時を経て死に、アノ世で後悔する様子も見て来たのです。

このような人間のサガの姿を何百年も見ている鬼神は、ある意味で困惑していると言いますか、人間のサガを不思議に思っていると思われます。
その疑問を、「どうすれば人間は救われるのか?」と釈尊に聞いている内容です。

(中略)

人間にとって、死後に後悔をしない生き方とは、
・ 自分の良心に沿って生きることが一番である。
・ 人生での栄華も、成功も、関係が無い。
このように私は感じます。

さて、釈尊はこの問に対して、鬼神にどんな返答をしたのでしょうか?



記事「アノ世で後悔をしない生き方が大切です」からの続き。

釈尊が鬼神に返答します。

「大昔からの数々の歴代の先達(せんだつ:先に最高の境地に到達した人)たちが得た静寂の境地に至った過程を信じて、

それを自分なりに調べて勉強し、それに対して素直に聞く耳を持ち、

それに習って懸命な努力を継続した場合、

人により悟りの知恵を体得します」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.186)


「それはまるで、

社会で正しい職業に就いて働き、我慢に我慢を重ねて努力し、仕事を切れることなく継続して邁進した人が、財産を蓄積するように。

誠実に生きる人が、世間で評価されるように。

周囲の人々を物惜しみなく助ける人は、多くの友人から囲まれているように。

体得するであろう」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.187)

(感想)

鬼神からの、
「どうすれば人間は救われるのか?」
「それは無理なのではないか?」

という問い掛けに対する釈尊の返答が、この項の後も続きます。
先ず最初に釈尊が返答したことは、

・ 本当に悟りたければ、素直に先輩たちから学びなさい。
・ それを参考にして努力を重ねた場合、その人なりに悟ることが有る。

(中略)

しかし、ここには実践者である釈尊、到達者である釈尊による誘導が隠されています。
・ やれば分かるさ!
・ 実践が自分に教え、先行きを導きますよ。

つまり先輩を真似て努力をしましても、その継続は、自分なりに修正されて独自のオリジナルな過程に成ることを、経験者である釈尊は分かっているのです。

・ ムダな回り道は不要だ。
・ 先輩の公式を真似て、やってみなされ。
・ 本当に努力を継続すれば、行けば分かるさ。

こういう意味だと理解の参考に成れば幸いです。


人生の配分 2019-03-22 11:49:26

記事「見習いから始めた小僧でも、本当に継続すれば大僧正に」からの続きです。

鬼神からの、
「どうすれば人間は救われるのか?」
「それは無理なのではないか?」
という問い掛けに対する釈尊の返答が続きます。

釈尊が鬼神に言いました。

「もしも人が、家庭生活の苦労を重ねながらも、家庭への努力を惜しまず、

信心深い人間であり、
誠実な人であり、
仏教の真理を素直に聞く人であり、
何事にも、じっと我慢が出来る人であり、
他人に物を上げることを心から喜んでする人であるならば、

このような人は、死後にも来生にも、困る環境には絶対に成りません」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.188)

(感想)

この返答に、輪廻転生(りんね てんせい:生まれ変わること)と、因果論の答えが込められています。
この返答の順番・条件にも、色々な意味深いものが込められています。

1番:温和な家庭生活への努力が有ることが、絶対条件。

(中略)

今生の自分が、他人に与えたモノが、来生の自分自身に与えられます。
他人に与えるモノとは、金銭や食料だけではありません。
愛情や、思いやり、情け、相手の身に成ること、などなど。
これも金銭と同等な価値をもって、来生に反映されます。

(中略)

人智を超えた未知の「最善・完璧」な配分が、誰にでも起こっています。

だからこそ、生かされているだけで有り難い、と誰にも言えるように成っているのも因果の法則なのです。



記事「人生の配分」からの続きです。

鬼神からの、
「どうすれば人間は救われるのか?」
「それは無理なのではないか?」
という問い掛けに対する釈尊の返答が続きます。

釈尊が鬼神に言います。

「(1)誠実であり、

(2)真理を学ぶ姿勢を持ち、

(3)喜んで寄付を行い、

(4)忍耐力が強い人。

このような4種類の善徳を超えるものは、コノ世にはありません。

もし、これが分からなければ、他の修行者たちに聞いて見れば良いです」

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.189)

(感想)

釈尊が言われるには、人間が持つべきコノ世で一番大切な善徳を持つ人の姿とは、
・ 誠実さの有る人
・ 学ぶ姿勢を持つ人
・ 寄付をする人
・ 忍耐力が有る人

このような4項目を挙げています。
もし結婚をするとすれば、まさにこの4項目が揃った相手と結婚が出来れば最高です。
誠実であり、謙虚であり、ケチでは無くて、忍耐力の有る伴侶とは最高だと思います。

この4項目は、加齢と共に人間から失われて行きやすい性質だとも感じます。
もし、80歳に成りましても、誠実な人柄で、学ぶことを忘れず、他人に金銭を惜しまず、なおかつ忍耐力を持つ老人がおられるとすれば、きっと若々しい人物でもあると想像します。

私は、この4項目から「若さ」というものを感じます。
だから逆に言いますと、この4項目が消えるに従って「老ける」とも言えそうです。
・ 誠実では無くなること
・ 学ぶ姿勢が無くなること
・ ケチに成ること
・ 忍耐力が無くなること

ただし、お金が無ければケチになるのは仕方がないことです。金銭的に他人に迷惑を掛けないためにも、「ケチになるべき」と思います。
これ以外の3点は、年齢を問わずに維持をしたい性質だと思います。

釈尊は、この4項目がコノ世で最高の善徳に成ると述べています。



記事「永遠の「若さ」を持つ秘訣」からの続き。

鬼神からの、
「どうすれば人間は救われるのか?」
「それは無理なのではないか?」
という問い掛けに対する釈尊との問答が終りました。
釈尊の返答を全て聞き終えた人食い鬼神(きしん)が、感想を述べます。

鬼神が謹(つつし)んで申し上げます。

「私はもう、人間の修行者たちに質問を投げ掛けることは無いであろう。
私は釈尊との問答によって、コノ世と来生で悲嘆することが無くなる真理を知りました」
(No.190)

「私のような存在を救うためにも、完全なる仏陀(ブッダ:最高の境地に目覚めた人)がこの街に来てくれたのだろう。
私は今、どんな分野に善徳の種をまけば、大きな果実を得られるのかを理解しました」
(NO.191)

「私は、村から村へと、街から街へと、完全に悟った釈尊の足跡を礼拝しながら巡ってみたくなった」
(No.192)

(原始仏典  釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章10節-No.190,191,192)

(感想)

鬼神が思い知った、
「どんな分野に善徳の種をまけば、大きな果実を得られる」
とは、どんな内容なのでしょうか?

それが、第1章10節-No.188「人生の配分」に集約されています。
(1)信心深い人間であり、
(2)誠実な人であり、
(3)仏教の真理を素直に聞く人であり、
(4)何事にも、じっと我慢が出来る人であり、
(5)他人に物を上げることを心から喜んでする人。

この5つに注意していれば、今生と来生を改善させる大きな善徳となり、来生に自分が生まれ出る環境と条件も最善にするという示唆です。


私は特に、(2)(4)(5)が、万国に共通して、宗教に関係なく大切に感じます。
(1)(3)は疑問です。
間違った信仰も多いからです。
無信仰の人にも、多くの善徳者がおられます。

特に(3)は、後世の加筆でしょう。
釈尊が言いそうにも無いことです。
釈尊は、仏教という縛りも嫌う御方です。
宇宙が、すべてのテーマでした。

心配なことは、現代人には(4)の我慢が欠けて行く教育や制度が多いことです。
我慢を知らない子供を育てた親は、大変な苦労をすることでしょう。

(中略)

そして、(2)の誠実さこそが、神様にも通じる思いだと感じます。
神道の神事の要(かなめ)は、
・ 神様に誠実性を自己表現する行為・所作なのです。
・ 誠実な思いこそが、神様に最も通じやすい思い方です。


【掲載順序】本ページは「日付昇順」とします。



  • 最終更新:2020-06-11 19:50:50

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