八咫の鏡

八咫の鏡について
関連項目 三種の神器 
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神話的には、天照太御神が孫に手渡した鏡が、「八咫の鏡」(ヤタノカガミ)です。
つまり、
・ 八咫の鏡=天照太御神の心、を意味します。

でも、鏡を見て映るのは、自分の顔です。
・ 私達も、他人よりも、自分のことを正しく見なさい。
と神話は教えています。そして更に、
・ 自分の中に太陽を見なさい、見つけなさい。

これが「八咫の鏡」の真相であり、更には、
天照太御神が世の中が嫌になって、暗い洞窟の中にお隠れになった、「天の岩戸伝説」の意味でもあると感じます。



神話によりますと、ニニギノミコトは天照太御神の孫であり、天孫(あめみま・てんそん)と称されます。
天照太御神は、ニニギノミコトが荒れた人間界を管理するために、神界を代表して降臨することに成った際、

・ 御米の元となる稲穂を持たせて、
あなたが治める国を、稲の束が高く積み上がるほど豊かな、「高千穂」の国としなさい。

・ 神界の三大神器である、「八尺の勾玉」(やさかのまがたま)、「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)、そして「八咫鏡」(やたのカガミ)を手渡し、

『この鏡を、私、天照太御神だと思って、鏡を見るたびに思い出して欲しい。
そして、この「カガミ」を見た時に、民衆・他人を苦しめる「我・ガ」が自神に無いか? を自省して、
もし悪い「ガ」が自分に有ると思えば、その「ガ」を取り除いて、「カミ」の心に戻って欲しい』

このように天照太御神は、天孫であるニニギノミコトにお願いをされました。


蘇る古墳時代の息吹 2018-07-25 12:00:00

伊勢神宮を創建したのが倭姫命(やまとひめのみこと)です。
記紀神話が伝える古墳時代(2000年以上前)の皇女です。

神様のお告げにより皇大神宮(伊勢神宮内宮)を創建したとされます。
倭姫が伊勢にたどり着くまでが大変でした。

・ 奈良県の三輪山の近くの皇居に住まわれた第10代崇神天皇(すじんてんのう)は、
・ 三種の神器(天照太御神のヤタノカガミ・月読神の丸い石・スサノオ神の神剣)を同じ床の間に安置していました。
・ するとその部屋が毎晩、鳴動し光る 奇異現象が多発し、ノイローゼのように天皇が悩まれました。

天皇は、娘である豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に、ヤタノカガミを背負って、カガミさんが「ここが良い」と告げる場所を探して放浪して欲しいと頼みます。
三種の神器を分けて離したところ、この奇異現象は収まります。

・ それから近畿圏をさまよわれた豊鍬入姫命は、ヤタノカガミが満足する場所が見つけられませんでした。

・ 第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)の第四皇女・倭姫がこれを引き継いで、二名の皇女で約90年間をかけて、やっと伊勢にたどり着きました。
倭姫に背負われたヤタノカガミは、
「ここは美味し国。ここにする」
と告げて、伊勢でおとなしく鎮まりました。

・ 倭姫命が伊勢神宮を創建するまでに、天照太御神の御神体であるヤタノカガミを順次安置した場所を「元伊勢」と呼ばれ、2名の皇女が行かれた場所は100箇所を超えたと想定されます。



神道では「鏡・カガミ」が非常に重要視されます。御神体として祭られるほどです。(本当の神社の御神体は、本殿の中の密封された空間や、ヒノキの柱です)

天照太御神は、孫が「コノ世に行って来ます!」と申告して来た時に、
「では、このカガミを持って行きなさい」
と言って、「八咫の鏡」(ヤタノカガミ:伊勢神宮に在るとされる伝説の鏡)を渡します。

これは、コノ世はカガミの世界であり、
・ 自分の行為のすべてが反射して、「相手の立場」「逆の体験」をすることに自動的に成る法則で構成された世界だから注意をしなさい。
という意味でした。



私の幻視では、ヤタノカガミは、

* 黒い黒曜石の石板である。
* 16弁菊花紋章を意味する縁取りが施された石板。
* 石板の裏側に、古代イスラエルの言葉で、これを持つ者が神の代理人であるという意味の言葉が刻まれている。
* 黒曜石の御神体は、非常に重い重量がある。

これを包む箱も、燃えないように不燃性の漆喰が塗られているように幻視され、箱も重い。
全体の重量は、一人では持てないほどの重さ。


若返りの秘訣 2013-10-14 11:12:09

皇女・倭姫(ヤマトヒメ)が天照太御神の化身の八咫鏡(ヤタノカガミ)を背負って、初めて伊勢の地に辿り着いた時に、天照太御神から倭姫に対して神託が降りて来ました。
『日本書紀』には、次のように記載があります。

「この神風(かむかぜ)の伊勢の国は“常世”の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。
傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。この国に居(を)らむと欲(おも)ふ)」
— 垂仁25年3月丙申(10日)


参拝秘事 2013-02-09 11:08:35

崇神天皇の時代までは、三種の神器(鏡・神剣・勾玉)と天皇は、「同床共殿」であったとされています。つまり、奈良の皇居(三輪山の近所)の住まいに、三種の神器も置かれていたのです。
ところが三種の神器が、三種共に同じ場所に置かれたために共鳴して反応し、夜な夜な発光したり、鳴動したりと崇神天皇を驚かせたと感じます。
この以前の天皇は平気だったのですが、崇神天皇は政治という穢れを行う者である御自分が、このような畏れ多き神器と同じ場所で生活するのは、とても失礼だと思われたと感じます。

そして崇神天皇の娘である皇女に、三種の神器の中でも天照太御神の分神とされる八咫の鏡(やたのかがみ)を持たせて、この神器を祭る聖地を探すように命じました。
しかし結局、崇神天皇の皇女の時代には、八咫の鏡が鎮まる聖地が見つかりませんでした。そして次の垂仁天皇の第4皇女・倭姫命(やまとひめ)がこれを引き継いで、近畿圏をさまよった結果の最後に、今の伊勢神宮の内宮に八咫の鏡を安置することになります。崇神天皇の皇女から始まって、すでに90年の歳月をかけて八咫の鏡は伊勢神宮に鎮まることになります。


神鏡の深意 2008-07-07 19:06:21

読者より :
神棚に神鏡はまだ置いていません。
これからきちんと客観的に自己を顧みれるよう、小さい物を買おうかと思っています。神鏡について意識としては自己を顧みるため、または内在神と一体であることを確認するためという事でよろしいのですよね。
返答 :
神社や神棚に鏡が祭られる由来は、記紀神話に登場する
八咫鏡(ヤタノカガミ)に、理由の一つがあります。
天照太御神の子孫が現実界へ降りて来る時、太神は子孫
に鏡を持たせました。 そして、
「この鏡を私自身、天照太御神だと思って大事にして
  欲しい」と、伝えたと神話は記します。

この霊的解釈には、とても深いものを感じます。
鏡には、誰でも映ることが出来ます。ただし、鏡の前に
向かって立った人だけが映る事が出来ます。鏡の前に
立とうとしない人間は、映ら無いのです。
天照太御神が伝えた、「鏡を自分自身だと思って欲しい」
とは、「鏡の前に立ち映る人間は、天照太御神、自身である」
と宣言したのです。 
つまり、天照太御神は、人類の内在神として万人に宿ってお
り、人間の心が神に向かっている間は、鏡に姿が映るが
ごとく具体的に、人間に神性が現れているのです。
ただ、その事に私達は気が付け無いだけです。


関連コメント

GHQは、八咫鏡は米国へ持ち帰らなかったのでしょうか?

。。。写真を撮って、解放された。
2019-10-28 14:55:50


伊勢神宮に在る「天照大御神」から孫に預けた「八咫の鏡」と神武天皇が古代イスラエルより受けついた「三種の神器のうちの八咫の鏡」は同じものでしょうか。

。。。。同じです。
古代イスラエルの言葉が、八咫の鏡に明記あり。
2017-12-04 16:14:27


モーゼの十戒石板とやたの鏡は同じ材質ですか。

。。。違います。

十戒石板は、水晶系です。
八咫の鏡は、黒曜石のような隕石。
2014-03-29 13:47:05


先日、伊勢神宮にお参りに行く事ができました。
とっても清々しい中でお参りができ、とても幸せでした。

神楽殿では、 巫女の舞や雅楽を拝見する事ができました。
そこでちょっと疑問に思ったのですが、前には、色々なお供え物 その他諸々並んでいたのですが、鏡がありませんでした。
他の神社では、確か鏡が置いてあったのですが、なぜ伊勢神宮(内宮)には、ないのでしょうか?

。。。伊勢神宮での鏡とは、ヤタノカガミという伝説の神器ですから、1つしかないのです。
これは飾りません。

神とは、語らず、見せず、説明せずが、正しい態度なのです。
2012-02-13 16:09:14



  • 最終更新:2019-11-25 16:55:28

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