伊勢神宮(関連記事)

■伊勢神宮(関連記事)について
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12月1日になりました。もう今年もあと1ヶ月で終わりです。
今年に感じていたことは、伊勢神宮の神気の振動数が上昇していることです。
参拝に行くたびに「水晶のような世界」に神域が上昇しています。昭和時代には無かったことです。
特に内宮の上昇は素晴らしいです。

多くの参拝者は「生きながらにして」神界に足を踏み入れていることに気付いてはいません。
結局は、自分自身が清まってこそ、伊勢神宮の意味が分かるということです。
自分が同調出来なければ、ただの掃除が行き届いた自然庭園かも知れません。


神意は今も生きている 2016-07-11 09:29:46

まず手始めに、昭和20年の1月と6月の2回の空襲で焼夷弾を落としましたが、なぜか大した被害が神宮に出なかったのです。

これに業を煮やした米軍は、七月二十九日深夜にB29爆撃機の約四十機の編隊を組んで伊勢神宮、とくに内宮正殿に狙いを付けて、なんと3往復も内宮上空から空爆したようです。
その前に名古屋大空襲も成功させていた米軍は、軍需工場にピンポイントで落とす技術が十分にありました・・・・。

ー中略ー

息をのみながら見上げる職員たちの目の前で、御正宮まで数百メートル真上まで迫った無数の焼夷弾は、なぜか途中からカーブを描きながら吸い込まれるように五十鈴川にかかる宇治橋から真正面に見える鼓ヶ岳山の方向へ落ちて行ったそうです。
内宮は最後まで無傷だったのです。

外宮では、なんと正宮の御垣内の中にも焼夷弾が降り注ぎましたが、なぜか御垣内が火に包まれることはなかったとのことです。全部が不発になったのです。
後日に外宮神域から搬出された焼夷弾の残骸はトラック3台分にも及び、結局どの御宮も焼かれませんでした・・・・。

特に外宮の別宮である月夜見宮は、周辺の住宅がすべて焼失しており、しかも御宮のカヤブキ屋根に焼夷弾が突き刺さったままの状態で発見されたとのことです。やはり焼夷弾が不発だったために燃えずに残り、社殿だけが焼け野原に建っているという不思議な状態だったとのことです。


参拝の裏話 2016-01-09 11:45:18

伊勢神宮の正殿に近い巨大な神木には、鬼の面をした巨神兵が居ます。霊眼では、ほぼ巨木の高さに近い巨大さです。
神木に抱きつく人間の太ももに向かって、オオナタを上から打ち下ろす様子をよく視ます。神宮が禁止しているにも関わらず御神木に抱き付く人は、3年以内に足の骨を折る人が多いです。



伊勢神宮の長い歴史には、一般人や僧侶の参拝が禁止されていた期間も長くあるのです。
五十鈴川の対岸の"こちら側"(外界)にあります、大鳥居の外側から一般人も僧侶も参拝していたのです。
要するに、現代では五十鈴川を嬉々として誰もが簡単に渡っていますが、これが許されなかった時代も有るのです。

その理由は、もともと伊勢神宮とは、天皇の皇女であり偉大な古代の最後のヒミコである倭姫(やまとひめ)が、国家安泰・日本の繁栄・世界平和を祈念する「だけ」の場所のために「発見された聖地」であり、私情による参拝など厳禁であり個人参拝と関係のない場所だったからです。
だから、もともとが
「個人の参拝を想定していない」
という聖地なのです。

日本の長い歴史の中で、どんな動乱や国難、数々の戦国大名が登場しましても、皇室と国家だけは無難に存続が継続したのは、陰に伊勢神宮での「感謝の奉納の祈り」が有ったからだと言えます。
誰もこの「五十鈴」川の奥の霊的結界・バリヤーを破ることが出来なかったのです。
興亡をひたすら繰り返す他国とは違う点が、ここに在る訳です。
伊勢神宮が存続する限り、皇室と日本は継続するでしょう。

霊的には、生きている間は誰もが今は五十鈴川を渡れますが、死にますとまずアノ世では無理です。これはアノ世のほうが今でも厳格に次元の区別が存在するからです。
日本列島の腹の中央部分と、海の入江から来る「潮風」が、偶然の神意の聖地を形成したと言えます。ある意味で、場所に依存した聖地なのです。
倭姫も、今の内宮の場所を発見した時の感動を、潮風がささやく「うまし国」(非常に美しい国)と歌に残されています。



伊勢神宮は神様に願掛け(眼欠け)を行う神社ではありません。自分なりの感謝を「奉納する」場所です。

苦労した修行僧・西行法師が伊勢神宮内宮の五十鈴川の対岸から詠んだ
「何事のおわしますをば知らねども  かたじけなさに涙こぼるる」
という有名な歌があります。
伊勢神宮の長い歴史には、一般人や僧侶の参拝が禁止されていた期間も長くあるのです。五十鈴川のこちら側(外界)にあります、大鳥居の外側から一般人も僧侶も参拝していたのです。
今では五十鈴川をキャッキャと簡単に渡っていますが、これも有り難いことなのです。
生きている間は誰もが今は五十鈴川を渡れますが、死にますとまず無理です。アノ世のほうが今でも厳格です。

時代を遡るほど伊勢神宮は、天皇の皇女を神懸りの中心として置き、非常に実践的で高度な秘教的な神事を遂行する場所でした。
いまだに八咫の鏡(ヤタノカガミ)の三種の神器や、心御柱(しんのみはしら)というヒノキのヨリシロに関することは秘密にされています。
皆さんが思われる以上に、伊勢神宮は非常に霊的であり実践的なホンモノの場所なのです。


天が動く 2014-03-28 10:23:47

この写真は伊勢に在住の読者から送られてきたものです。
3月25日に伊勢市に到着されてからの移動中の御写真です。この日は朝から強い雨が降る時間帯もありましたので、読者は心配していたそうです。
たまたま知り合いの伊勢神宮の神官OBの御方に会った時に、雨中の御参拝などが心配だと言ったところ、その元神官のかたは微笑みながら問題は無いですよと仰ったそうです。
その理由として、昭和天皇と今上天皇の過去の御参拝に立ち会った経験から、神事のときだけ天候が変化する体験をその場で目撃しているそうです。

これは神職の間では、よくあること、だとされており、関係者は心配していないでしょうとのことでした。天皇陛下の御参拝中は、強くもなく弱くもない普段の御正殿の中では吹かない不思議な風も「来る」そうです。
読者は26日も、内宮の最初の大鳥居の広場の前で雨中に待機をして、天皇陛下の御出入りを見ることが出来ました。その時だけ、雨が急に小雨に変わったことを体験して感激されていました。



上の写真は、昨日朝8時過ぎに伊勢神宮外宮に参拝する神馬・笑智(えみとも)号です。
内宮・外宮共に毎月1日、11日、21日に神馬見参(しんめけんざん)という神馬による参拝行為がされています。
参拝された読者から、写真を提供して頂けました。

お馬さんも、素直に大神(オオカミ)に参拝しています。
何も考えずに、ただ頭(こうべ)を垂れているのが分かります。それで十分なのです。
大神に一々と言葉や思いを説明する時点で、それは神様の全能を信じていない証拠です。

お馬さんは、無心に参拝しています。これが人間には、難しいのです。色々と、自分の所作や周囲の他人の視線も含めて考え過ぎて、無心に参拝することを人は忘れています。
大神の神前に立つ時点で、そこに行くまでの自分の思いと、生活努力の御蔭です。神前に立って、感謝だけの参拝を大神にすることで、それまでの自分の生活のすべてを神様に奉納しています。
つまり、神様への思いは、神前では無心でも、普段の自分の思いと生活行為を知らずに誰もが奉納しています。


慣れとアタリマエ 2014-02-15 10:53:26

これらの写真は、昨日の伊勢神宮内宮の早朝の写真です。
    
この後しばらくして、伊勢神宮の内宮と外宮は午前10時15分から参拝停止になりました。
参道沿いの高所の木の枝が積雪で折れて、参拝者への落雪事故につながる危険性があると判断されたようです。
読者も参道を歩行中に、あちらこちらから木々が折れる音を聞いたそうです。

地元の人の話では、伊勢神宮ではめったに雪が降らないために、神宮の木々の枝も雪には弱い生え方をしているのでしょうとのことでした。
確かに私の住む地方では、雪が降る時は今回の関東以上の積雪が普通の日常です。私は深い森林地帯に住んでいますが、積雪で枝が折れる音などあまり聞いたことが無いです。もし枝が折れる音が響けば、熊さんが居ると思って警戒をするぐらいです。
神宮の神木でさえも、慣れない雪には折れてしまうことは良い教訓に成ります。

法則1: 人間も、慣れていないことには、本当に弱いということなのです。だから、何でも慣れることが大切なのです。


古代の叡智に学ぶべき 2014-01-19 10:21:11

鎌倉時代初期に記されました、伊勢神宮外宮の神官による古文書「心御柱記」(しんのみはしらのき)には、伊勢神宮の御神体であり正殿下に安置されています「心御柱」(しんのみはしら)についての貴重な記述があります。
これは秘中の秘であるために、大昔の古文書でしか一般人は知ることが出来ません。いまでも語るべからずのために、その真相は不明です。
しかし、これはコノ世の森羅万象の秘密が凝縮された、古代から伝承される地球の霊的秘密を意味しますから、現代においてその秘密の断片を考察する価値があります。

この古文書には、心御柱はヒノキであり、長さが5尺(150cm)、直径4寸(12cm)であり、
「外宮では心御柱を、地下に2尺(60cm)分を埋めて、地上に3尺(90cm)分を突き出す」
「内宮では、心御柱の全部を地面下に埋める」
とあります。私の推測では、これは外宮は男性性を表しており、そのために男根として地上に御神体を3尺分を出し、内宮は母性性として御神体の全部を埋没させるのではないかと思います。
この2つで、陰と陽を意味すると感じます。

心御柱が見える形式では、外宮が“突出する”という「陽」を表し、
内宮が“隠れる”「陰」を表すと感じます。
しかし、霊的な視点では、今度は外宮が隠れる「月」としての「陰」であり、
内宮は明るい「太陽」としての「陽」を意味すると感じます。
このように見る視点により、内宮と外宮の陰陽が「反転」することが、コノ世の万物に言えることを感じます。
女性なのに性格は男性のようだとか、男性なのに女性のような心情を持つなど、コノ世の色々に反射していると言えます。

また、心御柱の御神体を持つ御宮は、伊勢神宮の125社の中でも外宮と内宮の2社しかありません。
2つ以上ではダメなのです。これも陰と陽の2極を象徴するためだと感じます。
そして古文書には、心御柱の先端には、8枚の榊が円形に並べて置かれている記述があります。
私は、これも陰陽として、8枚の榊の間の空白が見えない榊を意味しており、
現実の榊が8枚+見えない榊が8枚=16枚の陰陽の榊を意味すると感じます。


素直な風は最高です 2013-10-27 10:21:45

伊勢神宮に参拝しますと良く感じることなのですが、神様とは本当に心地良い「風」(神気)なのです。
皇女・倭姫(ヤマトヒメ)が初めて伊勢の地に来られた時、
「是神風伊勢國~」=この神の風が吹く伊勢の国~、と歌を詠まれたように神様=風と表現されています。
静電気に触れますと、フワフワと皮膚に触れるものを誰もが感じますが、伊勢の風はこのフワフワが風となって実際に吹いています。



伊勢神宮のすべての御宮は、神官が正面のトビラを開ける時に、
「ギィギィ~」と木の良い音が「鳴る」と聞きます。これは木のトビラの立て付けが優秀なために、気密性が高いことを意味しています。
このトビラの「鳴り」が、毎朝違うようです。その日の湿度の影響もありますが、木の「鳴り」を通じて、神の意志のような神聖なものが表されていると感じます。

神社において一番神聖な場所として、本殿の中の密封された空間を「神の間」として祭ります。
「空間が御神体」であることが、古神道の奥義に在ります。
神道とは、何も無い「空・くう」を神様として祭ります。
「空」を祭ることが出来るのか?
ここに森羅万象の秘密が在ります。



やはり、遷宮の前後は、大きな神気が祭りにより「起こっており」、むやみに写真を撮ったり、参拝に真剣さが無ければ、逆に良いことが無いです。
間違ったスピリチュアル思考では、神気が存在すると聞きますと、先を競うようにその場に行きたがりますが、そんな自分の我欲的な御蔭などは無く、逆に頭をピチンとされるようなことになります。
もし、写真を撮る場合は、「撮らせて頂きます」という事前のオコトワリの気持ちと、自分の生死を懸けるぐらいの真剣な気持ちが大切です。これは冗談ではなく、それぐらいの神気なのです。


一切にムダは無し 2013-03-19 01:20:07

この新しくなった外幣殿に紫色の神気が上がるとは、御稲御倉をこれから建て替えるために、ここに安置されていた心柱が新しい外幣殿に移されたのではないか?または、お迎えする準備がされたと感じています。
このように伊勢神宮では、無言に行われる作業に従って、神意が自然といまだに干渉する証拠でもあるとも感じます。



来年2013年に伊勢神宮(天津神)と出雲大社(国津神)の遷宮(せんぐう:建て替え)が同じ年度に発生するという過去の歴史でも稀有なことが日本で起こります。
異種のモノ同士が同時に更新時期を迎えます。

ここで、日本の民間伝承にある歌「夜明けの晩に、鶴と亀がすうべった」が浮かびます。
伊勢神宮=天から飛来した天津神=鶴=南極
出雲大社=地に太古から存在した国津神=亀=北極 (ウシトラの鬼門金神=国常立太神)
この大きな二極が、2013年にスベル=統べる=滑る・・・・と響いて来ます。

「滑る」に関しましては、ポールシフトに関する兆候現象が起こり始めるのが来年ではないか?
と、私は想定します。
とにかく、2013年~2014年は、大自然や国家間の現象におきましても、重要な転換期に成ります。



アメリカが日本の皇室と伊勢神宮を温存したことには、イギリス王室からの強い意向があったことも関係するでしょう。
女王在位60年とは、生命を左右する存在からの神意が在るからこそ出来ることです。



伊勢神宮が直接に管理して、遷宮(せんぐう:建て替え)する御宮は、125社あります。
今上天皇も、125代目の天皇です。この関係には、深い神意が在ります。
今の天皇陛下こそは、“近年”3千年の文明の大取(おおとり。最後に出る重要人物のこと。)を務め、新文明の天皇へと引き継ぐ役目をする任務の御方だと感じます。
今で言う大取とは、紅白歌合戦などで最後の大物歌手のことを指しますが、本来の意味は大鳥(おおとり)という神様の意志を伝達する神使を意味すると感じます。
伊勢神宮はニワトリ、とくに尾の長いニワトリを大切にしています。尾長鳥(おながどり)とは、伊勢神宮の宮司の装束でも尾の長い鳥の姿が表現されるほど、神道では重要な意味を持ちます。
天皇陛下は、無事に御子息へと皇位継承をされることが出来ます。今上天皇は神意を受けた、大いなる任務の御方なのです。


四股を踏む聖なる大地 2011-11-22 10:51:25

私に視える四大プレートの最終境界は、上の地図の線引きとは違い、まさに日本列島の真上を縦断しています。
そして、その頂点のポイントの1つに在るのが伊勢神宮です。大陸のプレート的にも、伊勢は聖なる神気が大地から吹き上がる場所です。
伊勢神宮を起こしました皇女の倭姫(やまとひめ:最後のヒミコです。)は、伊勢の地において地球の息吹を感じられたのでしょう。


異種革命と発展 2011-05-17 11:16:15

伊勢神宮では、大切な神事を行う日には、白と黒色の幕を参道に面した建物に張ります。
白黒の幕を見ますと、私たちはお葬式を連想しますが、本当は縁起の良い配色なのです。
陰陽という白・黒(+-)の「違うモノ」が合わさって、新たな再生と出発という「3つめの道」が開くと感じます。
この白黒の幕を鯨幕(くじらまく:「蘇幕」とも書く)と言います。


防災大国に成りましょう 2011-04-04 11:23:22

興味深いのは、信仰の聖地では自動車のカーナビが誤表示することが多いです。地下からの地磁気の影響が大きいようです。
1000m級の山岳地帯の断崖絶壁で2m幅の道路が数十kmも続く熊野地方や、白山周辺の森林地帯を何回も走りましたが、最も大きな誤差表示を示したのは、伊勢の山林地帯でした。標高が低くて、森林が若いにも関わらずにです。
これは、伊勢地域の地下の岩盤が巨大であることと、水銀(空海が求めた鉱物です)の鉱床が縦横に走っているのではないか?と感じます。
伊勢には、特殊な大きな磁場が明らかに存在します。伊勢神宮が本物だと言うことが、地磁気的な面からも考察できます。


古代の信仰 2011-04-02 10:48:30

これは、日本におけるリンガ信仰が、伊勢神宮にも在ったということです。
やはり、伊勢神宮の参拝は、命に関係する生命力の意味で、男女ともに縁起が良い場所です。
しかし良く考えて見ますと、伊勢神宮における秘事は、心御柱(しんのみはしら: 【遷宮(せんぐう)の新しい視点 2010-09-21 12:02:36】 など、たくさんの過去記事があります)という、大地(母性)の地中に柱を「突き」立てる信仰でした。
ヒノキの柱=リンガ信仰とも言える訳です。これは、天皇が男系である「べき」本当の霊的な理由だと感じます。



伊勢神宮は、日本列島のほぼ真ん中あたりに在ります。全国から参拝するには、国民に公平な距離感です。
もし伊勢神宮が九州に在ったとしますと、今までのような参拝客による盛況があったのでしょうか?かなり事情は違っていたと思います。
まだ日本の全体の地形も把握されていない二千年以上も前に、第11代天皇の皇女である倭姫(やまとひめ)が現在の伊勢の地において、太陽神を祭る決断をしたことは、地理的にも大正解だったわけです。

私のリーディングでは、倭姫は奈良県の三輪山の近辺に「最後の」卑弥呼として在住していました。(倭姫が伊勢に移住した以後は、伊勢神宮における代表の祭主としての歴代の巫女(ミコ)の長が、卑弥呼に相当します。卑弥呼とは、外国からの蔑称でもあります。ほんとうは、日見子の字がふさわしいです。)


お互いを祝う社会が大切 2011-01-11 11:03:55

悪い迷いの状態の霊も、削除するのでは無く、昇華または改善させてあげるのです。祓うものなど、何もありません。自分にも縁が有ってのことなのです。
この点、伊勢神宮などは古来から徹底しています。祈祷(きとう)も祓いも、すべて神への奉納(ほうのう)なのです。
削除と奉納では、天と地ほどの違いがあります。
奉納とは、敬意を表して丸く「納める」ことです。


シンプルが正しいのです 2011-01-09 11:09:00

神界から降ろされた唯一の祝詞は、大祓詞(おおはらえのことば)です。
皇女の倭姫(やまとひめ:伊勢神宮内宮の創設者。霊的には外宮は内宮の10倍以上古く、現実に縄文遺跡に囲まれています)により、琵琶湖を見下ろす伊吹山(いぶきやま)の山頂において、神界から倭姫が啓示を受けて大祓詞が降ろされています。
神社本庁でも伊勢神宮でも、いまだに大祓詞一つをメインにして神事がされています。

ー中略ー

2:此く出ば天津宮事(=お宮)以ちて 天つ金木(=ひの木)を本打ち切り末打ち断ちて 千座の置座(=大きな千畳敷の岩盤)に置き足らはして
=大きな岩盤には神気が蓄電するので、大きな岩盤が地面にある土地において、ヒノキの大木を切りとって、ヒノキ丸太の先端と根本を切り取った中間の丸太だけでお宮を建てましょう。
これは、まさに伊勢神宮のことです。伊勢神宮の正殿の下には、巨大な岩盤層が在ります。そしてヒノキの中間部分の丸太だけで造営されます。



平成の時代が始まった年に、伊勢神宮が保有する田んぼにおいて、「イセヒカリ」と言う新種のお米が発見されています。
何十年もコシヒカリを植えていて、突然に産まれたのです。
それも台風通過で、神田(しんでん)の稲が全部倒れた中に立っていたのです。最新科学でも、遺伝子組み換えでの品種改良は難しいのです。
新しい天皇が即位する年に、伊勢神宮で新種の稲が発見されることが何回か起こっています。この前回は、内宮の正殿の御垣内で発見されていたと思います。
まさに天照太御神が、天孫(てんそん:神様のまご)が誕生した年に、”孫の印”として新種のお米をプレゼントされているのです。
お米を太陽神から授かった今の天皇陛下が長生きされることを、心から思います。


与える気持ちが大切 2010-12-01 11:09:30

この写真は、伊勢神宮の内宮にある風日祈宮(かざひのみのみや)へ通じる新しい橋の竣工式があった9月17日に、読者の御神楽(みかぐら)さんにより撮影されました。
この日は神宮に関係する全国の崇敬者に対して、来年の神宮大麻(じんぐうたいま)札などを頒布(はんぷ:配ること)する日であり、神社の主要な関係者が参列して頒布始めを奉告するお祭が内宮の神楽殿(かぐらでん)で行われました。
そして、その時の神社関係者が、新しい橋の渡り始めの儀式をしました。
この写真には、神気(しんき:神様の気)の六角形象が、新しい橋の真下に大きく写っています。
この時の関係者により全国の一宮(いちのみや)神社などに頒布される、来年の神宮大麻札は特に縁起が良さそうな感じがします。
伊勢神宮で手順を踏まれる行為には、神気が寄られて紙(神)で出来た札に乗り、全国へと旅立つわけです。


ええじゃないか~ 2010-11-19 11:37:22

この日本の国とは不思議な国で、150年間隔ぐらいで伊勢神宮へ国民の過半数が参拝する現象「ええじゃないか」運動が自然と起こります。
今からがちょうど、その時期に来ている感じです。



草薙神剣は剣ではなく、金製品だったがゆえに大切な神事の道具としての「寄り代」に使用されたのが、その正体だと感じます。
白山から今の奈良へと邪馬台国が移された後、代々の卑弥呼(ヒミコ:日見子)により、神事の寄り代として草薙神剣に神気の磁気が蓄積されていきました。
古代後期の最も優秀なヒミコであった倭姫命(ヤマトヒメ)により、伊勢神宮へと草薙神剣は運ばれています。



伊勢神宮は明治時代まで、個人からの寄付や祈願を正式には受け付けていませんでした。その代わりに個人の願い事を厳禁にして、国家の安泰と繁栄だけを奉納する場所としていたのです。ただ、運営費は国からの税金でした。
この二千年近く続く仕組みを変更させたのが、明治天皇でした。
明治天皇が伊勢神宮を個人にも開放させて、個人からの寄付や祈願を受け付け始めました。この変更の御陰で現代の伊勢神宮は、税金に頼らずに寄付で運営されています。
これから首相が変わっていけば、財政難の名前の下に、無慈悲な緊縮財政が始まる可能性があります。
もし明治天皇により、個人寄付の導入がされていなければ、税金に依存する伊勢神宮では存続出来なかったかも知れません。
まさに100年間を掛けて、「神宮が存続できる体制」を明治天皇が予見して改革していたのです。



伊勢神宮でも正式参拝は、正装していることが条件です。たくさんの寄付をしていても、男性はネクタイと背広を着用していなければ、御正殿前の審査で受けつけてもらえません。これは、何を見ているかと言いますと、「神様への気づかい」です。
服装の中身では無く、神様に礼儀を尽くす本人の気持ちを見ているのです。これは、眷属神が観ている視点と、完全に一致しています。
神宮が、この仕組みをいまだに守っているのは、神の視点が分かる人が実際に居るからです。


霊的リセットが大切 2010-08-17 11:04:38

有名なパワースポットとは、「不幸に成る壺」に変わっているのが実態です。
伊勢神宮などは、感謝を捧げる大勢の神官と参拝者 VS 無数の欲望憑け客、との打ち消し合いが背後に在ります。
だから早朝参拝と、夕方の参拝では、感じる神気に違いが生じます。
ただ、伊勢神宮のように大勢の神官による真剣な神祭りが「出来ている」場所では、日々のリセットが今も順調にされています。


鳥居の秘密 2010-04-07 10:09:09

伊勢神宮へ参拝に行きますと、参道の入口に在る大鳥居から始まり、参道途中にも鳥居が在ります。そして御本殿の前にも鳥居が在ります。
鳥居をくぐる時に、御辞儀をするべきか?するべきならば、どの位置に立って御辞儀をすれば良いのか?
などを思う人が居るかも知れません。
実は、これはするべきなのです。この所作には、霊的に重要な神事が在るのです。

ー中略ー

参道の中央は、正中(せいちゅう)として「神様の道」と言うことで空けておきます。つまり、これは中心(神)を意識した歩行(=人生)をすれば、幸運をつかむ現実界の仕組みを意味します。
また、正中を空けておく事により、上記の鳥居の前後の正中付近での御辞儀を、行い易く出来る為の意味もあります。
鳥居をくぐる前後での移動は、正中を外して、外宮では左側通行、内宮では右側通行です。


自然との共生が神道 2010-02-08 10:28:53

神道とは何か?と問われれば、大自然に感謝をする教えです。感謝をするだけでは無く、自然の中で「生活」をする教えでもあります。
伊勢神宮などは、まさに自然素材だけで生活をする知恵の実践を、神を祭る神事として毎日実行されています。
五十鈴川の下流の川水と海水が入り混じる川辺には、伊勢神宮の塩田が在り、塩を製造している神社があります。この塩が御祓や御下がりとして実際に使用されています。
伊雑宮では、米を実際に作って神様に奉納されています。
神宮保有の海岸では、伊勢神宮の神官が白装束を着て、アワビやスルメ・魚の乾物を製造して神事に使用されています。
そして、これらの食材を利用して伊勢神宮外宮では毎日、神様に捧げる為の調理がされています。


無言の教え 2009-11-29 10:45:00

他人からの干渉を受けない状態で、普段の自分の癖の有る色のままで、長い長い緑と石の参道(産道、再生の道)を歩き(足の悪い人には大変です)、何も教えて呉れない神殿に挨拶をする。
伊勢の神殿に自身の内在神が向き合い、普段は心の奥に隠れている自分の神性が刺激を受けて起動します。これには、生きる人間の干渉が無いからこそ起こる現象です。
外宮は白山の神聖を引き継ぐ「陰の鏡」。内宮は伊雑宮の神聖を分神した「陽の鏡」が霊的に存在しています。陰陽両方の鏡に自身を向き合わせる事で、霊的な再生が自身に起こります。特に伊勢の神殿は、自分の内在神を写す「鏡の反射率」が高いのです。もちろん、地域の氏神にも霊的に反射する鏡が在ります。
古来から外宮の先参り(内宮の先に参る習慣)が引き継がれていますが、とても霊的には正しい事です。遺伝子の再生には、陽からの刺激ではなく、陰からの刺激から入るのが正しい様です。この刺激の際に、他人先生の色が入ると台無しに成ります。神宮の参拝は、一人が理想ですが最小限の家族か知人ぐらいまでならば良いです。


地域の因縁 2009-06-15 10:00:14

天皇家の祭祀行為には、秦河勝による道教の呪術が取り入れられています。伊勢神宮内宮の創建には、秦氏の道教世界観が基本にあり、本殿の配置にも反映されています。
日本書紀では、秦河勝が毛虫を背後存在とする教祖を退治したと明記されていますから、現代社会の悪い教祖連中も伊勢神宮の神様に退治される事でしょう、笑。


伊勢日記 11 白山へ 2009-04-21 16:34:05

神話に於いては、 天津神・国津神 の全ての神々と国土を産み出した神様がイザナギ・イザナミとされています。
しかし、伊勢神宮でもイザナギ・ナミは大きく祭事されない様に、天津神系の神社では両親神を祭らない事が大半です。
親を隠した状態で娘が全てを取り仕切り崇拝される祭事形態が、現在の神社社会にあります・・・。

ー中略ー

興味深いのは、伊勢神宮外宮と白山中居神社は両社とも雄略天皇 の世紀に建立されていることです。
ここに背後から国家を動かす国魂(くにたま、国の守護神)の意思を感じます。


伊勢日記 8 2009-04-18 09:46:50

伊勢に古来から住んでいた土着の信仰を持つ山田地区と、貴族集団が住む宇治地区は、川を挟んで長い時代に渡り対立があったと感じます。ここにも、国津神と天津神の対立の転写が有ったと言えます。
山田地区の古代人は、山を越えた海側の同じく白山の2本目の石柱を守る磯部地区(伊雑宮の信者)の住人とは交流していました。


伊勢日記 3 2009-04-13 09:49:15

五十鈴川は少し遡ると、急に川幅が狭くなっていました。
とても驚いたのは、川に在る巨石群です。狭い川幅に家ほどの巨石が点在していました。私の経験では、他所の川では見られない伊勢の特徴だと思いました。
巨石は古代の 磐座 (いわくら)と言う、神様が降臨して宿るものです。石が神霊の霊的磁気を記憶するメモリーの役割をします。つまり大きい石ほど沢山の神霊磁気を溜める事が可能なのです。 伊勢を「神の聖地」として天照太御神が選ばれた理由には、この巨石を生み出す地層とも関係すると感じました。おそらく内宮や外宮の神域の地下には、家ほどの巨石が地中深くに存在し、神霊の磁気を蓄電する役目をしている
と思われます。


先祖霊を太陽に帰す 2009-01-31 09:50:50

正しい先祖供養とは、先祖霊を命が来た元へ帰す行為です。
これは、縁ある子孫が実行して本当に効果するのです。
伊勢神宮には、皇室の先祖霊を太陽神に帰す秘儀が根底に存在します。
これと同じ型を、私達も実践すれば良いのです。
過去の歴史には、この祭りが余りにも絶大な効果を発動した為に、一般人には禁止され封印されました。
伊勢神宮の参拝自体が一般人には許されなかった時代があります。そして、神社から先祖供養の儀式が消されたのです。


赤子は審神できます 2008-09-23 09:43:25

人間に何も教えずとも数千年続く宗教は、日本の神道だけです。この奇跡を起こせるのは、神が本当に居るからです。
今日も、伊勢神宮に神は、い・ま・す。


大船に乗った 2008-07-24 21:11:18

私は20歳過ぎから、本格的に伊勢神宮への参拝が始まりました。 外宮へ何度目かの参拝をした時、本殿の神前で手を合わせた時に、北斗七星と北極星をハッキリと頭内で視覚しました。 遷宮空き地では無く、本殿においてです。
その後に帰宅してから、視覚した星の形象が何度も事有る毎に浮かんで来ると同時に、「生かして頂いて ありがとう御座位ます」の言葉が降りて来たのです。
また、オレンジ色に微動する日輪の形象を視覚したのは、伊雑宮においてであり、やはり本殿参拝の時でした。

伊勢神宮の形式による、木材を組み合わせただけの建物に、北極星や太陽が示現する事が本当に不思議でした。
社殿の木材を組み合わせる角度、寸法、向きは、厳格な古来からの仕来たりやルールが存在しているそうです。
陰陽五行説や天体の運行から算出された説がありますが、人為的に作成したものに神霊が宿る不思議さがあります。


寄り代について 2008-07-14 19:12:00

伊勢神宮の御札で一番安い剣祓札(500円?)を、私は伊勢の各神宮で毎回購入しています。
この御札を見て何時も感心する事は、御札の中に有る木の棒の先端に、古式に乗っ取った神霊の寄り代が巻かれています。
これは、霊的に大変実践的な仕掛けが、古来より普通に何気なく伝承されているのです。
この様な神札は、伊勢神宮だけかも知れません。
やはり、伊勢神宮は特別の別格です。



江戸時代末期、全国から伊勢神宮へ御参りをする民衆運動「ええじゃないか」が起こりました。伊勢神宮の御札が天から全国に降って来たと伝承されています。
これは、倒幕派の組織が、伊勢神宮を精神的支柱にして天皇が主権を握る時代に戻したかった為に、作為的に色々な形象の御札をばら撒いたと感じます。 あの時代は、疫病や貧困、先行きの不安感が全国に蔓延する時でした。これからの日本の時代と似ているかも知れません。
その不安な時代背景の時に、神札が空から降るわけです。
その御札を粗末にした人間には、実際に不幸が起こったそうです。 不安感と奇異現象が重なり、「ええじゃないか」騒動が起こったのです。 この後に、幕府が倒れて明治維新と成りました。 では、天から降った御札は全て人為的かと言うと、そうとも言い切れません。 御札の中に、「いせ札」 「天照」などの単純な表記のものが有ったと感じます。
これは霊的に物質化した神札だと感じます。
伊勢の神札を意識的に利用した尊皇派も、実は大きな意味で、伊勢の神霊に使役されて維新を成したとも言えます。

ー中略ー

前回の「ええじゃないか」は、御札の降臨がきっかけでしたが次の「ええじゃないか」は、インターネットを通じて世界中に色々な「表現」の神札がばらまかれて、人類が伊勢への巡礼を始めるかも知れません。
これが実現すれば・・・壮大な人類の夢が到来する事でしょう。


日本の霊的弱体化 2007-10-19 19:24:00

伊勢神宮の御神札を、神宮大麻(じんぐうたいま)と呼びます。 この「大麻」とは、麻薬の大麻草と関係します。古来、日本では大麻草の繊維には、神霊が宿り易いとされて来ました。

ー中略ー

私のリーディングによりますと、古来より神道では、自然神霊を大麻草の繊維で作った寄り代に呼び寄せて、神事を執り行いました。神事には、欠かせ無い大変に重要なものです。
ここで興味深いのは、第二次大戦後のアメリカ占領軍GHQが、最初に実行したことは、大麻草の栽培・使用の絶対禁止でした。もちろん、宗教上の祭祀への使用もです。


再生の 道 2007-10-10 20:19:21

伊勢神宮の正宮、別宮の御本殿のまわりには、握りこぶし大の丸い白石(しらいし)が敷きつめられて有ります。この白石は、二十年に一度の遷宮、御本殿を立替するお祭りの際に、伊勢市を流れる宮川上流の河原から、綺麗な丸い白石を持って来て御本殿のまわりに新しく敷きつめるのです。御本殿とその周辺は最も神聖な場所ですから、最も清浄にしなければいけません。
その為に綺麗な白石を遷宮ごとに敷きつめるのだとされています。

ー中略ー

太古の白山王朝が、異民族の襲撃を受ける前に、白山から神の寄り代である石柱が、伊勢の地に移されています。
現在の伊勢神宮 外宮、伊雑宮の御本殿のある場所の地下に埋められました。その当時は、もちろん御本殿は有りません。
ただの平地でした。
その後、生き残った白山王朝に関わる、太陽信仰の民が密かに、白山山頂の賽の河原から、小石を一人1つ持ち、伊勢への巡礼の旅を繰り返しました。伊勢に着くと、石柱が埋められた場所の上に、その小石を置きました。 これを長年に渡り繰り返したので、石柱が埋められている土地の周りは、小石で埋め尽くされて居ました。 2000年ぐらい前に、御社が建造されても、その小石を置く習慣が残存したのです。 それが、現代まで継承されました。


低級霊は直線の一方通行 2007-09-06 18:58:57

よく、家の門から玄関までが、真直ぐなのは良くないとされてます。悪霊が家の中に、入り安くなる意味があります。
伊勢神宮は、大半の本殿が、鳥居から参道の流れに対して直角に違う方向に正面が向いております。
霊的な防御の型をとっているのでしょう。


正神の社殿は質素 2007-07-30 19:28:15

明治前後の時代、伊勢神宮の信者集団である伊勢講の構成人数は、日本の人口の8割以上だったそうです。
この大集団を抱える、伊勢神宮は信者規模と比較すれば、大変、質素な社殿です。これは、真の神が鎮まるからです。


太古の幻想 2007-06-24 21:58:51

伊吹山と琵琶湖を遠目に見たとき、太古のヴィジョンを幻視しました。それは、地球創生期の造山活動の時代でした
宇宙から根源神の息吹が、白山に降り注ぎました。
それは3本の生命の種を地球に降ろし、それらが互いに絡みつき生命が誕生したようです。
その3本の生命の息吹は、石化して石柱として残存しました。
1本は中心柱として、伊勢神宮 外宮 へ埋められました。
2本目は、根源神の 和魂 として、伊勢別宮 伊雑宮 に埋められ、3本目は根源神の 荒魂 として、最終的に外国の白頭山に埋められました。
2本目の根源神の和魂の分霊は、ヒミコや倭姫命に宿り、外国では、マリア様もそうです。母なる愛を体現する女性として現れました。
3本目の根源神の荒魂を宿す人物では、チンギス・ハーンがいます。


神界のヒエラルキー 2007-05-20 10:17:06

天照太御神の場合は、10個の神霊に分神しております。
私は、これを 天照太御神 の何段目(10段から1段まで在る)と表現してます。ある神社では、ここは天照太御神の何段目に感応する神社とか、私は表現します。
伊勢神宮の 伊雑宮 は、天照太御神の 十段目 の最高神格エネルギー体が鎮まっております。
伊勢神宮 内宮 は、今のところ 八段目 です。
これらは、変化育成していくものです。 いまだに、神霊が 寄るように維持しているのは、素晴らしいことです。地球上では、少なくなって来ています。



5月4日に、伊勢神宮に参拝しました。私の感応では、伊勢神宮の 外宮 は、内宮の食事の為の神霊では無く、最高神格である北極星とその眷属としての北斗七星と現在でも通じてる奇跡の場所です。その次に重要なのは、伊勢神宮別宮である 伊雑宮 です。ここは、天照太御神の神霊の格が10段階ある内の最高神格10段目がいまだに存在する稀な場所です。そして、今までの内宮は皇祖の人霊が宿る場所との認識でした。ところが今回の参拝では、内宮の本殿に 神の光る柱 が、何本も天と地の間に立ってました。 これは、今年から大きく神界が動き出してます。 勢(いきおい)良く進み出してます。 世の中が変化して行きますよ。伊勢とは、 イ セ では無く、イ キオイ と読む暗示があったのです。これから、怒涛の勢いで時間感覚が加速し、人間も変化するでしょう。

遷宮

遷宮を参照


シャンパンゴールドの柱


神前では、御正宮の正面真ん中に立つことができました。頭を下げた時、また前回同様に白い幕が風で吹き上がりました。手を合わすと、明るい 日輪を霊視しました。内宮では初めてのことです。瞬間的に天照太御神 第八段目 の観応であることが判りました
参拝を終え、以外だなと思いながら拝殿横の垣根から、御正宮の中を覗くとシャンパンゴールド色の光柱が3本立ってました。そして左側の5年後に新しい正殿が建つ新御敷地には、中央に太いシャンパンゴールド色光柱が1本ありました。今までと違う感触に我ながら驚きました。



3年前に伊勢 外宮へ参拝した時は、午前11時ごろだったと思いますが、輪郭綺麗な シャンパンゴールドの柱 が3本立ってました。
光柱は、比較的どなたでも感じるか、見えると思います。
あと、参拝する時間帯も関係しますね。午前10時から午後2時までの間が、光柱が見えやすい時だと思います。


20140704

  • 最終更新:2016-12-02 11:01:22

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