中今(なかいま)

■中今(なかいま)について

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「森羅万象5」について 2011-08-08 10:38:11

ただ、闇雲に自分だけを信じる「間違った傲慢さ」が自分にあれば、それでは世間では生きづらいことになり、飯が食えないことに成ります。
これは心の内在神が、その間違いを教えてくれているのです。やはり他人とのバランスを見ながら、その中で自分を信じて歩いて行くのが、釈尊が目指せと仰った中道(ちゅうどう)であり、神道で言う中今思想(なかーいま)です。
中今思想とは、今の一瞬を懸命に自分なりに生きれば、それは過去と未来も同時に祝福することに「成る」ということだと神示は示します。



アインシュタインが発見した相対性理論では、物体が光速に近づくほど、その物体を拘束する時間は止まります。
実は、私たちの思いは、光速を超えているのが真理です。
だから、心で思う内容が最高に大切なのです。時間(寿命)を左右させます。

神道の大切な観念の1つに、中今(なかいま)があります。
たとえどんな今の状況であっても、懸命に生きていれば、魂が永遠性の中に生き続けるという思想です。
平安時代の続日本紀には、すでに中今の観念が明記されています。
正しく神様に感謝をする行為(神事)をし続けますと、人間は自然と真理を自分の心の中から「思い出す」のです。アインシュタインも真っ青です。



人間とは、自分が天下を取ったと思った瞬間から、次の崩壊が始まっているのでしょう。
過去の歴史を見ましても言えることであり、国や企業や個人の栄枯盛衰を見ましてもしかりです。
しかし、これを避ける、良い状態を継続させる方法が、ただ1つだけ存在します。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスの場合は、人間の行為や感情を調整する美徳として、メソテース(中間にあること)を言いました。
人間は、「中間であること」を意識することが、自分自身を最善に誘導するという考え方です。

(中略)

さらに古くは、釈尊がズバリと「中道」(ちゅうどう)、つまりどんな物事にも偏らない・執着しないことを歩む生活が、悟りに至る人間の必須条件だとしました。
日本の神道でも「中今」(なかいま)と言い、今のこの瞬間・瞬間こそが過去・未来を集約した中心点であり、すべてが集約している「最中」だとしました。これにも生活の中の「中間」を意識することが含まれています。



多くの人が、生きることが苦痛だと思っています。
釈尊も、人は「生(性)・老・病・死という苦悩を避けることは出来ない」と仰っています。
そして、これを避けることが絶対に誰も出来ないのだから、だからこそ逆に
* それを明るく受け入れること。
* それを眺(なが)めること。静観すること。
* 思いっ切り体験すること。
を示唆されています。

(中略)

目覚めた人に成れることは、本当に難しいと釈尊も認めています。
アノ世からの過程を思いますと、本当に気の遠くなるような道程です。

でも、生きている私たちは、誰もがこの大いなるチャンスの「最中」「中今・なかいま」を体験中なのです。


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20141231

  • 最終更新:2014-12-31 23:03:41

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