不増不減(ふぞうふげん)

■不増不減(ふぞうふげん)について
関連項目 釈尊
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外側は内側を含み包む 2013-05-03 10:51:28

「一切皆変化」(いっさい みな へんか)・・・・「すべてが“必ず”変化して行く」とても良い言葉だと感じます。
まさに釈尊が言いたかった真髄だと思います。

(中略)

ところで、釈尊の言葉の断片を寄せ集めた「般若心経」では、

「諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減」 つまり、

物質と精神のすべての本当の正体は、「空」(何も無い)が真実であるから、
生まれたり、無くなったり、という変化は真の意味では起こっていない。
キレイであるとか、汚れてしまう、ということは本当は一切起こっていない。無垢のままである。
増えるとか、減るとか、という現象は宇宙には一切ない。すべてが絶えず一定であり変化無しである。

このような、「一切皆変化」とは真逆な言葉も残されています。しかし、これも釈尊が残した本当の言葉の一部だと感じます。

では、「全ては必ず変わる」と、「すべては変わらない」、どちらが正しいのでしょうか?
これは、円の中と外の違いで説明出来ます。

私たちが生きている間は、円の中に居ます。
円の中では、見える宇宙も含めて、すべてが必ず変化する「一切皆変化」なのです。
しかし、死後などの円の外では、「不生不滅 不垢不浄 不増不減」です。
円の内側も含んだ、外側という全体の視点では、実は圧倒的な静寂という無変化であり、時間も消えた「空」としか言えません。

だから、私たちは「生きている短い間だけ」必ず変わるという貴重な「変化」を体験できるのです。
これは、一切の変化が消える全体(空)の視点では、非常に稀有な現象なのです。



エントロピー法則の概念では、人類が激増することにより地球の大自然や資源が減少した分、その減少分が人類に置き換わっていることに成ります。つまり、地球全体では、その内容成分の「移動」が起こっただけであり、全体の視点では「変化なし」の一定だと巨視的に言えます。
これは釈尊が仰った、この世は「不増不減」だと言った意味と同じなのです。

これは凄いことです。人類は、大自然を濃縮した存在が歩いているとも言えるわけです。
しかし、大自然が犠牲になった目的は、人類の肉体に置き換わることでは無く、人間の心が思う内容に期待されています。


20140904

  • 最終更新:2014-09-04 22:53:48

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