一切皆苦(いっさいかいく)

■一切皆苦(いっさいかいく)について
関連項目 釈尊
キーワード 一切皆変化 いっさい みな へんか いっさいみなへんか
目次

関連記事

素暮 に捧ぐ 2007-06-11 20:21:18

釈尊は、人間は 生 老 病 死 を避けられない、と言いました。人は、生まれたからには、いずれ年を取り、老いて
病に成り、死ぬのです。 釈尊のように、悟った覚者でもやはり、老いて病になり死んだのです。


現状への感謝 2007-09-08 09:46:22

釈尊が伝えたかった事は、単純な言です。
”現状を受け入れ、感謝すること” です。


真剣に生きるからこそ 2008-10-07 18:33:35

釈尊は、人生とは「苦しみ」であると断言します。
苦しみだからこそ、人生で体験できる幸せを大事に味合い感謝すべきだと伝えます。

大事な事は、楽しい事や幸福を感じたならば、感謝の磁気を、そこに置いて行くことです。
そうすると、楽しい事、幸福が持続するのです。


捨てる財産に悩むな 2009-12-18 10:30:06

2500年以上前に生まれた釈尊も、「人は世(よ=夜)に生まれたからには、生(性)・老・病・死の悩みからは逃げる事が出来無い。だからこそ、闇の中で『明るく生きる事』が出来れば輝けるのだ」と私に伝えます。
選択を悩むのは、何故か? 失敗を恐れるからです。


不運は消化チャンスです 2010-04-12 10:54:38

この世で大きく成功している人は、嫌な事にも「明るく」対応した人が大半です。
生きていれば嫌な事や不幸は、誰にでも絶対に在るのです。この世に生まれるとは、「性」・老・病・死から起こる苦しみや悲しみを絶対に避ける事が出来無いと、釈尊も断言をしています。
ただ、幸福そうに見える人は、不幸に見えないだけ、いや、見させないだけなのです。


「一切皆変化」 2011-09-11 10:22:23

釈尊が言ったとされる言葉に、「一切皆苦」(いっさいかいく)があります。
これを、「この世の全ては、苦しみである。」と釈尊が言ったとされています。本当に?この意味ならば、日本語読みでは「いっさいみなく」と読ませる方が良い気がします。
しかし、これは仏典の中国語への翻訳間違いだという説が多いです。
とにかく、日本のお経は誤訳だらけであり、インドの言語の音読みを漢字にするなど、言葉の意味を成さないのが真実です。

(中略)

釈尊による「一切皆苦」の真意は、「一切皆苦では無い」つまり翻訳に「無い」が抜けている。さらには、「苦」という漢字では無くて、「必ず変化」という翻訳が正しいと私に伝わります。
つまり、「一切皆変化」が正解だと、釈尊の心を感じます。
この世の全ては、必ず変わるのです。
だからどうせ変わるモノに対しましては、その時に有り難く樂しみ、そして変わるモノに対して執着をしない、心(内在神)を痛めない、心配をしないことが大切なのです。
これが釈尊の言いたかった思いです。


自然な流れが大切です 2012-03-29 10:27:39

医師は長い勤務医経験の間に、治療すればするほど患者が苦しみながら死んで行く矛盾に、自分で苦しんだそうです。いったい自分は何をしているのか?なぜ患者は治らないのか?と。
その頃にある本の中で、釈尊の言葉と出会いました。それは、
「思い通りにならないものを、思い通りにしようとするから苦しい。」という言葉でした。
この言葉と出会い、治療にも自然な流れに従うという視点を持たれました。



前向きな気持ちで、良い意味で済んだ過去を「あきらめる=手放す」ことを知る。
「思い通りにならないものを、思い通りにしようとするから苦しくなる。」ということを知る。ただし、自分の最大の努力を何事にもした上でないと、真の意味でこのことを知ることが出来ません。生きる間は、自分が出来る努力をやり続けることが大切です。
努力=情熱であり、結果は関係ないのです。結果にこだわる間は、情熱ではなく執着なのです。



道元さんは、人間が時間の恐怖の影を乗り越えて、愛情や感謝を日常生活(=作務・さむ)の中に発露させた時、そこで時間の影が止まり「ただ、今に居ること」に成ると言います。ただ今、です。
この瞬間、「ただいま~」と自分の本性が我に帰ります。目が覚めるのです。

これと同じことを釈尊は、「一切みな苦」と言いました。
ここで言う「苦」とは、意訳であり真相は苦=変化なのです。
人間は変化することを恐怖します。変化=苦だと、人間はしてしまいます。
釈尊は、この宇宙は「一切みな必ず変化する」と言い、神でも変化を止めることは出来ないのです。
神様とは、変化そのものであるのが真相です。


外側は内側を含み包む 2013-05-03 10:51:28

「一切皆変化」(いっさい みな へんか)・・・・「すべてが“必ず”変化して行く」とても良い言葉だと感じます。
まさに釈尊が言いたかった真髄だと思います。

(中略)

ところで、釈尊の言葉の断片を寄せ集めた「般若心経」では、

「諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減」 つまり、

物質と精神のすべての本当の正体は、「空」(何も無い)が真実であるから、
生まれたり、無くなったり、という変化は真の意味では起こっていない。
キレイであるとか、汚れてしまう、ということは本当は一切起こっていない。無垢のままである。
増えるとか、減るとか、という現象は宇宙には一切ない。すべてが絶えず一定であり変化無しである。

このような、「一切皆変化」とは真逆な言葉も残されています。しかし、これも釈尊が残した本当の言葉の一部だと感じます。

(中略)

私たちが生きている間は、円の中に居ます。
円の中では、見える宇宙も含めて、すべてが必ず変化する「一切皆変化」なのです。
しかし、死後などの円の外では、「不生不滅 不垢不浄 不増不減」です。
円の内側も含んだ、外側という全体の視点では、実は圧倒的な静寂という無変化であり、時間も消えた「空」としか言えません。


軽く希望して見ましょう 2015-01-30 11:10:38

「コノ世のすべての物事は、必ず絶対に変化します」(諸行無常:しょぎょうむじょう)

「コノ世のすべての物事は、苦しいことも伴います」(一切皆苦:いっさいかいく)

「コノ世のすべての物事は、自分のモノは何1つもありません」(諸法無我:しょほうむが)

このようにコノ世を明るい気持ちで見直した時に、人間は初めて苦しみから離れることが出来ます。
これこそが、人が本当に幸福に成れる手段です。

(原始仏典 ダンマパダ20章-277番・278番・279番)

(感想)
(1) コノ世のすべての物事は必ず変化して行くから、心配するな。慌てるな。
(2) ただし、幸せも変化して変わって行くから、どんな幸福にも別れという苦しみを持つことを忘れるな。
(3) 初めから、コノ世には自分のものは何も無い!と思っていれば気楽だろ?
釈尊がこのように語り掛けるようです。

要するに、
「執着するな」
「執着しないからこそ、それを真から楽しめるのだよ」
「変な執着をしないからこそ、逆に思い切り頑張れるのさ」
「執着しないからこそ、逆に多くのものを得るのさ」(これは投資の極意)

このようにも響いて来ます。
そして再度、以上を読み直しますと、
「アハハ~、なんだ、すべては気楽で良いじゃないかー」
と腑に落ちて来ます。

(中略)

自分なりの最高の努力をしながら、
* 執着しない
* 軽く希望する
* 最終的には何も持てないことを覚悟する
このように生きていますと、コノ世が最高に楽しい世界へと変わって行くことでしょう。
これは真理の法則に合っているからです。


関連コメント

与えれば与えられるの20頁

御釈迦様は人生とは 「苦しみ」であると断言します

。。。今日の記事は、その先の展開だということです。

話には、段階があります。

神示です。
2011-09-11 22:24:24


仏教でも他のインド哲学でも、一切皆苦、つまり凡人には苦もあり楽もあるこの現象世界も、悟った者には全て苦でしかないといわれています。

。。。魔境の悟りであり、悟ってません。


お釈迦様の説いた「一切皆苦」とは、本来どのような意味を持っているのでしょうか?

。。。「一切皆苦」=一切歓喜、です。
分かりやすく言えば、一切苦だと思っていれば良いのです。嬉しい有り難いことばかりに成ります。
でも真実なんです。
2010-09-30 16:24:16


【掲載順序】
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20140708

  • 最終更新:2015-01-31 15:28:19

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