一休

■一休について
関連項目 悟り(覚者)
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一休さんとは、転んでもただでは起きない、したたか、本質を突く、とてもスケベ、ユーモアの達人・・・・・であり、私の中では大阪商人にも通じる面白さを感じています。

この肖像画を見ましても、まあ食えない、素直ではない、面白オヤジだったと思います。
ただし、見性・悟りを観ているのは間違いが無い稀有な御方であるのは確かです。
浄土真宗の再興の大教祖・蓮如さんをも自分の子分として、自身の美食と小遣いのスポンサーとして遊んでいた御仁です。



一休さんの道号(名称)の切っ掛けにも成った、一休が詠んで高く評価された歌に、
「有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)に帰る 
一休み
雨ふらば降れ 
風ふかば吹け」
が有ります。

有漏路とはコノ世であり、心が心配で漏電する世界であり、煩悩や人間のサガ・性を指します。つまり、
「誰もが必ず絶対に、コノ世からアノ世に帰るのだよ。
だから、雨が降るならば降るに任せろ。
風が吹くならば大いに吹けば良い。
慌てるな。いつでもどこでも一休みの心境で居よう」

つまり、一休さんならば、「悪口ならば大いに言わせておけば良い」が答えです。



生まれ出るだけでも超難関で偉大な奇跡のプレゼントであることが、死のトンネルをくぐった魂には真から良く分かり、その生まれ出た奇跡の上では、どんな人生の悩みも「大した問題では無かった」ことが真から自分で分かります。
人間は裸で生まれ出て、そして「全てを置いて」裸でたった一人で死んで行きます。
コノ世の「捨て去る物事」のために、あれほど死ぬほど悩んでいた自分に後悔します。
今朝出した生ゴミのために、一日中も悩んでいたことと同じだったのです。
それよりも、今日の人生に感謝することがもっと大切なのです。

しかし、私たちが「死んでから」今生の貴重さを認識した時はもう遅いのです。
一休さん、良寛さんという覚者は、「生きている間に」既に生死の境界を心境で渡ることが出来ていましたので、生きている間に「死にとうない」とわざわざ発言を残しています。
これは自我の執着からの「死にとうない」では無くて、アノ世の視点からコノ世への賛歌と御礼の「死にとうない」だったのです。



ここで、有名な一休さん(実名は宗純)が、「一休」という道号を師匠から授かるきっかけとなった
有名な歌があります。
「有ろじより  無ろじへ帰る  一休み  雨ふらば降れ  風ふかば吹け」
色々と有るコノ世から、何も無いアノ世へと帰り、そして一休み。
雨が降るならば降れ。 風が吹くならば吹け。


か弱き人の死は響きます 2012-06-19 10:39:36

有名な禅僧である一休(一休宗純)さんは、コノ世でとことん真面目に求道し、また、世の中を斜め下から観る酔狂も経て、酸いも甘いも、身分の最下も最高も経験した上で覚醒した人物でした。
その言葉には真理を観た者だけの鋭さが在り、見せ掛けでは無いことが分かります。
この稀な覚者の最後の臨終の言葉は、
「死にとうない」 でした。
このように、その人生は最期の最後まで、周囲の人間を煙に巻くことに終始する徹底ぶりでした。

辞世の句には、
「朦々(もうもう)淡々として60年、末期の糞をさらして梵天(ぼんてん、仏法の守護神)に捧ぐ」
という言葉も残しています。
「末期症状の寝床のタレ糞も含めて、すべてを神仏に捧げます」、と言っています。
一休さんは、当時の平均寿命の約2倍という87歳まで生きられた長寿でした。もうやり残した執着など有るはずがありません。
しかし、最後の言葉は「死にとうない」です。

実は、最期の最後まで「生きよう」と思うことが、「生きながらコノ世からアノ世へ渡る秘訣」であることを私はハッキリと覚えています。
また、生き残る周囲の人間にも、コノ世の素晴らしさとかけがえの無さを「死にとうない」は教えているのです。
こんな世の中捨ててやる、コノ世から早く去りたい、などの言葉は、その周囲の人間に嫌な気持ちを残します。
「死にとうない」は、コノ世への最高の賛辞であり褒め言葉だったのです。



物事が上手く行く人には、自分のことが大好きな人間が多いのです。私も自分(内在神)のことが限りなく好きです。
ここで勘違いするのは、「俺って最高!」の自我が好きでは無いことです。これでは息切れして、必ず落ち込みます。何事も継続しないのです。
長く成功を継続する人間は、ダメな自分のことも知っており、そんな自分「こそ」が好きなのです。自分の弱点を「知る」人間とは強いものです。そんな自分の弱点も明るく好きな人間は、さらに強い人間です。
一休さんなどは、ダメダメな自分自身を見て笑っていました。これは冷笑では無く、そんな自分も愛おしい心からです。



一休禅師も、求道の過程において空海の高野山に参拝したとされています。
後世の人は、生まれた時代が違うこの二人が、もしお互いに歌をやり取りすれば、

一休禅師: 弘法は虚空の定に入りもせで 心狭くも穴に入るかな。

弘法大師 空海: 入りぬれば虚空も定もないものを 心狭くも穴と見るかな。

一休の言いそうな言葉として、
「本当は深い悟りに入っていないから、心が狭いために穴ぐらに入るのでしょう。」
しかし空海ならば、
「本当に悟りを知れば、そこには悟りというものがそもそも無くて、自分の心が狭いから“悟りに入る”“狭い穴に入る”という表現をするのですよ。」
これは、なかなか良く出来たやり取りだと思います。
これの元ネタは、空海とライバル視された最澄(さいちょう)とのやり取りの手紙に在ります。


内在神からの御出迎え 2011-11-25 11:17:05

人間が、この糞袋(くそぶくろ。一休さんは、肉体は糞を包んだ袋にすぎず、心が神聖だと表現しました。)を脱ぐことは、全員が確定している真理です。糞袋同士の恋愛も、執着すれば必ず飽きます。
これを忘れてはいけません。
これは、神様からの恩寵(おんちょう。プレゼント)だと、逆に思います。

だから、嬉しい事は、稀有な「有り難い」ことだとして、思いっ切り感謝して樂しみましょう。
嫌な事や苦しい事も、「時間限定」の体験にすぎないのです。
すべてが思い出に成ります。
今日も、思いっ切り生きましょう。



考えて見ますと、悩みの無い状態からは何が生まれるでしょうか?すべてが停止・衰退に向かう可能性が高いです。
人類をここまで進化成長させたのは、ストレスだったとも言えるのです。
太古の地球では、植物が発生して二酸化炭素を放出するまでは、酸素のストレスにより生物はすぐに死ぬことを繰り返していたのです。この酸素ストレスへの対応をする内部構造を有した生物だけが成長を始めました。
だから精神が覚醒する人間とは、それだけ悩みが大きい人物でもあるのです。
親鸞・一休・道元・・・ラマナ・マハルシ、ラーマクリシュナ・・・、みんな死ぬほどの悩みを初期に抱いた人間ばかりが自己の中に光(内在神)を観ています。



他人先生から伝授(他人の垢を憑ける行為)された人間には、本当の目覚めは起きません。一休さんが、「師匠を殺せ」と示唆した意味です。
垢を浄化してから初めて、内在する存在へ向きあう事が出来ます。非常な遠回りです。



皆さんは、自分が世に「生まれた」という事実に、もっと誇りを持たなければ生けません。これは本当に稀有な事なのです。
有名な覚者である一休さんや良寛さんも、最後の言葉は「まだ、死にたくない」でした。



一休禅師は、「人間は腹に糞を抱えた糞袋だ」と言いました。
どんなに着飾っても、人間(肉体)は糞袋なのです。
肉体同士の好いた飽いたも、糞袋同士の一瞬の出会いに過ぎません。
人間は必ず足腰が弱り、老いて行きます。相手が老いて行く姿にも、「愛情が持てる心」に成る事ができれば、この世は楽しい事ばかりと成って行きます。 
自分自身が変われば良いだけの事です。


霊的磁気の被爆 2009-10-13 11:56:11

無欲で有名な禅僧の良寛や一休でさえ、座る場所への拘りだけはありました。


苦しい人も大丈夫 2009-04-24 10:39:00

過去の行法や呪文には、人類が目覚めるのを妨害する意識が根底にあります。宗教組織やセミナー会を構成する為です。
この秘密を知らない人間は、先人が実践したからと言う理由だけを信じて追随してます。
覚醒により、この秘密を知った一休や白隠さんなどは組織を離れました。


霊的師は害悪 2009-03-28 10:45:45

禅の世界ではよく、
「師に会ったら師を殺せ、仏に会ったら仏を殺せ」と言います。とくに一休さん、そして白隠や道元も似た意味を示唆しています。 これのハッキリとした説明が残されていません。
これらの大悟した先達の後に、組織運営をするにあたり支障があるからです。 説明が無い、あやふやな状態で言葉だけが継承されました。
後世の人々は「他人を頼らないこと」「自己内に向かわせる方便」などに解釈されています。
真実は、そんな甘いものではありません。
一休さんは、二十歳代半ばで大悟した時、
「ははあ~ん、俺は何と遠回りをして来たんだ。」
「俺を迷わした張本人が憎い。」と真底怒ったのを感じます。
その後の彼の行動は、仏教界の常識を破る強烈な嫌味のパフォーマンスの実践でした。 「人間」を惑わす師匠などの存在は、勘違いの元であり「師に会ったら師を殺せ」の言葉のままを本当に思っていました。


心配するな、何とかなる 2008-10-14 18:19:12

一休禅師も、動物の毛皮を尻下に敷いていました。
彼の場合は、宗教家に対して民衆が持つ、聖なるイメージを破壊する意味も有ったと思いますが、瞑想時に余計な霊的磁気を消して集中する意味も有ったと、私は思います。


飯の種には成るな! 2008-07-23 18:50:10

一休は、ちょっと酒でも飲みたくなると、蓮如のところへ勝手にお邪魔して、気楽にしていたのでしょう。蓮如は、当時の時代に隆盛する、今で言う新興宗教の大教祖様であり、大金持ちでもあったのです。その蓮如の本尊を、枕代わりに寝るとは、一休らしいですね。蓮如の弟子が見れば、卒倒したことでしょう。
また、蓮如の返した言葉が面白いです。
「俺の米びつ(飯の種)に触るな」と、言ったとも伝えられています。
癖の強い一休が、ただの金持ち教祖に近しくする事はありません。 年下の蓮如が可愛かったのだと感じます。蓮如の背後存在が、一休にはペットの様に可愛く感じた事も関係します。
一休は、禅などの仏縁が大きい人生を歩みましたが、実際は神霊筋の魂でした。 その点、蓮如はガチガチの仏縁の人でした。


実際は、逆が多い 2008-01-24 18:22:20

最近、怖い夢を見たとか・・・、所有する数珠が切れました、
愛用のコップが割れました・・・、置物が落ちて壊れました、
これの意味は何でしょうか? 悪い予兆なんですか?
などなどのメールを頂きます。
もし、一休和尚が同じ問い掛けを受けたなら、手に骸骨を持ち、その人の目の前に向けながら、
”それは、大変だ。 ご用心、ご用心” ・・・・とか、
良寛さんなら、1月11日の記事のように、
”災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。
死ぬ時節には、死ぬがよく候。
これはこれ災難をのがるる妙法にて候。” とか、・・・
言ったかも知れません、笑。


関連コメント

一休さんも似たような瞬間に悟りに落ちているということですが、可能なら具体的に教えていただけませんか。

。。。琵琶湖のほとりで佇むときに、水上を渡り飛ぶ鴉の鳴き声を聞いて大悟しています。
2014-05-28 14:26:59


一休さんのことで質問です。すばらしい方だと思いますが奇行も多かったとのこと。その一つに、老後若い女性と暮らし、わざとそれを人に見せていたとも聞きました。一休さんほどのお方でも最後まで色欲があったのですか?

。。。そうです。
だから、悟りにも次元があります。
道元> > 一休。です。
2014-03-28 18:28:01


酸いも甘いもかみ分け、この世のあらゆる経験もされ、覚醒に至った稀な人物一休さん。
そんな人物の臨終の言葉が、「死にとうない」。
何度かリーマンさんがこのことを紹介される度、理解の足りない私にはどうして? と思える。
当時の平均寿命の倍近くを生き、もう何の執着も無いなら、「楽しかった」とか、「お世話になりました」とか、満足して黄泉の国へと旅立って行くのではないのか?
潔くないのでは?

。。。だから、わざと

「生き残る周囲の人間にも、コノ世の素晴らしさとかけがえの無さを「死にとうない」は教えているのです。
こんな世の中捨ててやる、コノ世から早く去りたい、などの言葉は、その周囲の人間に嫌な気持ちを残します。
「死にとうない」は、コノ世への最高の賛辞であり褒め言葉だったのです。」

こんな世界は失くなってしまえ、では無くて、もっと居たいほどの素晴らしい世界だと他者に教えているのです。だから頑張りなさいとね。
2012-06-19 19:06:14


一休宗純禅師は『般若心経抄』を著わしていますが、(自分は原文等解釈は読んでません)一休禅師も般若心経を唱えていたのでしょうか?どう解釈してたんでしょうか?

。。。もう時代が違います。
過去よりも、今です。
2011-11-03 16:55:00


一休さんが、師を憎んで殺すまですることは良くないような気がします...
って、そういうことを仰りたいわけじゃないのはわかってますケド... あまりに過激な表現で、いや、確かに人間の師が必要ないってわかりますけど...。だからって殺しちゃうくらい憎んでしまう気持ちを肯定する必要ないと思います。後世の人々が「他人を頼らないこと」「自己内に向かわせる方便」などに解釈されたのは、そういう理由ではないですかね?

・・・一休さんは、仲間が悟れないと言い、自殺していく経験を沢山しました。
多くの人間の人生時間、魂を無駄にする事への怒りです。
2009-03-28 13:01:42


20140707

  • 最終更新:2015-07-08 21:29:16

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