ラーマクリシュナ

■ラーマクリシュナについて
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ただダラダラと歩くのではなく、若返るための有効手段として真剣に「明るい」気持ちで歩くことが大切です。これを通勤でも、意識します。
そして、バランス良い食事をして、生かされていることへの感謝想起をします。
このようなことでも意識して継続しますと、人間は悟ることが「突然に」「起こり」ます。
そのように人間はプログラミングされています。

問題は、このようなことを最初は意識して実行しないと、悟りは「起こりません」。
意識して継続しますと、それが無意識となり、忘れても実行している時にカンナガラ(内在神の自動運転)モードに入り、その内に悟り、見性、意識の無限性、すべては1つなる存在、というものが腑に落ちるように飛び込んで「来ます」。
近代インドの聖者ラーマクリシュナも、外を歩いている最中に、飛んでいる鳥を見た瞬間に大悟しています。一休さんも似たような瞬間に悟りに落ちています。



どんな仕事を通じても、自分の良心(内在神)を発露させて、これが普遍的な神という存在に自然と行き着き、その人物が輝きます。
宗教や信仰をしなければ神様に行き着かないという誤解を人類はしています。
これは大きな間違いであり、間違った信仰は本当の正神から離れて行きます。
仕事や社会生活の中で、自分の良心に従って懸命に生きれば、誰でも本当の神様へと行き着きます。
本当の正神は姿を見せる・話し掛けるなどの奇異が一切ありませんので、素直な普通の人間に成るのがカンナガラ(神との一体化)の証拠と成ります。

これと同じことを強烈な信仰を通じて証明した聖人が、近代のインドに存在しました。ラーマクリシュナ(1836年~1886年)です。
彼は、当時の体験入門出来るすべての宗教(ヒンドゥー教・イスラム教・キリスト教・仏教・・・・)に入り、どの宗教組織でも部外者であるにも関わらずに、最高の覚者の認定を受けるという奇跡を短い生涯の間に成しています。
どの宗教でも、教団に関する神々を下位の存在から順番に見神して行き、その宗教の秘中の秘を代表者に語ることで認定を受けました。
ラーマクリシュナが最後に行き着いた信仰は、なんとインドの土着の魔神信仰であるカーリー女神への信仰でした。

縁あるすべての信仰を極めた彼が言うには、どの宗教のどんな信仰を極めても、最後に行き着いた神はどの宗教でも「同じ1つの神様」だったと言います。
魔神カーリー信仰でも、やはり最後は同じ1つなる神様を見神しています。
下位の神々はそれぞれ個性ある姿形を持ちますが、上位の神になるほど個性が消えて行き、最後は太陽のような「愛の海」だったと発言を残しています。
どの宗教どの宗派でも、最後は「太陽の愛の海」が現れると彼は言いました。

本当の神様は、太陽として人類に毎日姿を見せているのです。私の体験でも、最後はやはり「愛情のカタマリ」としか表現しようのない太陽が脳内に示現します。
ラーマクリシュナが体験したことは、宗教でなくても社会の仕事を通じてでも、同じ1つなる存在へと行き着くことが可能なのです。
1つなる存在からしますと、宗教も仕事も生活もすべて同じであり、神へと行き着くことが可能な「道」に出来るのです。



考えて見ますと、悩みの無い状態からは何が生まれるでしょうか?すべてが停止・衰退に向かう可能性が高いです。
人類をここまで進化成長させたのは、ストレスだったとも言えるのです。
太古の地球では、植物が発生して二酸化炭素を放出するまでは、酸素のストレスにより生物はすぐに死ぬことを繰り返していたのです。この酸素ストレスへの対応をする内部構造を有した生物だけが成長を始めました。
だから精神が覚醒する人間とは、それだけ悩みが大きい人物でもあるのです。
親鸞・一休・道元・・・ラマナ・マハルシ、ラーマクリシュナ・・・、みんな死ぬほどの悩みを初期に抱いた人間ばかりが自己の中に光(内在神)を観ています。


愛情は、次元を超える 2010-07-20 10:06:56

インドの聖者としては、ラマナ・マハリシよりは劣りますが、有名なラーマクリシュナ(1836~1886年没)は、強烈なバクティ信仰一本道で、あらゆる宗教で見神(けんしん)しています。もし、日本神道と縁が有れば、天照太御神を見神したでしょう。
それは文化や言語を超えた、「神への愛情」と言う視点で信仰するから可能なのです。
人間が持つ愛情は、神性の一面です。人の表面意識が行う儀式を飛び越えて、人間が持つ神性(愛情)を持って、神様と向き合うから通じやすいのです。


カギは日常の中に 2009-12-16 11:14:30

現状への感謝を通じて到達した世界は、11の段階=次元が存在すると感じます。私の感じる宇宙は、11の様相で構成されています。11の先は、また元の位置に戻るループと成ります。
十一面観世音菩薩とは、本当に上手く表現したものです。
この11の世界を感じる意識で、人物を観ますと面白い反応が得られます。私の意識を相手に投射して、帰って来る反応を観ます。相手が清浄なほど、私の投射が深く浸透します。物でも反応が還ります。3~11の深度の反応が得られます。
例えば、
近代インドの聖者、ラマナ・マハリシ=10次元。ラーマクリシュナ=7。クリシュナムルティ=6。
老子=9。孔子=8。画家ピカソ=5。ゴッホ=7。棟方志功=8。ミケランジェロ=7.5。バッハ=8。モーツァルト=9。黒住宗忠=8。ダ・ヴィンチ=6。 などなど。



近代インドを代表する聖人の一人にラーマクリシュナが居ます。
彼は信仰を始めた幼少時から、縁により魔神を信仰しました。
殺りく・呪殺・死体を食らう黒き魔神と称される、インドの土着信仰のカーリー女神です。 
この世で人間の個人欲を叶える力が強いエナジー体を、人間は霊験があると神様として祭るのです。
金銭欲・健康・色々な個人欲を人間に与え叶えさせる信仰です。この様な信仰は必ず交換条件があり、代わりに大事な何かを最終的に亡くします。

(中略)

この願望を叶える魔神にラーマクリシュナが願った事は何か?
それは、「神様の姿を見せて欲しい」でした。
紆余曲折を経て、彼は最終的には魔神(幽界存在への信仰)を通じて上位の神様と通じ、最後には根源なる名無しの母性存在にも観応したのでした。


花は既に咲いている 2009-04-01 10:56:12

インドの聖者 ラーマクリシュナは、近くに出かけると家人に伝えたまま、半日も帰って来ない事が頻繁にある人でした。
家族が探しに行くと、道端に咲く花の前で恍惚状態のまま立ちすくんでいました。
この様な事が、ある時は繋がれた牛の前だったり、囲われたニワトリの前だったりもします。
家族が「どうしたの?」と聞くと、神様の美しさに見とれていたと言いました。万物全ての中に神性を観られれば、こんな幸せな事はありません。
ほら、あなたの目前で怒っている人の中にも、神様が居るのです。言うことを聞かない憎たらしい時の子供の中にも、神様が嬉々として居るのです。
どうして自分の心を痛める必要がありましょうか?


根源神 への 道 2007-05-20 11:58:44

全ての元である 根源神 へは、どのような宗教、宗派を通じても突き詰めていくと、行き着きます。
インドの聖者ラーマクリシュナは、それを実践しております。
ヒンズー教やイスラム教の色々な宗派において、その宗派の修行を一から実践しました。宗派の階位を一段ごとに上る度に宗派の下位の神霊から順番に邂逅を体験していきました。
そして、その宗派の最高神との感応を果たします。その最高神は、宗派ごとに違いや、特色がありました。彼の凄いところは、その最高神との感応の先を目指し、最高神と完全一体を感得した先に感じた存在 の様相は、どの宗派のものも同じでした。ただ無言の 愛の海 が広がっていたと彼は表現してます。
この、どの宗教でも最後に辿り着いた 愛の海 が根源神です。


関連コメント

御盆の辺りから主人の事が好きで好きでたまらなくて大好きで仕方ない思いにあふれています。ずっと抱きついていたいです。
これを書いている今もつきあっている頃のように胸が高鳴って早く会いたくて仕方がありません。
結婚17年目です

。。。問題は無いです。
燃えてください。

伴侶に一途の夫婦も、悟りへと昇華することがあります。
聖者ラーマクリシュナなどは、奥さん・サーラダーを女神として信仰していました。
2014-09-05 22:20:36


「マハルシさんの真理」がまるで分からないのですが、でも分かった瞬間、そりゃよだれだって垂れ流す位の至高体験だろうとは分かります。

。。。。ヨダレは、ラーマクリシュナです。間違えないように。
ラーマクリシュナも神へのバクティ・親愛により、7次元を見神しています。稀有なる例です。
ラマナ・マハルシは、10次元です。至高の存在です。
2013-07-08 13:19:46


ラーマクリシュナが最後に行き着いた信仰がカーリー女神だったのは何か理由があるのでしょうか?

。。。最後は母性信仰に行き着いたということ。
イザナミの転写でもあります。
人間が母体から生まれる宿命です。
2012-07-30 17:06:47


宗教に組織は不要、と伊勢白山道に出会い、骨身にしみるほど私自身は感じています。
ただ組織に関わる者には、結局宗教組織とは何か、自分は組織とどうあるべきか、など…私には宿題のように突きつけられるような気がしています。

。。。もう現状の中で、自分の良心をどれだけ発露させるか?です。
あなたが抜けても、組織はあります。
それならば、その中で、良心を発揮させるのが大切。
例えば、ラーマクリシュナは、魔神信仰の教団に入っても最期には見神しました。
新しい人には、わざわざ入ることは不要なことですが。
2011-06-27 20:34:48


リーマンさんが「あるヨギの自叙伝」の著者であるパラマハンサ・ヨガナンダとその師たちについてこのブログで全く触れないのには何か意味があるのでしょうか?私は人間の理想的な姿として、ヨガナンダの師のスリ・ユクテスワやラヒリ・マハサヤのような人物を思うのですが。スリ・ユクテスワは親から継いだ自分の財産で生活し、弟子を無料で教育したというし、ラヒリ・マハサヤは公務員だったと思われます。「あるヨギの自叙伝」を読む限りにおいては無私の愛と神への全託(個人的欲望の放棄)しか見受けられません。

・・・インドは聖者を国策で擁立しますので、普通の方には判断が難しいですよ。
上記の人々の霊性は5です。(10段階評価)
一般者は3ですので、光るものはあります。
ラーマクリシュナは、7です。
ラマナ・マハリシは、9か10です。
2009-07-17 15:24:43


ところで、今日のラーマクリシュナさんの様なお話を読むと、「こういう恍惚状態は素晴らしいことなんだ」と思われ追体験をしようとする読者様も万が一ひょっとしたら中には少数現れてくるかも知れないと思いました。確かに、純粋に森羅万象に感動する心は大切な感性かも知れませんが、やはり半日も突っ立ってしまう程だと現実生活に支障をきたすことになるので、我々は感謝想起で日常を「普通に」生活することが何より大切だということを確認の意味でコメントさせて頂きましたが如何でしょうか伊勢白山道さん?余計なお世話でしたか?

・・・もちろん、そうですよ。
大事なことですね。
2009-04-01 13:28:36


(2chログ)

ラーマクリシュナの教えを 理論体系化 して広める役目が
あったのでしょう。
2007-05-02 21:29:47


20140721

  • 最終更新:2015-02-06 23:21:40

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