モーゼ

■モーゼについて
目次

関連記事


モーゼがシナイ山で切り出した石で作成した十戒(じっかい:10個のイマシメの言葉)を刻んだ石板(聖書では「契約の板」)は、2枚ありました。(旧約聖書・出エジプト記 より)
諸説ありますが、2枚の石板に10個のイマシメを5個ずつに分けて刻まれていたのではなくて、同じ十戒石板が2枚あったと視えます。

石板の材質は、石英(せきえい)だと思います。要は、水晶石が濁って色の付いた石板です。
1枚目の石板は、ブルー色。
2枚目は、大理石のような白く濁った石板。
に感得します。

そして、歴史の秘密として、ブルー色の十戒石板は、ヨルダン川西岸地区の死海の側の遺跡の中に存在。(死海文書は関係します)
白い十戒石板は、伊勢神宮・外宮の神域内の小山にモーゼご本人により埋められたと私は夢想しています。これは根拠の無い、私の想像です。

ではなぜ、モーゼは同じ石板を2枚も用意したのか?
これこそは、旧約聖書の最高神・ヤハウェ神(国常立太神の7次元)が雷鳴と共にモーゼに命じたのです。その理由は、
「未来に、我が神の子たちの兄弟が再会した時に、兄弟であることを理解させ決定付けるための証拠として」
同じ石板を持たせたのです。



過去記事にも書きましたが、能登半島の宝達山には「モーゼの墓」の伝承が古来からあり、町でも保護されています。(【太古のロマン 2007-09-18 20:12:28】)
古代イスラエルの始祖モーゼが、初めて大陸から船で能登半島に辿り着き、上陸後は船に大きな車輪を4個取り付けて、京都経由で伊勢へと陸地をたどったのが目に浮かびます。
そして帰路の途中に亡くなったモーゼを、イスラエルの原風景にも似た宝達町において、宝達山をシナイ山に見立てて埋葬したことを感じます。

宝達山という名称には、この山に金鉱脈が存在する由来からがありますが、それ以上に遠方から「宝」が「達する」という意味にも感じます。
以上は私の夢想ですが、七尾市の青柏祭(せいはくさい)や京都の祇園祭の大きな台車を見るたびに頭に浮かぶことです。



古代イスラエルの始祖モーゼは、神から十戒(じっかい:10個のいましめの言葉)の「石」版を2枚授かっています。
このあたりに、驚くべき地球の歴史のロマンが隠れていると思います。



要するに今の世界は、古代ユダヤの信仰が陰の原点となり前世紀の超大国イギリスを形成しています。
そして、その古代ユダヤ信仰の更に原点が、日本に存在したということが戦後に陰の支配者の間で認知され始めているのを感じます。
京都の八坂神社などは、古代ユダヤ信仰の親分であるモーゼが長い間停留したキャンプ地だったことを幻視します。
京都八坂の小高い丘に住んだモーゼは、京都人にエホバ神(スサノオ神の7次元の現れ)の信仰と、織物技術・染色技術を教えています。
モーゼこそが、聖なる箱を運ぶ祇園祭の起源であり、伊勢地方に伝わる蘇民将来(そみんしょうらい:エホバ神の子供である印を、家の玄関に付けるhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B003KZ59CQ/isehakusandou-22/ref=nosim)の習慣を現代に残しています。

モーゼは、オデコの上部に皮膚が硬化して隆起した2つのコブを持ちました。小さなツノにも見えました。
モーゼが京都の山々を放浪する間に、色んな鬼伝説が京都から生まれたのは非常に面白いです。民間伝承とは、数千年間も事実の一面を伝承するものなのです。


太古は川が道だった 2011-12-16 18:44:33

石川県の「宝達」志水町(ほうだつ:宝の箱が、日本へ達した)には、「伝説の森モーゼパーク」と名付けられたモーゼの墓が町営で管理されております。
戦後に米軍GHQが町に来て、墓の周辺を掘り返した伝えもあります。
モーゼが伊勢から大陸のシナイ山に戻る帰り道で、残念ですが日本で亡くなった伝説です。


鳥居の秘密 2010-04-07 10:09:09

私のリーディングでは、伊勢にはモーゼを始めとして古代ユダヤ教の聖職者が来ていました。神宮創建に関わった天皇との深い関係も在ります。
今のイスラエルの聖職者たちが伊勢神宮へ参拝をしますと、世界平和は必ず実現します。
すべては白山に在った3本の石柱から、今の世は始まっています。


太古のロマン 2 2009-06-17 10:44:48

ユダヤ教とキリスト教にとって、非常に大事にされているモーセの十戒が有ります。
この内容が記された石板が存在したと伝説にはあります。
映画「十戒」では、シナイ山で聖者モーゼが瞑想していると、天から雷が目の前の岩に落ち、10行の戒律が刻まれたとしていました。
私の感応では、岩山で落雷が鳴り響く中で瞑想していたモーゼに、国常立太神(くにとこたちおおかみ)=ヤハウェの7次元存在がモーゼに神懸りして石板に刻ませたと感じます。
神霊の7次元の現れは、時には厳しくて強引な形に成ります。
モーゼを邪魔するものは、ことごとく滅ぼされました。
この有様を見ていた民衆には、モーゼが神の使者、生き神様に見えた様でした。

この7次元存在は、モーゼ一行を日本へ誘導しました。

(中略)

現代世界を経済的・宗教的・軍事的に動かすユダヤとキリスト教の原点を表す品物が日本に存在するのです。
水戸黄門の印籠どころではありません。
これが世に出れば、今までこれを維持して来た日本の発言力が大きなものになります。 神意の国だと認識されます。


伊勢の注連飾り 2008-05-07 19:15:58

モーゼが日本に上陸して、伊勢神宮外宮多賀宮に十戒石を埋めた道程を書きましたが、モーゼは伊勢の地でスサノオ神として歓迎されたようです。
モーゼと十戒石を乗せた大きな台車を押していた屈強なユダヤ人達は、大きな鼻と体をした猿田彦神として伝えられたと感じます。
モーゼをスサノオに見立てた事は、霊的には正しいです。
スサノオの分霊(7次元)を宿した人物でした。


太古のロマン 2007-09-18 20:12:28

過去のリーディングより :
モーゼについては、私のリーディングによると、あの有名な十戒石 を持って最初、能登半島の七尾あたりに上陸してます。 この石は、光を出すので棺に入れましたが光が漏れ出るので、台車に乗せて回りに布を張り巡らして運んだようです。途中の経路は、大きく見て七尾 ~ 京都 ~ 伊勢外宮の 多賀宮 に埋めたと観えます。 この台車を運んだ伝承が、七尾では伝統祭である青柏祭http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E6%9F%8F%E7%A5%AD
京都では 祇園祭http://www.kyokanko.or.jp/3dai/gion.html として、残ると感じます。


関連コメント

京都側の精華町という所で気になる神社がありました。稲植神社という神社です。昔から元八坂とも呼ばれているようです。とても印象の良い神社でした。そこで質問です。場所的にも、この神社辺りをモーゼが通過したんじゃないかと何となく考えてしまいました。

。。。。言えます。
2015-09-24 00:43:31


質問ですが、貴船は神武天皇の母の玉依姫が黄船で辿りついた際にその舟を石で包み隠したとされる船形石があります。
貴船については過去記事にありますが、異国の集団とありどなたがたどり着いたか詳細はなかったかと思います。
伝説通り神武天皇の母玉依姫がこの地に来たのでしょうか?
神武天皇はユダヤに関係があるのですよね。
ユダヤの人がこの山奥にたどり着いたのかぁと、感慨深く貴船川を眺めながら歩きました。

。。。はい、能登半島から上陸したモーゼ一行が貴船経由、今の八坂神社の地域に駐屯。
2015-08-10 20:18:50


モーゼは現在どこにいらっしゃるのですか?転生していますか?別のどこかですか?

。。。モーゼは神界に居ます。転生は無いです。
2015-01-30 22:59:58


口伝えに真実が継承されているのは世界各国共通だと思うのですが、やはりこのモーゼを生み出した国にも約束の地に関する日本とのつながりを暗示する唄のようなものが民衆のなかに存在するのでしょうか。

。。。あるでしょう。
旧約聖書にもあります。
日本は、東、カナン、などの隠語で指されています。
2014-05-15 20:29:46


日本に来たモーゼはその時はすでに白人の風貌だったのでしょうか?それとも黒髪、黒い目の日本人に近い風貌だったのでしょうか?

。。。今の古いユダヤ人を見ても分かります。
黒髪、黒瞳です。イエス・キリストもそうです。
2014-03-30 22:17:41


モーゼはどのような風格を持った方だったのでしょうか

。。。威厳がありました。
その髭は、スサノオを思い出させます。
2014-03-12 20:59:42


この、鍵型 は、皇室が決めたのでしょうか?

。。。。モーゼです。
2013-09-21 14:31:21

【編集者注記】本家記事に掲載されている写真(大仙陵古墳(仁徳天皇陵))の形象についての質問


京都にはスサノオさまを祀る神社がとても多いです。他の場所と比べ割合がかなり高いと思います。また歴史も千年を超える神社が多いのです。

。。。モーゼが停留した影響です。
2013-05-16 20:37:55


昨日のバール神・モレク・バアルはモーゼの時代にシナイ山で十戒を受けたモーゼが山を下りてきたとき、ふもとでユダヤの民が「金の仔牛」を作り、それを祭っていたという記述で、その仔牛がバール神を象徴していると考えられますが、モーゼはそのようなユダヤの民を見限ったために、東方、つまり日本を目指したのでしょうか? というよりか、モーゼの背後の神ご自身がユダヤの民を見限って、モーゼに東方に向かうように啓示を与えた、ということでしょうか?

。。。。違います。
エホバ国常立太神の7段目が、外宮への参拝をモーゼに命じたからです。
伊勢は、シナイ山から見ると東の末端です。
2013-03-13 21:24:48


モーゼが来日したのは神武天皇よりも前ですか?

。。。前です。
ただし、神武に似たことが何回も発生し、渡来人との混同もあります。
2012-03-26 19:57:52


モーゼの一行の方々についてお伺いしたく質問させて頂きます。、伊勢~能登半島の後、帰国出来たのでしょうか?

。。。いえ、そのまま日本に根づいています。
意外にも、モーゼと別れたあとに、四国にも移住してシナイ山を表現しています。
2011-12-17 14:14:30


(1)モーセが80歳で荒野放浪、日本への旅を始めたというのは、あまりにも高齢で信じられないのですが、アリなのでしょうか?実は30代位かと思ってました。
(2)アロンについて何か思われる事はありますか?
奇跡を起こす杖が有名みたいです。神様は、雄弁なアロンをモーセの補佐につけたとされていて、よく「兄」と表記されているのですが。
それにしてもファラオの所で魔術対決ってーー!?「災い」の科学的検証もあるみたいですが、やっぱり不思議な話です~。

。。。モーゼは凄い長生きでした。120歳は生きたと感じます。
現在の能登半島の、宝達山の近隣で亡くなっています。
2010-03-22 20:45:32


(1)祇園祭りの囃子言葉「エンヤラヤー」は、ヤハウェを賛美する言葉だったという説があります。リーマンさんにもそのように聞こえますか?(イェニ・アハレル・ヤーとか何とか?)
(2)このお祭りには他にも複数の囃子言葉があると思いますが、すべてモーゼ一行が発声しながら歩いた、その言葉からきているのでしょうか?(あれ?発声しながら歩いたって変ですか?)

。。。過去記事にモーゼの上陸過程を書きましたが、その掛け声は意味在りますね。
2010-03-20 11:02:38


モーゼは能登の地で眠っているのでしょうか?

・・・・そう、感じます。
2007-06-14 05:56:30


(2chログ)
多賀宮は不思議な所ですね・・凄いヒゲ

・・・・モーゼです。

伊雑宮は素晴らしかったです。
暖かくて優しい感じの所

・・・・・その感得は、正しいです。
    私も、そこでは常に、 ただ 暖かくて優しい 無言の日輪 を拝します。

内宮が観光客を一手に引き受けて下さるおかげで、 外宮・伊雑宮 の清らかさが 保てます。
本当に 神 計らいですね。

報告、ありがとうね!
2007-04-06 20:28:24


20140727

  • 最終更新:2015-11-28 23:30:35

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード