キリスト・キリスト教(許し)

■キリスト・キリスト教(許し)について
キーワード 赦し 許容
目次

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イエス・キリストが示された「許し」「赦し」とは、
「本当の自分自身から許される人に成りなさい」
ということが本意だと啓示されます。

イエス・キリストは、悪党をも許しましたが、本当の自分自身(真我・内在神)から許された人だったと思います。その心境は、生きながら絶対の幸福感に包まれていました。
誰もが、本当の自分自身から許される世紀に入っています。
今日も懸命に生きて見ましょう。必ず許されて行きます。


悪い因果の本当の切り方 2014-09-07 12:08:28

悪い縁ではありますが、お互いに戦いますと、勝ったところで他人を傷めた因果は残ります。
自分が負けたとしましても、それを自分が恨むようでは、やはり「いつかの時代に」「どこかの国で」再び引き合い出会う縁(重力)として継続して残ります。
誰かの段階で、このようなヤラれればヤリ返すという「悪循環」を切断しなければ生けません。

人生とは、悪縁を残さないようなサバサバとした、清々しい生き方が本当の理想でしょう。
自分が相手を「許す」ことで、相手との悪い因果を切ることに成ります。
イエス・キリストが処刑される時に、自分の身体に鉄釘を打ち付ける者たちに対しまして、
「神よ、この者たちは自分が何をしているのかが分かってないだけです。
だから、この者たちを許してあげてください」
と言った言葉は、それはもう二度とこのような罪を犯す加害者も被害者も輪廻で再生させない秘儀であり、最高の昇華の言葉だったとも言えるのです。

相手を許すことで、自分の執着が切れ、自分の魂がいつか相手と逆の立場での縁を持つ機会を昇華させることに成ります。

* 表面は別として、相手を自分の心中で許すことの大切さ。
* 他人よりも、自分自身に打ち勝つ重要さ。

この二点を知っているだけでも、悪い因果を残さずに、今生も来生も変わって行きます。



つまりイエス・キリストが十字架形象(地球の4大プレート)の上で亡くなられたのは、地球の上に抱かれながら天に召されたと感じます。激痛を超えて、至福に包まれていたと感じます。
そして、4大プレートの日本との縁を考えたいと思います。

日本も、二発の原爆や大空襲という人類史上でも例が無い受難を経験しています。
そして今では、アメリカを心から許しています。
まさにイエス・キリストが経験された、十字架上での受難、赦し、という過程を日本列島(十字架)の上で日本も経験しています。

聖書では、イエス・キリストが十字架上で受難した後、蘇生復活して、至福の千年王国へ至る過程が表現されています。
日本も大いなる受難の後、アメリカを許し、そして経済発展をしています。
イエス・キリストの受難には、弟子の中に裏切り者が居た表現がされています。
日本も、昭和天皇をダマした人間たちが、無謀な開戦を仕掛けたと感じます。
まさに十字架の上で、同じような過程を巡っています。
黒髪と黒い瞳のイエス・キリストと、日本。古代イスラエルと日本。
ここに、地球上での大いなる神芝居(かみ・しばい)が在ります。



呪いの真相は、呪われていた方が呪いをかけていた「相手を許した時に」、いよいよ呪いのエナジーの本当のスイッチがONされます。
そして良心(内在神)の判定により、相手に飛ぶのか?呪った本人自身に反射されるのか?
霊的な発動が現実に起こります。
これが、呪いの現象に「忘れた頃に起こる」というタイムラグが存在する理由です。

ここで思い出して欲しいことは、イエス・キリストの「許し」なのです。
キリストは、残酷に殺される瞬間まで、悪人たちを「許す」と天の神に申し上げています。
天の神は、ゴロゴロと雷をもって返答しています。それは「受け付けた」という神の返事でした。
実はこのキリストが行った天とのヤリトリこそが、最高の呪詛返しの行為だったのです。
それは、相手を「許して」、その判断を天の判定の天秤(てんびん)に掛けることなのです。
キリストの死刑を執行した国家がどうなったのかは、歴史が示しています。
天の判定と執行とは人間の想像を超えるほど、ある意味で厳格であり、とことん執行されます。



キリストの魂も、地球に生まれる全ての人類の魂に、キリストの意識の一部が宿っています。
キリスト意識は、「赦し」「許容」の意識として、全ての人類の魂に宿っています。
釈迦意識は、「慈悲」の意識として、仏教に関係していない西洋人の魂にも宿っています。

キリストを信仰していても、この「赦しの気持ち」が自分の意識の表面には、なかなか出てきません。 何故でしょうか?
キリスト教を国教にしていても、現実界では個人も国にも、闘争が消える事はありません。
自己に宿るキリスト意識を感じるには、その前にするべき事があるのです。



これを宇宙からの視線(神)が、人類を観察していることを感じます。
まさに人類が、手のひらの上の猿人で終わるのか、新たな進化をした神人に成るのかの分岐点の時節が来ていると感じます。
人類が猿人のままならば、殺し合いで自滅することでしょう。

まさに人類は、自分に内在する神性に気付くべき時が来ています。
自分が受けた差別や理不尽、艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えて、“それでも”他を許す心に目覚めることが出来るのかが、神により試されている時節です。
これはキリストが、「コノ世で成し得たこと」と同じことを、今の人類・各人が出来るのかどうかなのです。

これはただの服従・我慢ではなくて、自分に内在する神性の存在への敬意において許すのです。
悪人のために許すのではなく、神の神性の名(存在)において相手を許します。
これが出来た時、人類全体がキリストと成り、キリスト御自身(御自神)に進化します。
まさにキリストの再臨と成ります。


関連コメント

キリストが「あなたを赦します」とおっしゃったのは、やはり心から思ったのか、そう言葉を発すれば良いことがわかっていて表面的に言った言葉なのか、どういった感じだったのでしょうか。

..............無理なく心からです。
アノ世を知っているから、むしろ相手が気の毒になります。10倍を相手が受けます。
相手を恨む人は、アノ世も地獄も神も信じてない人が多い。コノ世だけでケリを付けたがる。
2016-04-11 14:34:37


20140909

  • 最終更新:2016-04-11 15:31:23

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